春の女王の涙
春を連れ去るあくまは、本によれば冬は険しくて登れない、高い山の頂上に家を構えているといいます。まず夏の女王様は、春の女王レンテ様を探し、険しい山を登っていきました。
「とても険しい山なのね」
ゾーマ様は物乞いの恰好なので、誰にも気が付かれることなく山を登り始めました。他にも山を登ろうとする屈強な男たちは、この物乞いの娘は世を儚んで、身を投げるのではないかと思いひやひやしていますが、ゾーマ様は気が付きません。
「危ないぞ」
途中で険しい崖から落ちそうになったゾーマ様を、屈強な男たちの1人が助けました。名をアリフといいました。アリフは山の頂上にいる悪魔が、山のふもとの家畜を連れ去ってしまうので、悪魔を退治に行こうとやってきていたのです。ゾーマ様はそれを大変喜んで、一緒に連れて行ってほしいと頼みました。
「悪魔を退治したら、私からたんと褒美をさずけましょう」
「物乞いの娘が褒美なんて言わないほうが良いぞ」
物乞いの姿をしているゾーマ様を、アリフはまさか、季節を司る女王の1人とは思わないのでした。
山の頂上に着くと、大きなお屋敷があります。門をたたけば、門は開き、中から春の女王様が出てきたのです。
「レンテ!」
「まぁ、お姉さま。一体どうしたというのですか?私は愛しい旦那様を追ってこの山にやってきたのですが、どうなさったのですか」
「あなたが戻らないから冬が終わらないのよ」
アリフはその言葉を聞いて、中から出てきた美しい女性が春の女王であること、そしてこの目の前にいる物乞いの姿をした娘が姉の夏の女王であることに気が付きました。膝をついたアリフに、ゾーマ様は優しく声をかけました。
「ここまで連れてきてくれてありがとう。悪魔は退治しなければなりませんので、どうかお手伝いください」
「なんでですか、お姉さま!あぁ、私が恋に溺れこんな山の上に来たことを怒っていらっしゃるのですね。旦那様は優しい人です、悪魔では決してありませんもの」
「でも春を連れ去るあくま、と呼ばれているのよ。そしてあなたはあくまの美しい姿に絆されてしまったのね」
「お姉さま、私はもう、季節に縛られたくないのです!悪魔だろうと関係ない、私を連れだしてくれた旦那様と離れることはありません」
カリフたちは屋敷の奥にいる悪魔と戦いました。しかし悪魔はどの時代でも強い存在、傷だらけのカリフたちを庇うように、夏の女王様は悪魔の前にやってきました。
「小娘、お前はあの春の娘の姉か」
「そうでございます、どうか私の妹をお返しください」
「できん」
春を連れ去るあくまは、春の女王様を心の底から愛しており、今後山のふもとの家畜は連れ去らないし、悪いことはしないのだと、夏の女王様の前で膝をついて誓ったのでした。これにはゾーマ様も驚き、目を丸くするしかありません。
「旦那様を私は愛しているの、だからどうか引き離さないで……」
国よりも愛をとった妹は、憎いとはいえども、やはり愛する妹なのです。困り果てたゾーマ様に助け舟を出したのは、悪魔でした。
「春の娘の涙を小瓶に詰め、季節の塔で飲めばいい。さすれば春の女王の力は、夏の女王、お前のものになる」
春の女王様は帰らなくてもよいのだと喜び、姉に涙の入った小瓶を渡しました。妹の強い意志に負けてしまったゾーマ様は、妹を連れて帰ることも、悪魔を退治することもせずに山を下りました。
アリフは物乞いの姿をしながらも美しく、1人で旅を続けるゾーマ様を見て、自分も旅についていくことにしました。アリフは山のふもとに住んでいる同じ村の仲間に家畜を預け、ゾーマ様と共に、旅立ちました。
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