第52回 「夢」
「君は元の世界で何をしていて何を目指していたんだい。」
ブラッドは不意に起き上がり僕をじっと見据えた。そういえばそんな質問をされるのは久し振りのことだ。シュナイダー博士は僕自身のことより僕がいた世界のことを聞きたがっていたし、双子の姉妹たちは今現在のこと以外にほとんど興味がなかった。父親や先生は僕の学歴や目標のブラッシュアップに熱心だったが、記号化(あるいは数値化)された、まるで学生から人間味を極限まで廃したスコアゲームのようなキャリア形成に心底嫌気がさしていたのを思い出す。
そんな僕のような、偏差値が特別低くもなければ高くもない高校に通い、部活もせずアルバイトもせず、いつも友人たちとファミレスやカラオケやゲームセンターで時間を潰していた平凡な若者にとって特別な目標など微塵もなく、ぼんやりと大学に行きたいとは思ってはいたが学びたいこともなく、俗に青春と呼ばれる期間を無気力に消費することだけで精一杯だった。
「僕は異世界のイースタシアでごく平凡な学生だったらそしてあの国のほとんどの学生がそうであったように、将来の夢なんてあるはずがなかったんだ。だってそうだろう。誰が好き好んで社会への参加や責任なんて面倒なものを背負いたいなんて思うのさ。いや、実を言うと僕は俳優になりたかった。流行りのテレビ番組や映画に出演して雑誌のインタビューに『落ち込んだりもするけれどいつもファンの子たちから元気を貰っています』なんて答えたかった。でもそれを分別ある人生の諸先輩方に打ち明けると誰もが口を揃えて必ずこう言うんだ。『お前には無理だからやめておけ』ってね。だから僕はいつも『夢がない』ポーズを取らなければならなくなった。」
僕の発言を一通り聞き入った後、彼は同意を示すように大きく頷いた。
「全くそのとおりだ。俺だって将来の夢なんて何1つ持てちゃいない。俺の預かり知らぬところでいつも誰かに決められてしまうからだ。俺たちは生まれたその瞬間から、自分の存在意義すら誰かの手に委ねなければならないのさ。」
僕より何倍もハンサムでしなやかな青年が吐き出したのは実にありふれた若者らしいジレンマだった。絞り出すような彼の言葉には絶望、憎悪、嫉妬、悲哀、希望など様々な感情が入り混じり、まるで誰かに救いを求めているようだった。
「君も知っていると思うが、俺たちは生命の泉で生まれた。つまり両親が存在しないんだ。そこでは魔術の実験が秘密裏に行われていて、適性を見込まれたヴィンデとクレアは被験者に選ばれた。俺も巻き込まれるように魔術教育を受けたが、あまりの劣等生振りに見切りを付けられて当時設立されたばかりの魔法課に追いやられたんだ。」
一気に言い終えると彼は深くため息を吐いた。
「だから俺は君の友達にはなれない。」
彼の言葉の意味を僕はしばらく考えた後、「そうだね。」と返した。
カール・モロゾフは、つまり僕は、自らが北方人種の血脈を受け継いでいることを誇りに思っていた。そしていつの日か彼の子孫が「血の浄化」によって本物の優性人種として蘇ることを夢見ていた。また同時に、彼の同胞であるイースタシア人が純血種によって統治されることを望んでいた。内容こそ何とも滑稽だが、カールには曲がりなりにも夢があるのだ。差別主義を受け入れ、卑屈な人生を自ら望んで歩むカールに比べて「僕」の人生はいかに怠惰で無思慮なことか。これではどちらが幸福かわかったものではない。
しかしながらその反面で、怠惰で無思慮な毎日を過ごしてきたからこそ僕は突然訪れた異世界生活を受け入れることができたのだ。もし元の世界に何か思い残すことなどがあれば今頃正気ではいられなかったに違いない。




