第15回 「オフィス」
少女たちとのお喋りは明け方まで続き、気が付けば皆が僕たちの部屋で眠っていた。そのまま昼まで眠っていたかったが、午前6時になるとオーディオから国民的 RPG のエンカウント BGM のようなクラシック音楽が大音量で鳴り響き、みぞおち辺りに妙な違和感があったので仕方なく目を開けると、僕はヴィンデに踏みつけられながら体を揺さぶられていた。
「早く起きないと遅れるよ。」
ヴィンデは僕を見下ろしながら心配そうな声で僕に語りかけた。一般的に寝ている人を眠りから冷ますには両腕を肩に乗せて揺り動かすものだと思っていたが、他人を足蹴にするというのも乙女の恥じらいの一種だろうか。悪くない気分だったが、もっと欲しがるのも事態が混乱するので不精不精ながら起き上がることにした。
出勤時刻は午前8時らしく、僕には新聞を読みながら悠々と朝食を済ませるだけの余裕が十分あった。姉妹たちはというと洋服選びや化粧に時間がかかるといい何やらバタバタと慌ただしくしていた。思い返せば昨日もアシュレイは軍服から私服に着替えて出かけており、赤の他人が街で見かけても厚化粧の女子高生か何かだと思うだろう。そもそも職場へ向かうのにメイクが必要なのだろうか。
姉妹たちの身支度が終わると自動車で10分ほどにある商業区画へ辿り着いた。その一角に真新しいオフィスビルがあり、そこに帝国親衛隊本部魔法課が入居しているそうだ。向かいには大きなホテルがあり、周囲は百貨店や家電量販店が軒を連ねている。僕たちは地下駐車場に車を停め、僕の臨時入館証を作ってもらってから最上階のオフィスへ向かった。
なぜそんな立地なのか比較的話しやすそうなクレアに尋ねたところ、「課の存在が知られないためのカモフラージュ」なのだそうだ。それに加えて万が一にも本庁がテロリストに狙われた場合にも即座に対応できるかららしいが、確かに終日にかけて人通りが多く、お粧しした女子高生が出入りしているビルの中に軍事施設があるとは思いもよらないはずだ。
「そういうわけじゃないの。」
僕が納得しかかっているとクレアが僕の推理を遮った。
「皆がお洒落しているのは私たちがしたいからよ。」
「だからといって職場で、しかも軍隊の中でそんな勝手が許されるのかい。」
クレアに聞くと、彼女は頰を赤く染めながら下を向いて呟いた。
「だって、いつ格好良い人に出会うかわからないじゃない。」
問題点はそこではないだろうと思ったが、どうやら会話が噛み合っていないので僕はそれ以上尋ねる気力が失せてしまった。
オフィスのドアを開けると何もない部屋に初老の紳士がおり、キャンバスに向かって何か象徴的な画風の絵を描いていた。恐らく彼がシュナイダー博士だろう。 もう少し小太りで頭の毛が薄い髯を生やした老人をイメージしていたのだが、目は切れ長で鋭く鼻の高いどちらかといえば面長でハンサムな男性だった。黒いネクタイを緩め白いシャツの袖を捲り上げながら真剣に芸術と向かい合う姿は男の僕から見ても「セクシー」であり、学校の先生のように無駄な長話でも始めない限り彼へは好感が持てる気がした。
「魔法課へようこそ、タカセ教授。」
シュナイダー博士は筆を止め、日焼けした肌に白い歯を見せて僕に微笑みかけた。そして椅子から立ち上がると、絵を指差して言った。
「ところであのグリーンのタッチはどうだろうか。」




