第34回 「キャリアウーマン」
深夜にもかかわらず宣伝省の官僚から「すぐに向かう」との連絡を受け、その人物が到着するまで僕たちは待機することになった。手持ち無沙汰になった僕たちは件の人物を待ちながら世間話をしていたのだが、ガーボル氏もヴィンデもお世辞にも話し上手とは言えないタイプだった。そのため僕がひたすら当たり障りのない質問をして、彼らに答えさせるという苦行がしばらく続いた。
「そういえばシュナイダー博士から聞いたんだけど、君は彼の部下の中で一番賢いそうだね。」
しばらく「うん」か「そうだね」しか言語を発していなかったガーボル氏は突然ヴィンデに話しかけた。
「いえ、そんなことないですよ。同僚にマリアという子がいて、その子のほうが賢いです。」
ヴィンデはそう答えると、なぜかガーボル氏ではなく僕のほうを向いた。
「いや、君と話していると新しいアイディアが浮かぶんだよね。また違うプロジェクトでも協力して欲しいな。」
若い女性へのリサーチがガーボル氏のマーケティングにおける必勝法だ。確かにヴィンデは秀才タイプでリテラシーが高く、氏が目を付けるのも当然だろう。しかしヴィンデの方はずっと困った様子で僕に助けを求めるような眼差しを送っていた。
「ヴィンデは課でもブレーンなので、お貸しするのは難しいですね。」
僕が代わりに断るとガーボル氏はあっさりと引き下がったが、表情は明らかに残念そうで、もう一度声を掛けるのに躊躇するほどだった。そのままでは僕が氏の機嫌を損ねたような流れになってしまうので僕はヴィンデに話を戻した。
「そういえばヴィンデ、君は頭も良いしとても真面目だが、将来に向けてどういった目標を抱いているんだい。まさか君もアシュレイのように『お嫁さん』ではあるまいね。」
「私はずっと特殊な教育を受けてきたし、普通の女の子と違ってお友達と旅行に行ったり放課後にお喋りをしたことすらないわ。いいえ、だからって不満なわけじゃないのよ。ただ私は私にしかできないことがあると思うの。難しくて上手く言えないんだけど、私の持っている役割を私なりに社会へ還元したいのよ。」
恐らくヴィンデの言いたいことは僕に1/3も伝わらなかったが、きっと真面目な彼女は現状を更に高めたいと思っているのだろう。それにしてもヴィンデは普段から控え目であまり自分のことを話さない性格なので、貴重な情報ではあった。
ようやく来訪者が到着したのはそれから1時間程経った後のことだった。その人は茶みがかった黒の長い髪をフロントで分けた大人っぽい雰囲気のある女性で、濃紺の襟付きロングワンピースにモスグリーンのジャケットを羽織っていた。手には男性的な黒く大きな革製の鞄を携えていて、ファッションに疎い僕でも「オシャレだな」と思える装いだった。ガーボル氏の友人が帝国の官僚と聞いて男性だとばかり思ったが、ヴィンデ曰く女性による「上級職」の構成比率は年々高くなっているらしい。何をもって上級とするのか下級とするのかはよくわからないが、差別意識の根強い帝国ならではの制度であろう。
「この人が宣伝省映像局企画部のカロリーナだよ。」
カロリーナと呼ばれたその女性はガーボル氏のプライベートの友人だそうで、年齢は外見から20代半ばだと思われるが落ち着きのある態度からもっと上とも考えられる。いかにも才女であるかのような自信に溢れた立ち振る舞いで、一目見れば端正で繊細そうな外見とは裏腹の芯の強さを誰でも感じ取れるほど漂わせていた。気迫に圧倒された僕とヴィンデは恐る恐る挨拶したが彼女は「カーラと呼んで頂戴」と僕たちへ気さくに声を掛けた。




