第45回 「報復」
「だから、書き手が腐っているなら本来書くべき人にペンを渡すべきだ、ということにはなりませんか。僕も別に読み手がバカだから文壇が廃れたとは思っていません。出版社のお偉方が顧客の創造と維持を怠り目先の勘定ばかりにご執心だったから市場が衰退してしまったのではないかと言いたいのです。」
「では君の言う『本来書くべき人』とは誰のことだろうか。」
「それはもちろん文才のある人物です。」
「文才とは何たるか僕は寡聞にして知らないが、もし僕にそれがあったのなら誰にも見せず自分のためだけに書きたいものを書くよ。ゴッホが自作の絵を一枚も売らなかったようにさ。誰かに認めてもらうための努力などとてもじゃないが煩わしいだけだ。」
博士は自らの切望へ陶酔するように、穏やかな眼差しで空虚を見つめながらそう言った。僕には彼の心情が全く理解できず「やはりこの人はダメだ」と、諦めに似た軽蔑の念を抱いた。
「君もすっかり帝国に慣れてきたようだ。いや、君の祖国も官僚主義国家だったのだろう。選民思想がひどく身に染み付いているからね。」
「いいえ、それは違います。僕のいた国は世界でも特に進んだ民主主義国家でした。選民思想なんてとんでもない。国民の代表は選挙で決められていたし、僕だって25歳になれば被選挙権がありました。」
「そうかね、それなら結構だ。」
それから何をどう言っても終始そんな調子で、彼は僕の主張を頭ごなしに否定こそしなかったが聞き届けることもなかった。それに笑みを崩さない紳士的な態度は彼の心境を推し量るのを困難にした。怒っているのか何なのかわからないのは不気味だし不安になる。しかしその後も彼の対応が変わることは特になく、僕も彼への敵意を失っていった。
シュナイダー博士の真意に怯える日々を過ごしていると、なぜか良くないことは続くものである。僕たちの考えた「平和創生基金」がついに破綻した。資金は潤沢なのにその多くは現地へ届く前に中抜きされ、さらに元々の資源不足に加え地域有力者による物資の横流しで物価が高騰、飢餓が深刻な問題となり市民が暴徒化、そしてついに武装蜂起したテロリストが都市を占領してしまったのだ。僕は大いに動揺し落胆したが、なぜか周囲は冷静だった。
テレビのニュースで破綻を知った僕はすぐさまガーボル氏に連絡した。ガーボル氏も少し驚いたが、僕のように落胆はしなかったそうである。どうも報道より先に陸軍から「織り込み済み」と聞かされたらしく、軍の意向として「テロリストたちをまとめて殲滅するため」僕たちのプロジェクトの認可に後押しをしていたらしい。結果的に基金を発案し出資したガーボル氏は善良な平和主義者として大いに名声を高め、世論はテロリストの蛮行を一斉に非難した。マスコミは連日のように大衆を煽り、徹底した報復と帝国の慈悲に背いた劣等民族の浄化を求めた。人権派の声は「祖国への裏切り」と呼ばれて掻き消され、スケープゴートにまで発展したため彼らの多くは親衛隊の保護を受けなければならなくなった。




