第49回 「和田」
目覚めればそこはイースタシアであった。地上に降り立つと「和田國際機場」と書かれた看板が見え、肌にまとわりつくようなべとっとした空気には懐かしさを感じた。そして空港のロビーには色とりどりの装いをした様々な人種、民族の人々がひしめき合い、僕の目には帝国よりはるかに明るく活気があるように映った。
「シュトラッサーさんが迎えに来ているはずです。」
ダスラー氏が人混みの中で辺りを見渡しながら僕に告げた。シュトラッサー氏とはまず間違いなく初対面のはずだが、僕もダスラー氏につられてついきょろきょろと首を振った。
「リヒャルトだわ。」
オリガが突然驚嘆の声を上げて僕の前方2時の方向を指差した。視線を向けた先の人影は確かにリヒャルトだった。
「大尉、お久し振りです。」
僕はリヒャルトに歩み寄り声を掛けた。
「こんなところで何をなさっておいでなのですか。」
僕の質問に彼は目を丸くしながら、少し間を置いて答えた。
「ダスラー君に聞いていなかったのかい。君は僕の指揮下に入ったのだよ。」
つまりリヒャルトが僕の上司で「国外機構極東部イースタシア課課長」らしい。彼に会った頃の僕は言語能力が低く、おまけに字も満足に読めなかったので彼の姓まで把握していなかった。
それにしてもあまり親しくない知人とたまたま同時期に同じ職場で働くことになるなんて話が出来過ぎているのではないかと僕は思った。とはいえリヒャルトが僕の能力を買ってヘットハンティングしたわけがなく謎は深まるばかりであった。
「お久し振りです、同志大尉」
オリガが小躍りしながら僕とリヒャルトの間に入った。彼に随分と良くして貰っていた彼女は不意の再会を心から喜んでいたのだろう。
リヒャルトとオリガとの関係性も謎だ。彼は彼女とその家族を単なる親切心で支援していたとはとても思えない。僕を監視するための投資だった可能性が今となっては濃厚だが、そんなことをして彼に何の得があるのだろう。
「『同志大尉』か。その呼び方も懐かしいな。」
後で知ったことだが「同志」という単語はほとんど死語で、現在は極東の一部で使われている程度らしい。
「ご両親は息災かね。」
「ええ、お陰様で。」
「少し大人になったのではないか。」
リヒャルトがそう言うとオリガは顔を赤くして「そうかな。」と満面の笑みを浮かべていた。
「皆さんはお知り合いでしたか。すみません、存じませんでした。」
ダスラー氏は大袈裟に驚いた表情で浮かべて両手を横に広げた。
「実はもう一人紹介したい男がいます。こちらへ呼び付けてよろしいでしょうか。」
そう言って彼は近くで手持ち無沙汰にこちらを見ていた男を手招きした。リヒャルトとの再会の驚きが勝り全く気にしていなかったが、彼らは二人連れで空港に来ていたらしい。
「感動の再会に水を差して申し訳ありません。彼は僕の同僚のブラッド・ルンデンです。」
気まずい雰囲気の中で紹介された彼は金髪碧眼の目鼻立ちが整ったいわゆる「イケメン」で、年頃は僕と同じくらいに見えた。オリガは彼を見て目を輝かせていたが、僕は人種のこともあり少し気後れしてしまった。
「どうも。妹たちから君のことは聞いているよ。」
聞けば彼はヴィンデとクレアの三つ子の兄なのだそうだ。しかも所属は魔法課からの出向者で、マルティナとカタリナに次ぐ古いメンバーらしい。海外赴任が長いためアシュレイとマリアは彼と面識がなく話題に上がることもなかったが、ヴィンデとクレアとは時々連絡を取っているそうだ。
「駐車場に車を停めているから話は昼食を済ませてからにしよう。」
リヒャルトがそう言うとダスラー氏の案内で車に乗り、ブラッドの運転で空港の外に出た。途中の大橋を渡るとそこは周囲を海に囲まれていて、空港はどうやら大きな人工島の上に建っていたことがわかった。北には緑の山々が連なり、麓には高層ビルがいくつも立っていた。僕の知っている日本にこんな都市があっただろうかと思い返してみたが全く心当たりがなく、どちらかと言えばいつかニュース映像で見た香港に似ているように見えた。香港と違うのは沿岸に貨物船が数多く停泊し、都市部の両脇には工業地帯が広がっていたことだった。
大橋を過ぎた車は古い西洋建築の間を通り、大通りを少し北に進んだエリアで「東方酒店」と書かれた石造りの建物の前に停まった。その光景は世界首都のものに似ていて、やはり国交があるからなのか文化の輸出も起きているのかも知れない。




