第35回 「プロモーション」
カーラは僕たちへの協力を二つ返事で承諾した。あまりにもあっさり決めてしまうので面食らってしまったが、カーラが言うには「意思決定は迅速さが肝要」なのだそうだ。ではなぜ意思決定に迅速さが求められるかと問えば「機会損失を最小限に食い止めるため」らしい。バックグラウンドの調査や分析を行うための時間的リスクを考ればとりあえず参入して利益が見込めなければ即座に撤退したほうが効率が良い、というのが彼女の考えである。だからといって何でも闇雲に風呂敷を広げるのも割に合わないので、彼女は取捨選択を「フィーリング」で判断するとのことだ。そのフィーリングこそがその人の知性や経験によって培われるものでありビジネスマンにとって不可欠な要素らしいが、僕にはよくわからなかった。
彼女が申し出たのは TV 局タイアップによる広告宣伝だった。ただし本来「タイアップ」や「コラボ」といったメディアミックスの類いはブランドを手っ取り早く現金化したい際に用いられる手法である。それは幅広い層のユーザーを短期間で引き込むことができる一方で、志向性の全く異なる彼らの共存はコンテンツが飽きられた途端に崩壊を始めるデメリットもある。だからいわゆる「ラグジュアリーブランド」は企業コラボやタイアップに対して慎重らしい。今回のケースはどのカテゴリーに当てはまるのかは知らないが、とにかく媒体は決まったので次は誰に向けてプロモーションを仕掛けるのかが問題になる。
「順当に考えると最も投資マインドの高い40代に向けた発信が適切だわ。彼らの社会的承認が満たされる案件でもあるし。でも、投資の広告なんて当たり前にその手の層には出し尽くされてしまっているわね。」
「それでも一定のウォンツを拾えれば上出来ではないでしょうか。」
ヴィンデが発言した。それはもちろんそうで、現在の段階では事業規模も何も話し合われていない。そもそも、僕たちは新しいビジネスを模索していただけで収益の使途に関しても一切決まっていない。マス戦略なのかニッチ戦略なのか定まっていない状態でなんとなくニッチを除外する理由などないのだ。
「まあ、そうだよね。ただターゲティングを間違えるといくらテコ入れしても収益が不安定になるし、リスクが高くなっちゃうよね。」
ガーボル氏が淡々とそう言い、僕には全く理解できていなかったが何となく納得した。ヴィンデは恐らく理解しているのだろう。「ああ。」と何かわかったような返事をして口をつぐんだ。少しの沈黙の後、続いてカーラが発言した。
「30代の働く女性世代にアプローチするのはどうかしら。つまり、私の世代ね。彼女たちなら可処分所得も高いし、メディアへの順応性も高いわ。しかも、社会進出への意欲も高いから十分に支持を得られると思うの。」
「うん、わかる。でもそれなら、コアターゲットの年齢層を引き下げたほうがいいと思うんだ。30代女性を相手ならコアなブームは出来ても、ムーブメントを起こす牽引力はちょっと弱いかな。層が薄くて拡散力が低いからね。それよりももっと下の層を拾って顧客を育成したほうがいいんじゃないかな。」
カーラが30代であることには少し驚いたが、彼女はガーボル氏に「失礼よ」と眉をひそめながらも彼の言説には尤もであると納得している様子だった。それにしても彼のビジネスマン振りには驚くばかりで、リヒャルトや同じ科学者のシュナイダー博士にも到底真似できないだろう。彼らの前では僕もヴィンデもまるで子供で特に僕に至ってはミーティングで話されている意味がわからないというより、ミーティングの意義自体がよくわかっていなかった。
「もう帝国に債券を発行させるプランも止めて、基金にしちゃえば。活動資金は僕のポケットマネーから出して、足りない分はスポンサーを集めるよ。」
「ところで僕たちは何をすれば良いですか。」
話し合いから完全に置いていかれた僕たちも一応、参加の意思を表明した。僕たちにできることがあるとは思えないが。
「もちろんこのプロジェクトは親衛隊の協力が不可欠なんだけど、魔法課には発案者としてそれなりの金額を、ね。」
それからプロジェクトは「平和創生基金」と名付けられ、投資額に応じて「聖母騎士勲章」という重々しい名前の勲章が配られた。これをカーラが絨毯爆撃のように昼夜問わず何度もテレビ広告を打ち、1週間も経てば帝国民でもはや知らない者はいないほどだった。特に毎週木曜22時に放送される女性向けドラマとのタイアップが好評で、ドラマのヒットと共に急速に寄付金が積み上がった。
聖母騎士勲章は5段階のランク分けがあり、寄付金額の合計によってランクが決まる。それによって社交界では最上級の取得がステータスシンボルとなった。また、スポンサーの広告効果も見込まれることから多くの企業が協賛し、基金は潤沢な資金を得ることとなった。ただしその時点で肝心の「紛争地域開発」は全く行われておらず、話題が話題を呼ぶだけの実績を伴わないものだった。もちろん誰にでも実態を確認できるわけではない慈善事業に行動の必要性など特になく「アリバイ作り」さえ行っていれば問題ない。国防軍やマスコミなど関係各局へそれなりの金品を配れば誰からも苦情は来やしないだろう。しかしなぜか親衛隊は事実関係にこだわった。




