第55回 「会見」
それからリヒャルトと僕は応接室に通された。室内は吹き抜けになっており、中央にはクリスマスツリーのような大木が置かれていた。樹木の種類に詳しいわけではないが世界首都でよく見た針葉樹で、恐らく輸入したものだろうと思われる。その木の下を取り囲むようにテーブルが扇型に配置され、ハセガワ氏は僕たちに着席を促した。ヨーロッパ製と思われる調度品はウイスキーの樽のような、古めかしい材質でいかにも高級品らしい雰囲気が漂っていた。僕は突然セレブリティーの一員になったような気分になり少し気後れした。
「津田はすぐに参りますので少しだけお待ち下さい。」
ハセガワ氏がそう言うや否や、給仕係がテーブルにワイングラス並べ始めた。僕は酒は苦手だがカール・モロゾフが25歳である設定上「未成年だから飲めません」などという言い訳は通用しない。しかし改まった場所でワインなど飲んだことがない僕には作法がよくわからず、会談だとは聞いていたがディナーのことを知っていたら少しはテーブルマナーを頭に入れておいたのにリヒャルトはそんな重要なことを忘れていたのだろうか。
グラスが並べられると続いてソムリエのような男が現れ、まずリヒャルトの右側に立ちワインを注いだ。男は片手で器用に注いでいたが、リヒャルトはふと男の顔を見るや否や急に強張った表情でおもむろに立ち上がった。確かに給仕係で男性は彼一人だけのようだが、そこまで驚くことではないだろう。ましてや彼は僕が「異世界人だ」と告白しても眉一つ動かさなかったような人である。不思議に思っているとリヒャルトは吃りながらたどたどしい日本語でこう言った。
「閣下、オ目ニ掛カレテ光栄デス。」
イースタシアの公用語は"中文"のはずだがなぜ彼は日本語を話せるのか。閣下と呼ばれた男は一体何者なのか。状況がさっぱり掴めない。僕は立ち上がり「閣下」にご挨拶申し上げようとしたが、僕が日本語を理解していると知られるのも設定上で都合が悪いので思い止まった。
「ああ、急に呼び出して済まんね。ところで彼がモロゾフ君かな。」
閣下と呼ばれた男は少し訛りのある日本語でリヒャルトに尋ねた。彼は背が低く色黒だが着衣の上からでもわかるほど筋肉質で、切れ長の目に鼻筋が通った細面の顔立ちでどちらかと言えば西洋人に近い風貌だった。つまりなかなかのイケメンである。どういったわけか僕の周囲には容姿に優れた人が厭味なほど多いが、彼に関してはかなり異質な「カリスマ性」のようなものが(特に彼の目から)顕れているように感じた。
「初めまして、カール・モロゾフです。よろしくお願いします。」
僕は敢えて日本語を使わず、帝国式敬礼をして帝国の言葉で挨拶した。ハセガワ氏が日本語に訳して閣下に伝えると彼は僕の前に立ち握手を求めた。
「津田だ。なるほど、確かに君は本当に我々とよく似ているな。遠く離れた地で同じ遺伝子を受け継いでおるのかも知れん。ようこそ、我が同胞よ。」
彼の発言に僕は耳を疑った。まず彼が津田首相であるならなぜソムリエの真似事をしているのか意図が全く見当がつかない。サプライズのつもりかも知れないがそうする意味が全くないからだ。どうも彼は僕がイメージしていた人物像を遥かに上回る奇人であるように感じた。そして何より僕やリヒャルトを気遣う言葉を掛けながら少しも笑顔を見せないのが不気味でならない。
「勿体ないお言葉です。」
そう言って握手に応じると彼は僕の手を力強く握り無言でじっと僕の顔を見つめるので、まるで観察対象の実験動物のような気分になった。
「君とは話したいことが山ほどあるが、まずは食事にしよう。」
津田首相がそう言うとハセガワ氏がそれを僕たちに訳し、それを聞いてからリヒャルトが静かに着席した。その様子を見るとどうやらリヒャルトは日本語が完全に理解できるわけではないらしい。
続けてハセガワ氏が給仕係に料理を運ぶよう命じた。すると間を置かずカツレツやニシンの酢漬け、蒸したジャガイモなど帝国の家庭料理が一斉に運ばれてきた。てっきり和食かコース料理が食べられると思っていたのだが、肩肘を張らなくて気楽でかえって好いかも知れない。そんな風に思っていたら当の津田首相もライ麦パンを手掴みでガツガツと頬張っていた。




