第12回 「世界首都」
それからの長いフライトは退屈せず快適に過ごすことができた。アシュレイとオリガは相変わらず全く話さなかったが、その代わりオリガが僕に話しかけてくる機会は増えた。やはり両親と離れて不安なのだろう。家族や友人と離れて異世界で暮らす僕にとって他人事と思えず、なるべく明るく振る舞うよう心がけた。
「今まで素っ気ない態度を取ってご免なさい。」
二人でソファーに腰掛けて大きなスクリーンでアニメーションの映画を見ていると急にオリガが言い出した。感情の機微に疎い僕でもオリガが急によそよそしくなったことは感知していたが、その理由に関しては心当たりがなく困惑していた。
「私は少数民族の劣性人種よ。でもそんな難しい話は抜きにして、あなたと仲良くしたいだけなの。」
それを聞いて「それなら普通に話せばいいじゃないか」と思ったが、オリガなりの理屈があるのだろう。僕はスクリーンを見ながらまるで何でもないことのように言った。
「僕にはオリガと同じくらい歳の妹がいたんだよ。生意気でうるさくて鬱陶しかったけれど、それでもたった一人の可愛い妹だった。」
オリガは「褒めているのか貶しているのかわからないわ」と笑った。僕は少し照れながら窓へ目を向けた。
「僕のことは兄だと思ってくれて構わない。」
オリガは僕の肩を拳で殴り、冗談めいた口調で悪態をついた。
「それならもっと格好良い人が好いわ。」
飛行機の窓から見える夕日は言葉に尽くせないほど美しかったが、やはり容姿について触れられるのは少し傷付いた。
翌日の早朝、ソファーの上で仮眠を取っていた僕たちは機長のアナウンスで起こされた。目的地が迫っているので着陸準備に入っているとのことだった。空から街を望むと、現代的な高層ビルと石造りの建物群が混ざり合って並んでいた。そこにはまるで平安京の朱雀大路のようにメインストリートが中央に伸び、その先端には羅生門のようなゲートがある。中央にはタージマハルのような大きなドームがあり、そこを起点として江戸城のように波紋状に街並みが広がっていた。恐らくパリに勝るとも劣らない美しい計画都市なのではないだろうか、一目見た瞬間に僕は思わず息を飲んだ。
飛行機は羅生門の付近に着陸し、外に出ると少し肌寒いが、リヒャルトの拠点と比べれば随分温暖で過ごしやすい気候だと感じた。まずは僕たちがこれからお世話になるという宿舎へ向かうらしく、空港を出てすぐにアシュレイが手配していた自動車に乗り換えた。しかしどう見渡しても運転手がおらず不思議に思っていると、驚いたことに自動運転なのだそうだ。それも最先端の技術というわけではなく、帝国では普及しつつあるとのことだった。
自動車は市街地の奥まで進み、流れていく街並みを見ていると均整の取れた街路樹や端正な建物の造形には門外漢の僕でも舌を巻くほどだった。そんな大都会の一等地に期せずして住むことになったのだが、僕は心踊るどころかかえって萎縮してしまった。
細い路地を何本か進んだ閑静な住宅街で車は止まった。「ここだよ。」とアシュレイが指差す場所には3階建ての古風な住居があり、築年数は100年近いということである。内装はリフォームされているため顔認証のオートロック付き、ほとんどの家電には AI が搭載されているらしい。それは地球で「スマートホーム」と呼ばれているものに近いだろう。その上どういうわけか屋上にはプールがあり、自動車まで準備されていた。仕様はもちろん自動運転である。しかしこの世界にはインターネットという概念が存在せず 、 PC に至ってはそもそもあるわけがないのは残念だった。
アシュレイは住宅の細かい説明を終えるとシャワーを浴び、着替えを済ませてから1時間近く化粧をした後に「報告がある」と仕事場へ向かった。僕の初出勤は明日になるようで、なんでも「長旅で疲れただろうから」という気遣いらしい。しかし僕たちは知らない土地で手持ち無沙汰になってしまい、ひと通り部屋の探検を終えるとほぼ一日中テレビを見て過ごした。




