河童
「いやぁね、おいちゃんもこんなこと言いたかないんだよ?良かれと思って用意してくれてんだから」
山本やすお、32歳。
地方TV局のクルーである私がなぜ正座で説教をされているのかと言うと、はっきり言おう、私にもわからない。
「でもさぁキュウリだけってどうよ?今時の人間界にゃあ旨いもんいっぱいあんだろ?菓子とか果物とかさぁ」
そもそも状況がわからない。なにこの状況。
「なぁ?あんまおいちゃん舐めてると、アレだよ?尻子玉抜いちゃうよ?」
なんで…
「なんでキュウリ片手の河童に説教されてんだぁあああっ!!」
私は被っていた帽子を叩きつけつつシャウトした。
「おいおっさん、なにエキサイトしてんだ?まだ説教は終わってないよ?」
「うるせぇよ!!なにお前!?緑色じゃん!?モロ河童じゃん!?なんで普通に存在してんの!!?」
「なに?おいちゃんの緑を否定しちゃうわけ?おいちゃん相撲とりたくなっちゃうよ?人間をはるかに凌ぐ腕力で、相撲とりたくなっちゃうよ?」
「やかましい皿に砂入れんぞコラ!!」
「お、落ち着いてください山本さん!」
隣のカメラマン斎藤くんに止められて、私はなんとか平静を取り戻しました。
「はぁはぁ…」
「おう、落ち着いた?」
「えぇ…まぁ」
河童はため息をつくと、腰に手を当てながら言いました。
「河童の秘境にキュウリ持ってきといて、『なんで存在してんの』はねぇだろ。そんなもん、『なに録りに来たん?』って感じだよ?こっちとしては」
「そうですよね…すいません」
「いやいやいいんよ!こっちも暇だったし。でもさぁ、おいちゃんが怒ってるのはこっちなわけ」
「…キュウリ?」
「そう!キュウリ!」
河童は大きく頷くと、身体を反らして言いました。
「時代も変わって、美味しいものもいっぱいできて、未だに『河童の好物がキュウリだけ』って考え方はどうしたもんかね?『クッキー好きかな?ケーキ好きかな?』みたいな相手への、気遣いがあってもいいんでないかいと、思う訳だおいちゃんは!」
「は、はぁ…」
河童は熱く語っています。
「なんだったらキュウリにマヨネーズ添えるだけでもいいんよ?心遣い、味に飽きない心遣いさそれだけでも。
それがなんだ、塩も揉み込んでないじゃないか!!昔の人はよかったよ?たまにスイカも喰わしてくれた!」河童はキュウリにかぶり付くと、手首を返してへし折りました。
「……まぁなんだ、色々と言いたいことはあるけどよぉ…」
河童の身体が、だんだんと薄く、ぼやけていきます。
そして―――
(久々に人間と話せて、楽しかったよい…)
河童は、消えてしまいました。
痺れる足を擦りつつ、スタッフ達は立ち上がります。
「幻…だったんでしょうか…?」
「さぁ、な…」
私は河童の消えた場所を見据えました。
「映像を見てみればわかるさ…」
「山本さん…」
斎藤くんが、私の隣に並んで立ちます。
「カメラ…回してません」
長ぇっ!!めでたしめでたしノシw