第38回 「勘違い」
マルティナの言葉の真意は知れたものではないが、シンプルに「可愛いな」と思った。明るく面倒見の良い彼女の苦悩を覗き見れことたは少なくとも僕にとって支配欲を満たすものであり「守ってあげたい」なんて図々しい願いを抱かせるものだった。彼女は僕がこれから発する言葉をもう知っている。だから僕は彼女に言葉を掛けた。僕の本当に言いたいことは胸の内に秘めながら。
「僕だってあなたの心の中に踏み込むことはできませんよ。」
マルティナはテーブルの向こう側から僕の目をじっと見つめ甘く愛おしい声で僕に向けて「それは君次第だよ。」と呟いた。
それから僕たちは繁華街へ繰り出した。マルティナはショーウィンドウに可愛いぬいぐるみやピンク色の雑貨を見つける度に走り寄り目を輝かせていた。僕が元の世界で人気のあった猫のキャラクターやフリルとレースの付いたお人形のような洋服の話をすると彼女はとても興味を持ち「ツバサがいた世界に行ってみたい」と僕を羨んだ。いつもは全く見られない一面に僕は驚いたが印象はさらに増し「もっと知りたい」と思ったのは自明だろう。彼女の好きな洋服や好きな食べ物や好きな男性のタイプなど、あらゆる情報を僕は一つも聞き漏らすまいと彼女の声や仕草に熱中していた。この時間が永遠に続けばいいと思っていた。
あっという間に夕日が落ち空がオレンジ色に染まっていた。僕たちは喫茶店でカフェラテを飲みながら「本当にカップルみたいだね。」と笑った。その頃には僕は本当にそうなればいい、などと真剣に思った。決して昨日今日知り合った訳ではないが「集団」と「二人きり」のギャップがかえって僕の胸を熱くしたのだろう。そうなれば今度は今まで全く気にならなかったことが無性に気になり始める。マルティナの「彼氏」はどんな人なのだろうか、交際は上手くいっているのだろうか、今日のことは了解済みなのだろうか。マルティナに聞けば好いのだがそんな勇気はなかった。
だが同時に女性との交際経験が乏しいためこうしたケースのスマートな立ち回りなど心得ておらず僕は借りてきた猫のようにじっとして黙っているしかなかった。そんな時に限ってマルティナも何も言わずテラスから見える街の景色を眺めており、暖かい光が頰を染める横顔がとても美しかった。それはまるで僕の気持ちを見透かしているように見えた。もしそうだとすると僕としては好都合だ。あとはマルティナが彼女自身の感情を表明すれば良いだけである。僕はもうとっくに腹を括っている。
しばらくしてマルティナは長い溜息をついた後にゆっくりと僕へ語りかけた。
「やっぱり君といると心の中のザワザワした感情が静まって、凪のように落ち着いた気分になれるわ。なぜかしら、全然興味のない男の人と一緒にいるとこんなにも気楽なのね。私にもし弟がいたらこんな風に思うのかな。」
その言葉はとても優しくとても穏やかかだった。僕は僕自身への言い訳に必死で、顔を真っ赤にしながら何もない天井を眺めた。その他のことはあまり覚えていない




