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異世界に落ちてきた男  作者: 岡本沙織
第6部「テクノロジー」
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第64回 「社会」

 ただでさえ気まずいブラッドとの関係は輪をかけてぎくしゃくしだした。見下されてはいないかいつも不安で、しかし遠ざけるのも不自然なのでなるべく接近を試みればかえってそれが裏目に出て「最近ツバサが妙に親しげだ」と少し不気味に思われているようだった。とはいえ数少ない同年の()()である僕たちはよく行動を共にしていた。他に遊び相手がいなかったからだ。休日は学生のように当てもなく繁華街を徘徊(はいかい)し、半ばブラッドに恋しているオリガに同行をせがまれることもあった。往来で無遠慮な市民連中から呼び止められることもしばしばだが、そんな時は言葉が通じない振りでやり過ごすのがお決まりだった。ただ相手が女性となると事情が変わり、ブラッドから「食事に誘え」「連絡先を交換しろ」などと(げき)が飛んた。

 イースタシアのメディアが若く美しい、そして無名のブラッドを()()するのにあまり時間はかからなかった。謎に包まれた経歴とチャーミングで少し陰のある彼の容姿を週刊誌が(はや)し立て、「"観音"(元の世界の"イケメン"とほぼ同義、なぜそう呼ばれるのかは不明)界の黒船」やら「1000年に1度の美男子」やらよくわからないキャッチコピーが付き、僕よりも遥かに多くのファンレターが届いた。しかし当人はそれを快く思ってはいないようで、「まるで俺を玩具か何かと勘違いしているのではないか」と気味悪がってさえいた。彼が言うには「(イースタシア人は、と何度も念を押しつつ)手前勝手な虚像を他人に押し付けて思い通りではないと大音声で不満を漏らす」のが気に食わないらしい。確かに帝国にはアイドルなどそういった類の職種は存在しないが、僕はハンサムだ抱かれたい男だと持て囃される彼を密かに羨ましく感じていた。


 彼の名声は官邸にまで(とどろ)いた。そうなれば流行り物好きの津田首相である、すぐさま彼にお呼びがかかった。リヒャルトは少し特殊な立場のブラッドが首相と接触することへ懸念を示したが、思い付く限り断る理由もなく渋々といった風で承諾した。先日あった "ビルドシルム"について僕から説明を受けたいという首相の要望にブラッドを同席されるとのことらしい。そこにはイースタシア側から大陸の官僚が、帝国側からは僕にV2社の広報が数名付き添うと聞いていたので恐らくはビジネスライクな会合だと思われた。そんな場所にただでさえ僕が紛れ込むのすら場違いなのにさらにイケメンが加わって一体何になるというのか。

 おまけに当然ながらブラッドも全く乗り気ではないので、同じく乗り気ではないが上司として行かせないわけにはいかないリヒャルトが「ツダと接点を持つのは好機です」などと(なだ)めている光景は安いコメディーのようだった。ただし元の世界にいた頃の僕であればリヒャルトの言動を手放しで笑えたのだろうが、今の僕は単純に面白がることができなかった。元の世界では社会人というものに接点といえば両親か教師くらいなもので、その実態がどのようなものかよく知らずにいたのだが、今になってみるとそれは純粋に無知であったと思わざるを得ない。意図せず異邦の世界で珍客として大人に囲まれて過ごしてみると、もっと上手く立ち回ることができたのではないかと思うことも(まま)あるのだ。


 官邸に呼ばれたその日は昼前にV2社の社員と東方酒店で待ち合わせ、簡単なミーティングを行った後に連れ立って向かう予定になっている。だが僕たちはミーティングに準備できる資料も企画もないので何もすることがなく、直前までビデオゲームに興じていた。驚いたことにイースタシアの携帯型ゲーム機は非常に充実していて、軽く駆動時間の長いハードに加え美しい映像の作品やゲーム性に奥の深いソフトが絶え間なくいくつも販売されていた。邪魔が入らなければいつまでも時間を潰していられるのだが、楽しい時間というのはお決まりで不思議と早く過ぎ去るものである。僕たちはお互いのステージの進み具合を報告し合いながらオフィスを出て大通りまで歩いた。そのまま南へ進むと通りを挟んで向かいが東方酒店なので、出発が少し早過ぎた、もう少し先のセーブポイントまで進めていればよかったなどと思いながらエントランスを抜けてレストランに入った。

 それにしても初対面の自分と待ち合わせはいつも不安になる。相手のことをよく知らないというのももちろんあるが、何より顔がわからないのでスムーズに出会うことができるのかがそもそもの要因だ。給仕係に待ち合わせをしていることを伝えると、「お連れ様はまだお越しになっていません」と言う。帝国国民はイースタシア人と違って僕たち、特に僕へは大概が冷淡なので仕方ないだろう。ブラッドはすでに帰りたそうに目を曇らせているので当てにはならない。仕方ないので連れが来るまで中で待たせてもらうと伝えると、給仕係はブラッドだけにサインをねだった。

 僕もブラッドもお互い無言で先方を待ったが、約束の時間の30分を過ぎても誰も来ない。何も注文せず粘るのも居心地が悪いのでコーヒーを注文したが、それをぼんやり(すす)っていたらいつの間にか冷めてしまった。なんとなく今日の夕食は何にしよう、などと思いを巡らしていると後ろから聞き覚えのある声が僕を呼んだ。


 「ごめんごめん、地下鉄が遅れて。」


 振り返るとそこにはガーボル氏が、肩幅の狭い彼には似合わないダークグレーのストライプのスーツを着て薄笑いを浮かべていた。


 「それは昨日の雨のせいでしょう、ニュースでやっていましたよ。」


 長い時間を待たせられてあからさまに怒りの表情を浮かべてるブラッドを他所(よそ)に、僕は半ば呆れながら挨拶をした。自分が来ることを何も言わなかったのは彼なりのサプライズのつもりだったのだろう、別段何も嬉しくはないが。

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