第11回 「人種差別」
背筋に戦慄が走った。しかしいくら高官だからといって軍法会議にもかけず生殺与奪の権利を掌握できるのだろうか。まさか殺しのライセンスなどは持っていまい。
「そんな決定権があなたにあるのか。」
僕は動揺を隠そうと真剣な顔を無理矢理に作ってアシュレイに尋ねた。しかし彼女はもはや可笑しさに堪えきれない様子で、引き締まったお腹を抱えてのた打ち回りながら言った。
「プロセスが逆よ。私に決裁権があるんじゃなくて、君に人権がないの。」
言われてみれば確かにその通りである。この世界に国籍を持たない僕はあらゆる法の外の存在だろう。生き延びるには僕が帝国にとって重要な人物であると認識させるか、常にアシュレイに媚びを売っておくしかないのだ。
「確かに劣性民族は私たちに支配されるのが自然の摂理よね。あのオリガとかいう子にしてもそうだわ。」
今まで笑い転げていたアシュレイはなぜか突然身を乗り出し、美術館に常設展示したくなるような美しい顔を近付けながらじっと僕を見つめた。普段ならそのキュートな瞳に吸い込まれそうになってしまうところだが、オリガまで引き合いに出されてはもはや憎たらしさしか感じられなかった。
「でも君の場合はルールが違うの。そもそも異世界人は人間として取り扱うべきなのかしら。」
残念ながら僕はマゾヒストではないので女王様の豚に志願する気にはなれなかった。むしろ人としての尊厳を散々に否定され、さすがに怒りが込み上げた。
「上等だ、殺してみればいい。」
口を突いて出てきた言葉がそれだった。僕はアシュレイへ必死に食ってかかったつもりだったが、いつの間にか頭に浮かんでいたのは「高校生だから」「良い会社に就職できないから」と不条理なエゴで抑えつけてきた大人たちの顔だった。
「貴様らは民族だとか、血統だとか下らない理由にこだわってチャンスを自らドブに捨てるおままごとがお似合いだ。相手もろくに知らないでお仲間内から排除してしまえばさぞ安心して眠れるだろう。あんたらの頭の悪さがバレずに済むからな。ほら、本当のことを言ってご覧よ。俺たちが怖いんだろう。怯えた顔も可愛いよ。」
アシュレイは顔を引きつらせしばらく呆気に取られていたが、どういうわけか手のひらを合わせ、ゆっくりと叩き始めた。それは次第に拍手へと変わり、セクシーな唇を尖らせて言った。
「素晴らしいわ。」
最悪なら殺されるのではないかと危惧していた最中、まさかの対応に僕は激しく狼狽した。
「君は本当に異世界人なのね。」
この世界では人種差別が1+1=2になること同じくらい当たり前なのか、少佐殿のお言葉に逆らうなど言語道断なのか知らないし知ろうとも思わないが、僕の言動がよほど規格外だったのだろう。もっとも、アシュレイが常識人であるようにはとても思えないが。
「私個人としては、君の加入を歓迎するわ。」
僕は振り上げた拳を下ろすタイミングすら失い「ああ。」と中途半端な返事をしながら頭を掻いた。アシュレイは花も恥じらうような笑顔でパチパチと瞬きをしながら上目遣いで僕に両手を差し出した。
「お友達になりましょう。」
僕は年上のお姉さんに優しくされた中学生のように恥じらいながら照れ笑いを浮かべ、アシュレイの細くてスレンダーな手を優しく握り返した。




