第33回 「公共投資」
「ああ、とても良いと思う。」
僕は中途半端な返事をして、何か難しいことを考えているかのように腕を組んで見せた。
「何の理由で使われる債権なのかが大切だね。皆がリスペクトできる使い方がいいよね。」
ガーボル氏はそう言いながらテーブルに肘を付き長い髪をかき上げた。ヴィンデも椅子にもたれ掛かって黙り込んでしまい、部屋にはどんよりとした重い雰囲気が漂った。僕からも何か積極的な発言をせねばならない義務感に駆られていたが、高校教育すらまともに修めていないのに何か素晴らしい思い付きなどあるわけがない。それに、仮にここでブレイクスルーを見出せたとしてそれを誰が実行させられるのだろうか、規模が大き過ぎてイメージが全く沸かない。
反対に僕とヴィンデとガーボル氏が出来ることは何だろうか。僕は異世界人、ヴィンデは魔術師、ガーボル氏はサイエンティストである。例えば「異世界から来た可哀想な僕を元の世界に戻す」などというプロジェクトなら実現可否はともかく環境としては始められそうだ。「タイムマシン製作」や、あるいは「瞬間転移装置」も良いだろう。しかしいずれも誰が資金を出すのかと考えれば不確定要素が大きい。クラウドファンディングではないのだから、エンタテインメントにすべきではないだろう。視点を変えて、僕とヴィンデ、ガーボル氏の共通点である軍に目を向ければどうだろうか。例えば軍費を賄うために債券の発行を要請するとすれば多少の筋は通る。
「ガーボルさん、僕たちがある種の戦時公債を発行する場合、用途として考えられるのは何が挙げられるでしょうか。」
ガーボル氏は「うん、そうだね。」と少し前置きを入れつつ、ほぼ即答に近いペースでのリアクションをした。
「戦争を終わらせるための資金調達なら良いんじゃないかな。」
僕が「そんなことができるのでしょうか。」と聞くとガーボル氏はただ「うん、難しいよね。」と一言だけ答えた。金銭で戦争を終結させられるならそれに越したことはないが、そんな慈善事業まがいのプランが通るならそもそも戦争自体が始まっていない。なぜなら国防軍や親衛隊は帝国が利益を得るために戦っているのであって、コストを払ってまでそれを止める必要がないからだ。ガーボル氏は「ヴィンデ、君はどう思う。」と彼女に話を振った。ヴィンデは下を向き、肩まで切り揃えた髪の毛束をくるくると丸めながら弱々しい声で言った。
「私たちが戦っている多くの敵は反体制派のテロリストなのですが、彼らはいくつかの派閥に分散していて一網打尽にするのはほぼ不可能です。主要派閥のいくつかを壊滅させてもまた別の派閥が台頭するだけなので完全に終わらせるにはどうしても時間がかかるんですよね。」
「それならテロリストを丸ごとお金で買えないだろうか。」
僕は何気なくそう言った。例えば以前のミーティングの際にも出てきた、安土桃山時代の織田信長などが良い例だろう。織田信長は占領地域で築城や街道整備といった公共投資を次々と行い、正規兵の導入によって雇用を生み出した。そうすることで国人たちの分治を切り崩し内乱の火種を抑えていったのだ。人間などは所詮はイデオロギーは建前に過ぎず、自分の安定した衣食住が保証さえされていればきっと満足するだろう。もちろん反体制派が全くいなくなるとは思わないが、それもごく少数派に止まるはずだ。
「それ、面白いね。」
ガーボル氏は早速、僕のアイディアに興味を示した。ヴィンデは意味がわからないとでもいう風に不思議そうな顔をしていたが、肯定も否定もしない様子だった。ガーボル氏に「もっと詳しく教えて」と言われたので僕は一言一言頭の中で考えながら話した。
「テロリストの本来の目的は破壊活動ではなく生活の改善であるはずです。指導者層は知りませんが、それよりも裾野の広い戦闘員やその家族、支持者たちにとってイデオロギーなども実はどうでも良く、彼らが本当に求めているのは安心して住める場所や暖かい食事、そして清潔な衣服なのではないでしょうか。もし僕たちがそれらを提供してしまえばどうなるでしょう。間違いなく彼らは体制の支持に回り、喜んで帝国のために働くに違いありません。」
熱心に僕の話を聞いていたヴィンデは内容を確認するように僕に尋ねた。
「テロリストのいる街にミサイルの代わりに資金を投入して、そこで雇用を創出するのね。そのための費用を基金のような形で富裕層に拠出させれば確かに上手くいくかも知れないわ。企業に対しては節税にもなりそうよね。それに大義名分も成り立つし、あとはどのようにプロモーションするか、かな。」
それに対してガーボル氏が回答した。
「宣伝省に協力させようかな。ちょっと待って、今連絡してみる。」




