第16回 「科学者」
学校の美術でも赤点の周辺を低空飛行していた僕が絵画に対して興味などあるはずがなく、せめて有名絵師の萌えイラストなら少しはわからなくもないが、ピカソやバスキアのような歪で不気味な抽象絵画がなぜ評価されるのか全く理解に苦しむ。夏休みに街へ出ると80%の確率でアンディ・ウォーホルのプリントが描かれたTシャツを着ている連中に出くわすが、あの汚く塗られたマリリン・モンローの良さを400字詰め原稿用紙4枚で解説できるファンは果たしてあの中に何人いるのだろうか。
だからといって頭から否定するのも失礼なので僕が「さっぱりしていて良いと思います。」などといい加減な返事をすると、知的な紳士は「なるほど、君になら理解できるだろう。」と何やら頷きながら腕を組み感心している様子だった。二の句が思い当たらずに僕が愛想笑いを浮かべていると彼は「自己紹介がまだだったね」と我に返るように立ち上がった。
「私がシュナイダー博士だ。君に会える日を楽しみにしていたよ。」
彼は爽やかな笑顔でそう言い、僕に握手を求めた。僕が応じるとなぜか部下である姉妹たちにも「会えて光栄だ。」と一人づつ握手をして回っていた。
「気にしないでね。博士はいい人だけど基本的には変人だから。」
マリアが僕に囁いた。確かにどう見ても変わっているが、ハリウッド映画でも天才科学者といえばマッドサイエンティストと相場が決まっておりある意味「予想通り」だったとも言える。
「タカセ教授には色々教えてもらいたいことが沢山あるのだが、まずは私の自慢の部下たちをお披露目せねばなるまいね。」
マッドサイエンティストは笑顔を絶やさず僕に告げた。彼のちょっとした気遣いや気さくな態度などを見る限り、ただし常軌を逸した立ち振る舞いを度外視すれば、彼は僕にとって理想的な大人だっただろう。ただしそれは見習おうにも簡単にできるものではなく、彼の人生経験から身に付けた所作であることは17歳の僕にでもわかった。なぜならそれだけ彼が「ナチュラル」だったからである。
「アシュレイとマリアは知っているね。彼女たちはモデル事務所からスカウトしたんだ。」
紳士はナチュラルにジョークを言った。アシュレイとマリアは「もう、博士ったら」などと言いながら、まんざらでもない様子だった。
「ヴィンデとクレーは言わないでもわかるだろう。彼女たちは妖精の国の姫君だ。」
随分と芝居がかってはいるが、博士はムードメイカーという点では成功しているようだ。そんな溌剌とした雰囲気は僕も嫌いではないが、しかしどこか嘘くさく馴染めないのが本音である。例えば体育祭のクラス対抗戦で試合前に円陣を組むセレモニーも僕は苦手なタイプだった。なぜなら試合への意気込みの温度差や勝つための努力を省略し「円陣を組むこと」が目的化してしまっているからだ。スポットライトの光が明るければ明るいほど、どうしても僕は舞台袖の暗闇に目を向けてしまう。
「さて、彼女たちとは初対面だね、教授。最後の双子はマルティナとカタリナだ。」
博士がオフィスの外に向かって手を伸ばすとそこには黒髪で黒目がちな二人の少女が立っていた。大きな口ではにかむ笑顔がチャーミングな少女たちだったが、他の2ペアと違い金髪碧眼ではなかったのは意外だった。実家から通っているというのも彼女たちであるはずなので、何か特別な資質でもあるのだろうかと勘繰ったが、やはりそんな疑問は想定内だったのかシュナイダー博士が先回りして答えた。
「彼女たちは特別なんだ。二人は創立メンバーで、私の先輩でもあるからね。」




