第7回 「尋問」
この国の改まった挨拶の仕方や敬語の用法までは習っておらず、いざ大人と対面してどんな言葉をかけるのが相応しいのか僕は知らない。それにしても彼はなぜ僕に言葉が通じるとわかったのか、その上でどうしてこれまで泳がせていたのだろうか。それに「教授」という呼称は僕に付けられたニックネームなのか、それとも単なる誤訳だろうか。理解できないことが多くかなり困惑した。
「我々はあなたの来訪を待っていた。」
リヒャルトはそう言うと彼の部屋に入ってすぐのリビングのような場所に僕を案内した。リビングといっても広さは駅前のカラオケボックスとあまり変わらず、調度品も多くはない。飾り気のない木製のソファーとテーブルが窓と平行して並んでおり、その向かいに机と椅子が置かれている程度だった。机の上にはライトスタンドが置かれており、筆記具や書類等は全く見当たらなかった。僕が部屋に入る前に隠す時間はなかったはずなので恐らく初めからその状態だったのだろう。
僕は促されるままソファーに腰掛けたが、同志大尉は立ったまま僕に話し始めた。その様子はまるで検察官から尋問を受けている被告人のようだった。
「まず我々は、あなたの所持品にあった書籍類からあなたが非常に高度な教育を受けた人物だと判断した。良家の書生とも考えたが、同時に発見したあの電子機器は無名の若者が持つには明らかに分不相応だ。」
「ああ、スマホか。」
やはり異世界にスマートフォンは存在しなかったようだ。僕はそれがこの世界で生き延びるための重要な切り札になることを期待していた。もしかすると「教授」と呼ばれたのは彼らにとって得体の知れない「スマホ」という機械の開発者が僕であると勘違いされたのではないか。
「その "smaho" の存在を我々の情報網ではキャッチできていない。恐らくイースタシアでも最先端の技術なのだろう。ところで、あれはなんだね。」
「あれは "smart phone" という無線のようなもので、僕のいた国では誰でも持っているよ。」
よほど沈着冷静なのか実際のところ興味がないのか、同志大尉は次々と出現する不可解な単語に眉一つ動かさず尋問を続けた。
「それについても我々は大変気になっている。あなたのいた場所とは、いったいどこなんだ。」
有り得ないような内容を日常会話レベルの語力で解説するのも難しいので、「信じられないと思うが」と前置きした上で僕は続けた。
「僕はこの国の人間ではない。もちろんイースタシアでもない。その他のあらゆる国の人間でもないんだ。」
「それは宇宙人ということだろうか。」
リヒャルトは僕のふざけた回答に怒りも嘲笑もせず、不気味なほど涼しい顔をしていた。あるいはこの世界には本当に宇宙人が存在するのかも知れない。そしてもし地球とこの星が同一時間軸を共有していたとしたら僕自身も「宇宙人」ということになりはしないだろうか。
「わからない。宇宙旅行の記憶はないので多分違うはずだ。」
「では我々はあなたを異世界人と定義することにしよう。帝国へようこそ。」
こうして僕は名実共に異世界人となった。