第29回 「テロリスト」
間髪を入れず散り散りに走り去る「敵」に対し上空から戦闘機の砲弾が降り注いだ。爆破によって位置が特定されたため空軍も攻撃を始めたのだろう。それからは無抵抗の相手に対する一方的な虐殺で、被害者は少なく見積もっても100人を超えているはずだ。それも「報告の手間を省くため」なのか。凄惨な状況はしばらく続き、ついに人影が見られなくなった後も炎は勢いを増して燃え続けていた。
やはり敵の位置が特定された時点で軍へ報告するべきだった、軍も無抵抗な相手に対して殲滅する前に降伏を促すべきではなかったかと僕は思った。捕虜にしたほうが敵の情報を聞き出せるし、敵との交渉材料にもなるはずだ。現に海軍のリヒャルトはそうしていたではないか。しかしシュナイダー博士はその主張に対し「リスクが大き過ぎる」と否定した。
「まず、数百人の捕虜を収容するのに必要な土地や食料を確保することが困難だろう。それに、帝国が資金を出してわざわざテロリストの衣食住を保証する道理もない。仮にもしコストを度外視してまで彼らの命を救ったとして、もし何の役にも立たなかったとしたら誰が責任を取るんだい。半世紀前なら強制労働でもさせられただろうが、今では人権問題で敵対派閥に叩かれかねないと上層部も及び腰になっている。それなら始めから殲滅してしまったほうが都合が好いだろう。」
シュナイダー博士は眉一つ動かさず淡々と僕に説いた。それでも「彼らと話し合う術はないのか」と食い下がったが、横で聞いていたヴィンデがまるで喫茶店でコーヒーをオーダーする時のようなナチュラルな口調で「テロリストとは交渉しないのよ。」と僕に言った。元の世界でも聞いたことのある言葉だが、つまり言い換えれば「皆殺し」に他ならないわけである。ラブアンドピースが持て囃される世界においてもアメリカの同時多発テロ以降は特にテロリストへの態度は強硬論かつ僕たちは被害者の側であると思っていた。帝国でも恐らく国民のほぼ全員が同じような認識なのだろう。しかしその裏では効率化や責任問題のために人の命が簡単に失われてしまう。
「君の意見も聞きたい。こんな状況下で君ならどうすればいいと思うのかね。」
むしろ僕を非難するような口調ではなく、異世界の歴史を参考にしたいというようにシュナイダー博士は僕に言った。しかし僕には何の対案もなければ反証となる事例を知っているわけでもなかった。彼らの本心は知らないが、少なくとも組織の一員として平和を願う信条だけで発言する意味はない。だから僕自身も組織の人間として「別に、特にないです。」とわざわざ無様を晒すのを避けた。
こうして僕の初陣は無用な横槍を入れるだけの役立たずとして終わった。彼らとはキャリアも心構えも違うことに疎外感を感じ陰鬱な心情だったが、そんな僕を見かねてアシュレイが声をかけてきた。
「今回の作戦で君は的外れの意見を言うだけで有益な言動なんて何一つしていないただの邪魔者でしかなかったけれど、君はそれでいいのよ。別に私たちは君に明晰な頭脳や的確なんて求めていないのだから。君は異世界人としてオブザーバーの役割を果たしていればいいの。シュナイダー博士だってそれを期待しているわ。」
そう言って彼女は僕の竦んだ肩に手を置いた。しかしその同情が僕自身の哀れさを更に深く思い知られることになり、「ありがとう」と細く呟くことしかできなかった。そんな僕を見かねたのか、アシュレイは語気を強めて言った。
「私にはこんな生き方しかできないしそれが最高だなんて少しも思わないわ。できればこんな生活を早くリタイアしてお金持ちのお嫁さんになって死ぬまで何不自由ない人生を送りたいの。だから君に『自分を見つめ直せ』なんて眠たいお説教を垂れる筋合いは全くないんだけど、君の山のようにある『出来ないこと』よりほんの少ししかない『出来ること』だけ分かっていればいいじゃない。どれだけ自分を責めても時間の無駄よ。私ならその時間を小顔マッサージに使うわ。」




