第65回 「陰」
「ああ、友達も一緒だったんだね。初めまして、ガーボルです。」
ガーボル氏は頬をわずかに緩めてコクリと頭を垂れた。僕は若干の気まずさを感じながら席を立ち、友達について口から出るままに述べた。
「彼はブラッドです。ガーボルさんもよくご存知のヴィンデとクレアは彼の妹で、彼もまた魔法課の出身です。それと、あのマルティナの恋人というのが実は彼なのです。」
彼はどういうわけか極めて不愛想な態度でガーボル氏をじっと睨みつけ「ブラッド・ルンデンです。」とファミリーネームを付け足した。しかしガーボル氏は戸惑う様子もなく「あの美しいマルティナ嬢にはお似合いの男前だね。」などとお世辞を言い、笑っているのか怒っているのかわからない表情を浮かべていた。これが"大人の余裕"というものか、あからさまな敵意にも物怖じしないポーカーフェイス振りには感心する。
それからずっと冷たい視線を送っているフラッドを無視して、ガーボル氏はおもむろに「先日のブリーフィングはどうだったか」と話題を変えた。
「専門的なことは僕にはわかりませんが、イースタシアでも随分と評判になっているようですよ。」
「それはそうだと思う。うちも社運を賭けて広告費を注ぎ込んでいるから。」
「実際どのくらい売れているのですか、」
「まだちょっと具体的な数字は出ていないんだけど、このままだと100万台くらい。」
100万がどの程度の規模なのかは想像もつかないが恐らく相当なヒットなのだろう。
「あと実は親衛隊の人にはちょっと言いにくいんだけど、端末のログを国防軍のデータベースに送るようにプログラムしてる。でもデータが多くて偽装するのが大変でさ。」
「そんな物騒なものをイースタシアはよく見過ごしましたね。」
「まあ、この世界には"smaho"自体が存在しなかったからね。完全な解析にはあと5年か6年はかかると思う。」
僕は「なるほど」と適当な相槌を打ち不貞腐れたブラッドに目を遣ると、彼はテーブルの前で手を組んでなぜか不敵に口元を引きつらせていた。それはまるで何かを小馬鹿にしているようで、その対象がガーボル氏なのか確証はないが、とにかく彼が端からガーボル氏を嫌っているようなのは確かなようだった。
「ところでツダはどんな人だったの、」
「それは優秀な政治家なのでしょう。しかし変わった人物です。」
「まるでシュナイダー博士みたいだね。」
言われてみれば方向性こそ違うけれどタイプとして両者はよく似ているのかも知れない。特に世間体を少々神経質とも思えるほど気にするのに、協調性などというものが一欠片もないところは共通している。
「彼は昔からあんな風だったのですか、」
「僕が彼を知ったのは大学からだったけど、大体あんな感じだったよ。ただ、ちょうど今のブラッド君に似て少し陰のある一面も持ち合わせていたかもしれない。」
僕たちの会話を聞いていたのかどうかはあまり確信がないが、急に引き合いに出されたブラッドは目を丸くして肩をすくめた。しかしすぐにそれを隠すように姿勢を戻し、「まさか」と呟いた。
そんな取り留めのない会話をしているうちに僕は遅くなった昼食を平らげ、いざ官邸に向かおうとレストランを出た。しかしどうもガーボル氏は和田市に着いたばかりで官邸の場所もわからないようだった。しかもなぜか徒歩圏内だと思っていたらしい。その一方で僕たちは「V2社のお守りで行くのだから車ぐらい先方が用意してくれているだろう」と考えていた。こちらはガーボル氏と違って無計画などではなく一般常識に照らし合わせたまともな判断なはずだ。
歩けばどんなに急いでも30分以上はかかるが、公用車はその日に限って使用されていた上にハイヤーの調達も今すぐどうこうもできない。それなら鉄道はといえば開発途上の都市なので、地下鉄がこれから開通予定らしい。そうなるともうタクシーで向かう他はなくなり、おかげで僕たちは官邸にタクシーで乗り付けるという何とも間の抜けた格好になってしまった。
しかも降車時に気が付いたのだが、僕たちは不幸にも十分な現金を持ち合わせていなかった。それは買い物に行くのではないのだから当然だが、ガーボル氏は現金が流通していること自体に驚いていた。だがそのタクシー運転手というのが粋な人で、僕を指差して「あんた最近売り出した芸人さんでしょ、よくテレビで見ているよ。」と言い、さらに「お代は要らないから。」と快く送り出してくれた。僕はお礼を述べ、官邸へと急いだ。




