第43回 「シュナイダー」
マリアの話を聞いてからシュナイダー博士の性事情についてとても興味を抱いたが、同性愛の告白は自供と同義である以上とてもではないが踏み込んだ質問など口にできるわけがなかった。もしそれが露見してしまったら彼は収容所へ送られ二度と戻ることはないからだ。それでは他民族間の恋愛と比較すればどうか。例えば僕とマルティナが付き合っていたとして、お互いが結婚を望んでも間違いなく公的に認められるものではないだろう。マルティナの純血を汚すことになるからだ。ただしそれは中央の話であり、一部の大管区によっては「浄化」と称した混血が認められている。つまり僕が受けるよりさらに重い差別をシュナイダー博士は人知れず受けているということだろう。
彼自身が差別と隣り合わせでいるのなら僕を外部へ出さないのも少しだけ納得できる。差別主義者への警戒心がより強く働くからだ。そもそも下等種族の僕を帝国の中枢へ引き入れたのも彼がリベラルな思想の持ち主だったからこそである。同僚たちは優性種だが、彼の帝国へのささやかな抵抗によってこの国では過分な自由を手にしている。シュナイダー博士が築き上げた「自由の国」は彼の権力がある限り安全なのである。
シュナイダー博士という人物に僕は興味を抱いた。無論、性的な興味ではない。彼の行動原理への興味である。しかし彼の半生は模範的な上流階級そのものであり「危険思想」と結び付ける余地が全く見られない。大企業の重役だった彼の父は裕福な家庭を築き、子供たちへは高度な教育を受けさせていた。次男で相続権のなかったシュナイダー博士は脳科学研究の道に進み20代で大学教授に、30代で学部長に就任するなど異例の昇進を遂げた。親衛隊本部の課長に外部から任命されるのも異例中の異例で、「伍長」や「中尉」のような階級ではなく「博士」と呼ばれるのも彼だけである。学生時代にボート部の後輩だったガーボル氏は「社交的で活発」と評していたが、誰の懐にも飛び込む「人たらし」の才能が恐らく彼にはあるのだろう。
マリアが言うには彼の経歴など地下鉄で10分程かければ図書館で簡単に調べられるそうだ。それだけ彼の関わる書籍や資料が多いためである(僕は人種の問題で館内へ立ち入ることさえできないが)。しかし名声の高さと相反して彼によって生み出された学術的成果は一つとして存在しないそうだ。魔術研究にしても彼が特に何か成し遂げたわけではなく魔法課の職にしても彼は前任者から引き継いだに過ぎない。彼が秀でていると僕の目にもはっきりわかるものは「コミュニケーション能力」だけである。まさかコミュニケーション能力だけで国家機密レベルの組織を統括する役職まで上り詰められるわけがない。
「ミステリアスな男性だって魅力的だと思うわ。」
マリアはどこかの軍事基地の見取図を書きながらそんなことを呟いた。僕の存在も十分ミステリアスだと思うのだがそこは黙っておいた。それにしてもマリアの好きな人のことを知らない同僚たちには僕が一方的にシュナイダー博士の周辺を嗅ぎ回っているようにしか見えないようだ。訝しんだクレアは僕に向かって「男性同士のそういうことは犯罪よ」と忠告した。確かに男性へ謎の妄想を抱いているクレアがいかにも好みそうな題材である。僕は「そういうことじゃなくて」と前置きしつつ見解を述べた。
「シュナイダー博士が僕たちを一体どうしたいのかが全くわからないんだ。あまりにも自由だし、金銭的にも不自由しないってレベルじゃない。彼の意図を勘繰っても不思議ではないはずだ。」
まさか自由主義革命でも扇動するんじゃないかと少し僕は思っていた。
「わからないけど、そのほうが彼の出世のために効率的だからじゃないかしら。」
すかさずヴィンデが仮説を立てた。僕たちの仕事の市場価値が一体いくら位なのかはわからないが確かに生産性を高めるためである可能性はあるだろう。逆にそうでなくては合理性が保てない。彼の立身出世のためというのも頷けて、それは彼の経歴を見れば明らかである。
「彼が私たちを利用するために媚を売っているのだとすれば、面白いわね。」
マリアが本当に面白そうに笑み浮かべていた。ただ、仮にそうだったとして僕たちには知りようがない。なぜなら僕たちは誰一人として「他人の心を覗く能力」を持ち合わせていないからだ。




