第6回 「ピンチはチャンス」
「それならきっと僕は人類で最も卑しい種族なんだろうね。」
白人は有色人種を差別するものだ。僕は元の世界の印象から感覚的にそう思った。しかしオリガの返答は思いがけないものだった。
「少なくとも私たち以上よ。」
それを聞いて僕はとても驚いのたと同時に、少しばかりほっとした。なぜならリヒャルトほどではないにせよ、少なくとも労働者以上の地位が望めるのだから。
「それはなぜだい。」
一応尋ねてみたが、これまでの傾向からオリガはきっと「科学的にそうだから」などと答えるだろうと思っていた。
「知らないわ。」
なぜかそう小さく呟いたオリガはすぐに僕の部屋から出て行った。僕は何が起きたのか全くわからず、彼女が腰掛けていたベッドから立ち上がりドアノブに手を掛け、足早に立ち去る一部始終を目で追っていた。
それから彼女は僕との会話を避けるようになり、時々顔を合わても挨拶さえしなくなった。話し掛けても「ええ。」とか「そうね。」とか短い言葉で終わらせるので次第に僕の方からも話さなくなった。妹との喧嘩なら数週間口をきかないことなんて日常茶飯事だったが、他人が相手ならどうだろう。このまま疎遠になってしまうことも十分に考えられた。
オリガと距離を置いて過ごす日々は退屈だった。せめて本でも読めば気が紛れるのだろうが、あいにく文字は習っていなかった。折しも空は雨模様が続き心は塞がるばかりであった。思えば異世界人とは文化も風俗も違うのだから、いくら歳が近くても理解の溝を埋めるなんて難しいに決まっている。相手が女の子であれば尚更である。それに本来の僕はどこにでもいる平凡な高校生だ。この間まで言葉も通じなかった差別国家の軍事施設に閉じ込められて上手く立ち回ることなどできるわけがない。僕は確かにここに存在するが、肝心である僕自身の本分を1つも全うできていない。ただし問題は僕自身ではなく環境にあるはずだ。
つまり「本当の自分」として生きるためには環境を変えねばならない。そのためにはいつまでも狭く粗末なコンクリートの部屋で燻り続けるわけにはいかず、すぐにでも抜け出す必要があるのだ。
そこで僕は「自分探し」のためにリヒャルトへ直談判することにした。真実を洗いざらい打ち明け僕の真価を問うのだ。どんな人物であれ異世界人など希少には違いないのだからきっと優遇されるだろう。例えばこの星にとって未知の科学技術を教えることもできる。特許を取って事業化してもいいかも知れない。俗に「ピンチはチャンス」と言うが、今がまさにそれであると半ば自己暗示のように頭の中で何度も唱えた。
時計がないので正確な時刻は分からないが、恐らく午後10時過ぎだっただろう。ベットから這い出した僕は屋外から漏れる星明かりを頼りに同志大尉の部屋を探した。人質たちや一般兵と違い将校には広い個室が当てがわれていたので、指揮官の部屋を見つけるのは造作もない。僕は一呼吸置くと思い切ってドアをノックした。
深夜にもかかわらず部屋の主が顔を出すまで時間はかからなかった。リヒャルトは青白い肌がさらに青く血の気が引いたような顔こそしていたが、なぜか彼は濃紺の開襟ジャケットを羽織りネクタイを締め、ブーツを履いたいつもの軍服姿だった。
「こんばんは、教授。」
リヒャルト大尉は僕に向かってそう挨拶した。