第10回 「帝国の魔術師」
初めてのヘリコプターは決して快適なものではなく、凄まじいプロペラ音と岩のような硬いシートにはひどく辟易した。もう2度と乗りたくないと思ったが、高度が上がるにつれ小さくなる街と目の前に現れた広大な海には目を見張るものがあった。オリガは興奮してあの山がどうとか、あの街が何だったとか熱心に語りかけてきたが、その声は全く聞き取れず僕は愛想笑いを浮かべていた。
数十分のフライトで小さな空港に到着すると、次は飛行機に乗り換えるのだそうだ。白塗りの外装に大きさは普通のサイズよりやや小さめで、スパイものの映画などによく登場するプライベートジェットに似ていた。機内に入るとソファーやテーブル、テレビなどがあり、シャワーやトイレまである。まるでハリウッドセレブにでもなった気分だったが、アシュレイに言わせれば内装は控えめであるらしい。帝国首都まで給油を挟みほぼ1日かかるようなので僕とアシュレイは今後について話し合うことにした。
僕の受け入れを要望したのはシュナイダー博士という科学者で、親衛隊本部の「魔法課」の課長を務めているそうだ。異世界なので魔法があってもおかしくはないのだが、これまで見てきた地球の現代社会と似たような世界観からはおよそ想像が付かなかった。実はアシュレイも魔術師であるそうで、魔法課には他に6人の魔術師が所属しているらしい。おまけに彼女たちはそれぞれ「親衛隊少佐」というご大層な肩書まで持っており、それだけに魔法課は「一個師団相当」と言われているのことである。
リヒャルトが彼女に気を遣ったのは諸々の事情を知っていたからだろう。試しに「魔法をかけてみてくれないか」と頼んだが、「禁則事項」だと断られた。ただ仮にアシュレイの言う通り魔法が存在する世界なのだとすれば、なぜ僕が呼ばれたのだろうか。魔法の専門家が、魔法のない世界から来た人間に遥々迎えを寄越すなんてとても考えられない。アシュレイに問うと、僕の両手を強く握りしめ、真剣な眼差しでゆっくりと語りかけた。
「必要なのは君じゃなくて、君がどうやってこの世界に来たのかという情報だよ。」
彼女は僕の自尊心を傷付けまいと芝居がかった物言いで茶化そうとしたのかも知れない。しかし僕はかえって理に適っていると感心した。僕に一個師団相当の活躍を求められても無茶があるし、何より僕自身が異世界転生のシステムについて知りたかった。まさか元の世界に戻れると思ってはいないが、この身に起こった出来事を魔法か何かで解明してくれるならそれはそれで本望である。衣食住の不自由がないなら尚更だろう。
気がかりなのは人種政策のほうだ。白人至上主義の大本山でご近所から差別を受けて暮らすのは御免被りたい。オリガに至ってはアシュレイと出会ってから一言も会話をしていない。せっかくアシュレイが話しかけても目を反らし苦笑いを浮かべる始末である。僕は「オリガから聞いたのだが」と前置きをした上で、意を決して切り出してみた。
「帝国が人種を重視しているというのは本当だろうか。」
なるべく平静を保ったふりをしたが、初恋の人に好意を告げる時のように目は泳ぎ声は震えていた。アシュレイは指で三つ編みを整えながら事もなげに言った。
「その通りよ。」
僕がたじろいでいると、それを見たアシュレイは手を叩いて笑いこう続けた。
「君が異世界人でないとわかればその場で射殺するわ。」




