第17回 「ブラスバンド部の岡部君」
博士から僕の紹介がまだされていないうちにカタリナは「思ったよりも若くて良かった。」とはしゃいだ。マルティナも便乗するように「可愛い」だとか「髪が綺麗」だとか騒ぎ、まるでお人形さん扱いであった。聞けばマルティナとカタリナは19歳で、僕より年上のお姉さんらしい。マリアが復び「まるでお猿さんみたいでしょう」と言い出し、アシュレイは「君はどの子が好みかしら」と誰も幸せにならない選択を僕に迫った。ヴィンデとクレアはそれを呆然と眺め、頼みの綱であるシュナイダー博士は何が可笑しいのか、天を仰ぎ手を叩いて笑っていた。
この場合に果たしてどういったリアクションをするのが正しいのだろうか。本気で拒否すれば「粗暴な殿方」と彼女たちを怖がらせかねないし、顔を火照らせて「やめろよ」と言いながらまんざらではない表情を浮かべるのも気持ち悪い。つまり僕は地蔵のように硬直しながら彼女たちが飽きるのをじっと待つしかなかった。それに、彼女たちとしても「ピュアな男の子を誘惑するセクシーなお姉さん」の真似事がしたいだけであって、実のところ僕自身には何の感心もないのだ。
「でも私にはボーイフレンドがいるから駄目よ。」
何が「でも」なのかまるで見当が付かないが、カタリナがとんでもないことを言い始めた。一体いつ僕が彼女に好意を持っていると言ったのだろう。
僕は中学二年生の頃、トランペットが吹きたくて女子部員しかいない吹奏楽部に入った岡部君のことを思い出した。僕たちクラスメイトは岡辺君を心底羨ましがったが、岡部君は静かに「全然良いものではないよ。」と言い放った。その意味を僕はここでようやく思い知ることになったのである。
まず大前提として、少年漫画のようなハーレムルートはこの世には存在しない。なぜなら彼女たちは集団意識の強く互いに牽制し合うからだ。次に、彼女たちへ好意的に接したとして「何でも私の我儘を聞く便利な男」として扱われるか「気持ち悪いから近寄らないで」とブロックされるかの二択に絞られる。当然ながら最初から好意的に接しなければ自動的にバットエンドである。
この法則をカタリナの発言に応用すると「ボーイフレンドがいるから駄目」というのは「君には興味ないけど奴隷として使ってやってもいい」と同義なのだ。イケメンでもない分際で身の程も知らず女子に囲まれていい思いをしようなんて最初から虫が良すぎるのだ。
僕が目を丸くしていると、アムールトラの前に放り出された哀れなヘラジカのショーに飽きたシュナイダー博士がようやく助け舟を出してくれた。
「さあ天使たち、ミッションの時間だよ。」
天使たちは弱々しく返事をすると思い思いの場所に胡座をかいて目を瞑った。部屋には椅子も机もなく、カーテンも締め切られているため昼夜の区別がない。博士が部屋の照明を消すと辺りは暗闇に包まれたが、床に書いた魔法陣が光るとか部屋ごと天空へワープするとかそういったエフェクトはなく、ただ真っ暗なだけだった。
「ここが我々の指令本部だ。」
博士は僕に告げ、意気揚々と各々に指示を出した。
「さて諸君、本日の午後14時にライオンのジョー作戦作戦が決行される。先立ってF4課が既に敵本営位置の特定に成功した。我々は午後13:35より標的に侵入、作戦と同時刻に攻撃を仕掛ける。」
僕は黙って聞いていたが「目標地点の侵入に成功」だったり「敵兵器の破壊を開始」だったりと少女たちがオペレーターのように喋っているだけで、光景としてはかなり地味だった。何より魔術師と聞いていたが全く魔法を使っている素振りはない。この世界の魔法というのはそういうものだろうか。それに僕には何も見えていないので、本当に彼女たちが「ライオンのジョー作戦」なるものの実態を知る術がないのである。
だが、もしかすると僕に認識できるだけの魔力がないだけで見える人には魔法陣が発光していて天空で光線が飛び交っているのだろうか。一通りの指示を終えるとシュナイダー博士は「ランチは12時だから遅れないでくれたまえ。」と少女たちに言い残すと僕の肩を叩き「どうだい、美しい光景だろう。」と呟いた。
「彼女たちの邪魔をしても悪いから、ミーティングは隣で始めよう。」
博士はそう告げ、部屋の右奥にあった応接室に僕を通した。




