第47回「飛行機」
沢山の旅行者で混み合う午後1時の空港のロビーには幾つもの細長い窓から優しい光が注ぎ、2フロア分はあるであろう高い吹き抜けの空間をより広く大きく感じさせていた。僕たちはカウンターでチェックインを済ませると、かつての仲間たちに最後の挨拶を済ませると後ろ髪を引かれる思いで彼らに背を向けた。しかしそこに残されたのは決して名残惜しさではなく、何とも後味の良い感謝の気持ちだけだった。保安検査場へ向かうまでオリガは何度も振り返り、彼らが見えなくなるまでいつまでも手を振っていた。
それから手荷物のチェックを済ませチケットに書かれた搭乗口を探したが、国際旅行に慣れない僕にとっては難しい手続きだった。行き先はイースタシアのFlughafen Wada(ワダ空港)と書かれていた。しかし空港のモニターに表示された地名を見ても「ワダ」がどの辺りの地方なのか検討すら付かない。なんとなく「イースタシア」が日本であることは推測していたが、僕の知っている限り「ワダ」なんて空港はなかったはずだ。もう少しイースタシアについて調べておけばよかったが、帝国内で日本を知る人が極めて少なく曖昧なままだった。
僕がしばらく立ち往生していると、「タカセさんですね。」と声をかけてきた男性がいた。彼は細身の黒い2つボタンのスーツにグレーのシャツ、赤に白いドットのネクタイを締めた長身で体格の良い人物だった。短く切り揃えられた金髪は整髪料でびっしり固められ、少し薄情そうな印象を受けた。
「お目にかかれて光栄です。私はあなたの部下のクライド・ダスラーです。」
ダスラー氏は落ち着いた丁寧な口調で僕に握手を求めた。年齢は僕よりかなり上のようなので急に部下だと言われてもあまり実感が湧かない。一体僕は彼にどういった上意下達をして何の業務を遂行するのだろうか。僕は「初めまして」と挨拶をすると愛想笑いを浮かべて彼との握手に応じた。
僕とオリガはダスラー氏の案内でどうにか目的の旅客機に乗ることができた。人見知りのオリガは黙ってしまったが、聞きたいことが山のようにあった僕はダスラー氏を質問責めにした。「国外機構極東局イースタシア課」とは一体何なのか、そこで僕は何をすればいいのか、そもそもなぜ僕が引き抜かれたのか、この飛行機はどこに向かっているのか。
「国外機構極東局は党の国外組織で、世界各国に拠点があります。帝国はいまだイースタシアと国交を結んでおりますので、タカセさんはそちらで党の運営を手伝って頂くことになります。タカセさんが抜擢された理由に関して私は何も聞かされておりませんが、詳しくは課長のシュトラッサー氏へお尋ね頂きたく存じます。ところであなたが異世界から来たというのは本当ですか。」
「ええ、本当です。厳密には異世界というより並行世界ですがね。僕のいた世界のイースタシアは『日本』と呼ばれ、他でもない僕の母国だったのです。ただ、そちらの世界線では日本、いやイースタシアは帝国と共に第二次世界大戦で負けてしまったので、全く違なる歴史を辿っているようです。」
「ご冗談でしょう。帝国が負けたなんて有り得ない。しかしさすがに共産主義者が帝国を滅ぼしたなんておっしゃるつもりではないでしょうね。」
ダスラー氏がいかにも可笑しさを堪えているように口元を綻ばせながら尋ねた。僕が「残念ながらその通りだ」と言うと、彼は「まさか」と笑い出した。
離陸した旅客機はあっという間に高度を上げ、世界首都が雲の下で小さくなっていた。目的地の「ワダ空港」までの距離は約8,800kmもあり、到着まで約1日かかるようだ。




