第30回 「バブル」
それから少女たちのテロリストに対する容赦ない制裁をあたかもスポーツ観戦でもしているかのように傍観する日々を過ごし、恐ろしかった戦場の光景も次第に見慣れたものに変わっていった。僕のような多感な青年なら非日常的な戦争体験に強く影響されてもおかしくはないが、幸いにも僕の周りには極めてドライな人間しかおらず辛うじて状況を冷静に判断することができた。
そんな職場の空気感を作り出しているのは課長であるシュナイダー博士に違いないが、どうも様子を見ているとマルティナとカタリナの姉妹も大きく関与しているようだった。シュナイダー博士は冗談ばかり言って陽気に振舞っていることが常だが、部下たちへの心情的な距離感では一歩引いている印象が見受けられた。言動の端々で上官からのトップダウン構造になることを恐れていることがわかり、現に本人も「命令を拒否しても構わない」と事あるごとに言っている。しかしそれでも組織として成立しているのは年上の姉妹が下の4人を実質的にまとめ上げているのだろう。誰かが体調を崩すと真っ先に気遣うのも、 (お世辞にも褒められた勤務態度ではないが) ここぞという時に空気を引き締めるのも注意深く見ればいつも彼女たちなのだ。その心配りは僕にまで向けられ、ダスラー中尉が訪問時に取った僕への態度を見かね、無理矢理に同行したのもよく考えてみれば彼女たちの配慮だったようだ。
異世界の講義で積極的に質問をするのもやはりマルティナとカタリナだった。ただ少し気持ち悪いのが、マルティナの場合は未来を見通す能力によって彼女が質問をした途端に僕からの回答がわかってしまうのだ。場合によっては「“Paris Fashion Week” は誰のために作られたお洋服を展示する催しなのかしら。」と質問した直後に「“Fashion Model” とはどういった職業なの。」と僕の返事を待たず再び質問し、「既製服のプレゼンテーションにどうして権威があるの。」とまた更に質問を重ねるので、回答者の僕ですら思考が追いつかないこともある。
実務では役立たずの僕ではあるが、座学に関しては日を増すごとに好評を得られるようになった。スマートフォンのアイディアを形にできたことも評価を高めた一因だと思われるが、レジュメ作りに試行錯誤しながら創意工夫を凝らすようになった成果もあるだろう。講義の幅も広くなった。ガーボル氏の影響でビジネスに興味を持ったこともあり、高校生の頃は身近ではなかった経済に関しても講義を始めた。まず手始めに、現代社会の教科書で習ったバブル経済について、実際にどういった事象だったか少ない資料から研究することにした。
「プラザ合意によって円高誘導されたため、輸出が難しくなってしまったんだ。だから政府は金利を引き下げて国内需要を活性化させようとしたのだけれど、お金の価値が低いから銀行じゃなくて配当の高い株に投資が集まった。でも余ったお金を貸したい銀行は建設や不動産に貸し付けるんだ。そうなると土地はどんどん値上がりして売れば売るほど得をするし、それなのに輸入品はどんどん安くなるから企業も儲かるし景気も良くなる。」
「それならどうして崩壊してしまったの。」
ヴィンデは不思議そうに尋ねた。
「そのまま金利を低くしているとインフレになる恐れがあるからね。いつまで円高が続くかわからないし、仮にずっと続いたとして国内資産が海外に逃げてしまえば国自体が成り立たなくなる。だからどこかで止める必要があったんだよ。」
またしてもヴィンデは不思議そうに尋ねた。
「じゃあ政府は抜き打ちで急に金利を引き上げたのかしら。バブルが本当に良くないことなら政府以外にだってわかるならわかる人がいたはずだわ。その人たちには箝口令が布かれていたのかしら。」




