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異世界に落ちてきた男  作者: 岡本沙織
第3部 「戦争」
23/68

第23回 「音声規格」

 インプットされた情報を再生、あるいは複製するには、言うまでもなくアウトプットが必要となる。しかし彼女たちのスキルは銘々異なるので再現性は彼女たちの可視領域に限られる。つまり「能力のコピー」はまず不可能なのだ。初手から大きく(つまず)くことになったが、議論を重ねるうち僕たちは「機械にその肩代わりをさせてはどうか」と思い当たった。

 簡単な実験として、オーディオ機器を用い「魔術」によって生成された音を再生しようと試みた。音は「空気の振動」であり、空気などわざわざ異次元へ放り込むまでもなく地球上どこにでも存在する。転移能力のあるクレアなら頭の中でイメージした音声を再現できるはずだ。その日は仕事を早く切り上げ、彼女の部屋で実験を行った。

 まず始めにオーディオのスイッチを ON にしてみたが、しばらく経っても何の変化もない。クレアは申し訳なさそうに「シグナルは送っているがエラー原因がわからない」のだそうだ。僕は「そのシグナルというのはどんなものか」と尋ねると、「頭でイメージした音を電気信号に変えている」のだそうだ。素人の僕には全くわからないが、きっとそういうものなのだろう。現にそのシグナルとやらで彼女たちはテレパシーを送受信しているのだそうだ。


 「じゃあ例えばその電波を使えば、敵を傍受したりジャミングすることもできるのかい。」


 単なる思い付きだったが、我ながら名案だと思った。国防軍のミリタリーインテリジェンスを根底から覆す画期的な発想だろう。いくら高性能な探知機でも魔術師がレーダーに引っかかるなんてあるはずがないのだから。しかしクレアは控えめに下を向きながら答えた。


 「ごめんなさい、傍受したいけど相手の規格が合わないし、ジャミングできるほどの電波は発生させられないの。」


 「規格」の意味はわからなかったが、これも「彼女がそう言うのならそうだろう」と納得するしかなかった。しかし、僕はそこで肝心なことに気付いた。


 「そういえばデジタルは二進法ではないか。」


 テレパシーが何進法かは知らないが、0と1しか認識しないオーディオにそれ以外の電気信号を送っても意味がない。


 「わかった。二進法をイメージしてみる。」


 とクレアは言ったが、スピーカーはたまにホワイトノイズを発するだけで特に進展はなかった。それから1時間ほど粘ってみたがスピーカーはだんまりで、クレアはなぜか恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。見ていると不憫に思えてきたので、僕たちは実験を中止することにした。


 夜更けになり、僕はいつものようにオリガと夕食を共にした。オリガの調理技術は日々向上しており、当初はシチューやスープ料理ばかりだったのが帝国の都会料理にもバリエーションが広がっていた。もちろんそれも大変美味しいのだが、やはり元の世界に比べると少し物足りなく感じていた。もしかすると郷愁は食の違いによって最も感じるのではないだろうか。


 「リヒャルトがツバサによろしく言っていたよ。」


 世界首都に移住してしばらくするとオリガも彼のことを「リヒャルト」と呼び始めた。最近では両親だけでなくリヒャルトも連絡を寄越すそうだ。彼も僕たちのことを随分と気にかけてくれている様子で、彼の近況も知らせてくれている。現在はイースタシアと交渉するための親書を総統に要求しているようだ。僕は何気なくオリガに話した。


 「国防軍の暗号解読技術はどのくらいなのだろうか。テレパシーも解析できないものか。」


 リヒャルトの所属する海軍は国防軍の管轄だが、国境線近くの基地ならもしかすると彼らも通信傍受を行っていたかも知れない。オリガには通信兵などがいた記憶はないそうだが「機会があれば聞いてみる」といかにも興味なさそうに申し出てくれた。

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