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異世界に落ちてきた男  作者: 岡本沙織
第3部 「戦争」
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第24回 「田園」

 テレポート実験を中止してからしばらく経ち、僕は職場のデスクで「バブル経済」の講義資料を作っていた。その頃には押収されていた教科書やノート類が返却され、国際社会、経済などに関してもある程度の解説ができるようになった。ちょうど「プラザ合意」の内容に差し掛かっていた頃、珍しく僕宛に来客があった。陸軍通信課主任のダスラー中尉と名乗るその男は僕に是非会わせたい人物がいるので今すぐ同行せよと告げた。

 ダスラー中尉の態度は実に横柄なもので「誰に会うのか」と尋ねても「来ればわかる」としか言わず「あと少し仕事を片付けさせてほしい」と頼んでも「今すぐ来い」と強いられた。そんな時に上司のシュナイダー博士は不在で困り果ててしまったが、ダスラー中尉の高圧的な物言いに観念して彼に従うことにした。

 ただ無断で早退するわけにはいかないので「仕事中に申し訳ないが」と同僚たちに事情を話すと、なぜだかマルティナとカタリナが「面白そうだ」と僕への同行を申し出た。そんな提案を中尉が受け入れるわけがなく「論外である」と拒否されたが、マルティナがピンク色のショルダーバッグから可愛らしい花柄のパスケースを取り出し彼女のIDカードを提示するとにわかに態度が豹変した。何しろ彼女はダスラー中尉殿よりも階級が上なのだから。そうなれば軍属の連中は実にわかりやすいもので、マルティナが「同行の理由を説明せよ」と命じると簡単に口を割った。


 「魔術師の方々がお使いになるテレパシーにチューニングさせて頂いたデバイスの試作品を陸軍兵器局開発試験部通信課が開発させて頂きましたのでそこにいるツバサ・タカセにアドバイスをさせるため参上致しました。」


 と、とにかくへり下って丁寧に話そうとするものだからかえって要領を得ない不自然な話し方で中尉は言った。それにしてもさすが人種差別国家で、一歩外に出ると僕は人間以下のような扱いを頻繁に受ける。帝国首都にも僕のようなアジア人がいないわけではないが、あまり住みやすいとは言えないはずだ。


 「それは誰の指示だ。どうして彼のアドバイスが必要なのだ。」


 カタリナはダスラー中尉の手のひら返しに気を良くしたのか、面白がって責め立てるように問いただした。


 「詳しくは存じませんが親衛隊本部からの協力要請ですのでシュナイダー博士もご存知かと思われます。また、デバイスはこの男が持ち込んだ “smaho” をベースにしておりますので、彼に出頭要請が出ている次第であります。」


 こうして僕とダスラー中尉、マルティナとカタリナは共に研究所へ向かうことなった。ところで二人は仕事を放り出して大丈夫なのか尋ねたところ「多分問題ない」らしい。随分といい加減な組織体制に半ば呆れてしまったが、そんなわがままが許されるほど彼女たちの存在は貴重なのだろう。


 帝国首都を出てほぼ一本道を自動車で3時間移動した場所に研究所は建っていた。空は日が落ち始め、目の前の夕日が眩しく感じた。研究所の外観はどちらかといえば中世の城のようで、まるで長い期間放置されていたかのように石組みは所々崩れ塗装は剥げ落ちていた。周囲には田園が広がり、あまりの牧歌的風景にもしかすると近隣住民はここに研究所があると認識していないのではないだろうか。あるいは何かの実験を行う際に開けた土地のほうが都合が良いのかも知れない。

 錆びて黒くなった鉄の門をくぐり、扉を開けるとそこは近未来のような世界だった。巨大な電子機器がいくつも積まれており、複数人のオペレーターがモニターの前で何やら操作をしている。更に奥へと入り所長室へ足を踏み入れると、古ぼけた書類の山の中から男が顔を出した。体格は線が細く薄い唇にストレートの長い髪をしてタータンチェックのジャケットを着た彼をダスラーは「ガーボル所長だ」と僕たちに紹介した。

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