第31回 「信用経済」
「バブル崩壊の予兆に気付いていた人は多かったと思う。僕の家族もバブルを経験したらしいのだけれど、どうやら社会全体が好況に湧く中で誰も冷や水を浴びせるような行動なんて取りたくなかったようなんだ。トレンドに逆らうことで彼らの勤め先が大損でもしようものなら大変な責任問題になるからね。それに当時の人たちは問題を先送りにすることで自分以外の誰かが解決してくれるのを待っていた節もあったようなんだ。バブルの後もITバブル、サブプライムローンなど投機的な原因の不況は何度も起きているのだけれど、結局は経済なんて人間が創造するものだから同じようなことが何度も起こるのさ。」
「君のいた世界の経済は近世から少しも進歩しなかったようね。だって私たちが知っている限りでも南海泡沫事件、チューリップ・バブル、それに世界恐慌だって招いたのは国家ではなく投資家たちだわ。だから帝国では自由主義経済そのものを否定しているの。経済活動を国が保護することで資本家が財産を失い、労働者が命を失う悲劇を防いでいるの。それに比べて君のいた世界は100年もの長い歳月で、進化したのはテクノロジーだけだなんて本当に不幸ね。」
マリアが口を挟んだ。こちらの世界では共産主義国家の強大化とその崩壊を経験していないため独裁者の失敗や保護経済による国家運営の破綻を知らない。そして帝国は保護経済を布いていても市場競争を機能させることが出来ている。その理由は積極的な公金投資と戦争だ。帝国は戦争によってオリガのような他民族を屈服させ借金のツケを彼らに押し付けている。主導しているのは親衛隊の官僚たちであり、今や彼らは議会や総統さえ上回る権力を有するようになったそうだ。
「しかも、その『バブル』だって1つの信用経済を前提として成立していたのよね。だって金融商品に実態なんてどこにも存在しないのだから。それなのに株主の利益追求を目的とする私企業が、国家の存亡に関わる金融市場を主導していること自体がナンセンスだわ。国民に対して何の責任もない彼らがそれを創造してしまったのならそれはもう民主主義でも何でもないもの。」
「それなら国家が信用経済を支配してしまえば何の問題もないじゃない。」
マリアの発言に対して特に何でもないという様にカタリナが反応した。マリアの発言も確にその通りだが、カタリナの大雑把な思い付きにも共感する面が大きかった。
「僕の国の歴史の教科書には千利休という商人が載っているのだけれど、彼はただの陶磁器の価値を釣り上げて領土と等価にしてしまったそうなんだ。彼の後ろ盾にはいつも当時の支配者がいて、その家来の中には元帥の肩書よりただのちっぽけな泥細工1つを欲しがる者もいたらしい。」
「茶碗」や「大名」に当てる適切な表現が思い浮かばず言葉選びに苦慮したが恐らく大筋は捉えていたと思う。それが功を奏したのかは知らないがいつも話を聞いているのか聞いていないのかわからないアシュレイが珍しく口を挟んだ。
「帝国に政商と呼ばれる人物は大勢いるけれど、その信用経済というものを作った資産家は1人もいないわ。もし私に十分な資産があるのなら可愛いお皿でも何でも作って高値で売ってみせるのに。」
その"高値で売れる可愛いお皿"を作れる自身は一体どこからくるのだろう、と僕は思った。




