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異世界に落ちてきた男  作者: 岡本沙織
第6部「テクノロジー」
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第61回 「派閥」

 リヒャルトは溜息を1つついて「もう夜更けだから」と僕に家へ帰るよう促し、「電子紙」の地図アプリから僕の新居にマークを入れた。手に取ると「網屋町」という人工島の中にある住所が赤く表示され、タップすると経路に線が引かれた。市街地からさほど遠くはないが、人工島へのアクセスはモノレールか自動車しか手段がなく最終電車に乗り遅れると面倒そうだ。僕はリヒャルトに暇を告げると地図を片手に駅まで向かった。

 駅で運賃を払うシステムは異世界でも変わらず、発券機に現金を入れて切符を買うだけであった。帝国の電子決済システムに慣れてしまったので少し不便に感じたが、その不便さにも少し懐かしさも感じた。問題はその時に現金を持っていなかったことで、駅員に言うとクレジットカードで買えるのは定期券か回数券だけだとあしらわれた。少し面倒だがこれからのことも考えて定期券を買うのも無駄ではない。購入窓口でカードを提示すると、帝国のIDは使えるが書類が必要とのことで何やら時間をかけてカード番号をメモするなどしていた。

 モノレールのホームは上りと下りの2つあり、下りは空港行きと埠頭行きの2本で1つのホームを共有しているため夜中でも乗客が絶えず混雑していた。疲れているのに列車の到着まで立ったまま10分ほど待たされ、ようやく乗車するとおよそ5分ほどで最寄り駅に着いた。


 新居は高層マンションの1室で、駅から3分もかからず見つけることができた。インターホンを鳴らすとオリガが陽気に迎え入れてくれ、頼んでもいないのに風呂の支度から着替えの用意まで手際よく都合してしてくれた。


 「今日はどんな1日だったの。」


 彼女はソファーに横になってレモネードを飲みながらやけに興味深げに僕へ尋ねた。


 「別人になって、首相に会って、怒鳴られた。」


 「わけがわからないわ。」


 「そういう君は何をしていたんだい。」


 「私はとても退屈だったわ。テレビを観てもまず言葉がわからないでしょう。おまけにチャンネルの数はとても少なくて、どれもなぜか似たような番組しか放送しないの。昼はニュース、夕方はドキュメンタリー、夜はドラマといった具合よ。まるで夕方にスポーツを観たい人なんて1人として存在しないかのように。もしかしてこの国の人々はクローンか何かなのかしら。」


 「少なくともロボットであることは求められているだろうね。」


 「何それ。でもイースタシアにはお友達もいないからクレアに電話をしてみたのだけれど、違う国同士には電波がつながらないらしいのね。もうすることがなくなって、絵を描いたり景色を見たりしていたわ。」


 オリガは1日分のブランクを埋めるように喋り続けた。内容はほとんど聞いていなかったが、適当に相槌を打っている間に気が付けばそのまま眠ってしまっていた。


 明朝に目が覚めたのは8時過ぎで、時差ボケはあまり感じなかった。異世界とはいえやはり故郷だからだろうか。まだ眠っているオリガを起こさないように気を遣いながらコーヒーを淹れてふと窓の外を見ると、青い海と空に挟まれた地上がまるで宙に浮いているようだった。それからスーツに着替えて外に出れば、澄んだ空気がひんやりと冷たく全身にまとわりついた。モノレールはラッシュアワーを過ぎた9時頃になってもやはり混雑していて乗車時間が短いとはいえあまり快適とは言えなかった。

 オフィスに着いて僕の部屋のドアを開けるとダスラー氏が慌てた様子で立ち上がり、僕の目の前に歩み寄った。


 「タカセさん、昨日は一体何があったのです。」


 僕は1年生の2学期に「この時の筆者の心情を簡潔に述べよ」と出題された国語の模試を思い出した。その質問は僕ではなく、何かしら事態を動かしたであろう誰かにすべきである。どれだけ詳細に事実内容が共有されても僕が当事者に成り代わることは決してないので答案に正確さを求めるのなら是非当人に聞いてほしい。困惑しているのを察してダスラー氏は状況を説明してくれた。


 「今朝、急にイースタシア政府から要請があり『外交の窓口が党の国外機構と大使館とで重複しているので担当をこちらに一本化してほしい、担当者にはカール·モロゾフが望ましい』とのことです。こんなことは前代未聞です。それに他国の人事へ口を挟むなど外交儀礼にも反しています。」


 「それで、僕はどうすれば良いんです。」


 「シュトラッサーさんがイースタシアの要望に従うよう党に掛け合っています。あの人は国防軍の派閥ですから、タカセさんを使ってイースタシアとの交渉権を握ろうとでもお考えなのでしょう。」


 横で聞いていたブラッドは大笑いして僕に尋ねた。


 「教授、昨日ツダをビール瓶でぶん殴ったというのは本当か。」


 「それはさすがに話に尾ひれが付き過ぎだ。でも津田首相はあまり積極的に関わりたい人ではなかったかな。」


 「それにしても暗殺を計画したり交渉権を欲しがったりあの男もよほど節操がないらしいな。」


 ブラッドの言葉にダスラー氏は怪訝な顔で反論した。


 「政治とはあらゆる可能性へ柔軟に対処できなければならないものだよ。」


 ダスラー氏の諭すような口振りに辟易しているというようにブラッドは大きく暢をして、またしても僕に話を逸した。


 「君はどう思う。君自身は一体どうしたいんだい。」


 「政治にはなるべく巻き込まれたくないな。もちろん今の僕がどうしたいかなんて選べる立場にないこともよく承知している。だからなるべく与えられた職務を全うできるよう努めるよ。」


 僕がそう言うとすかさずダスラー氏が口を挟んだ。


 「直近ではV2社から新製品の発表会に招かれています。そちらにはご参加ください。」

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