女王様の歌
さて夏の女王様は、双子の伝説が彼女たち姉妹に影響していると思ってからというもの、彼女は変わりました。変わらなくてはならなくなってしまったのです、それは――春、夏、秋、冬、4人の女王様たちの、運命が分かれていくことを意味していました。双子は偉大なことを起こす――偉大なことを起こすために協力するはずの片割は、姉ゾーマ様にも、妹ウィンテール様にももう、いません。
双子の伝説を知ったその日から、アリフは夏の女王、ゾーマ様の様子が違うことに気が付きました。何かを知ったように、彼女は朝早くから起きては小窓から顔を出し、人々が起きる前にアリフに頼みごとをすると、昼間は小窓を開けなくなったのです。夜、月が顔を出されると共に塔の小窓を開け、アリフに王妃様の本棚に行って本を持ってくるようにと頼むのです。
いつもなら、昼間もずっと、小窓を開けて外の人々を見つめていましたが、ゾーマ様はそうしなくなりました。でもアリフはそんな女王様が何を考えているかはわかりませんから、ただ従者として自分のできることを探します。
「女王様の頼みならば、すぐにでも」
「女王様のお願いって言うのなら、地獄の火の中も」
「女王様の頼みなら、いつでもどこにでも」
ゾーマ様が塔に入られたと知るやいなや、国は喜びに包まれました。
しかし同時に、妹のエレスト様が行方知れずと知られれば、人々は少しだけ涼しい夏の夜にそれを思い出します。男はみっともないからと、1人で夜の寝床でおいおい泣いて、女子供は昼間、静かに木陰で休んでいるときに、しっとりと泣きます。夏が来ても秋は来ない、エレスト様がいない今、冬が終わっても厳しい季節は終わらないのです。
しかし、その年の夏は少しだけ様子が違いました。塔の前にはいつも大きな男、アリフが立っていましたし、毎夜毎夜、人々は塔から聞こえてくる小さな歌を聞きました。春の女王、レンテ様はお歌がとてもお上手で、毎晩聞いて人々の心を慰めていましたが、今塔にいるのはゾーマ様です。
「美しい歌が聞こえるが、これはあの“しっかり者”のゾーマ様のものなのかい」
人々は太陽や月が顔を出したり出さなかったりしても、いつもいつもそこに立つアリフにたずねます。大男アリフは、さぁな、と首をかしげました。
「ゾーマ様かもしれないし、ゾーマ様じゃないかもしれねぇ。俺はがさつで“きょうよう”のない男だから、かしこいゾーマ様の心まではわからん」
アリフは少しだけ悲しそうでした。それはもう、少し前からアリフはゾーマ様の、大きな笑う顔を見ることも、笑い声を聞くこともなくなっていたからでした。
その夜も、ゾーマ様の歌声は人々の耳に届きました。とても寂しそうな歌声は、あのしっかり者の長姉、夏の女王様とは思えませんでした。そしてか細く伸びる声は、気づけば夏の夜をひんやりと、涼しくしてくれました。
夏はエステル様が見つかるまで終わらないことを、人々は知っていました。もしもまた冬のウィンテール様が塔に入れば、レンテ様がいないのだから温かい春が来ないことも、人々は知っていました。しかし、エステル様が見つからずとも、レンテ様が来なくとも、夏の季節は時々春のように優しく、秋のように涼しいことに、ある時気が付くのでした。
だから人々は喜んでいます。もう、困って等いませんでした。実りが終わり、涼しくなるべき時期には、ゾーマ様の歌はますますか細くなりましたが、その歌がこの涼しい秋の様な季節をもたらしていると、人々は気づいたからです。
「もう、エステル様がいなくても、レンテ様がいなくても、ゾーマ様がなんとかしてくれる」
「ゾーマ様こそがこの国の王様になる人だ」
でも、そんな人々の声に、顔をしかめる老婆がいました。
そうです、彼女は糸紬のおばあさんと呼ばれた、エステル様を攫った魔女です。魔女は小窓の閉まった塔を見ると、なんとも不機嫌な顔をして、どこかに行ってしまいました。
「なんて忌々しい小窓だね」
いなくなる間際に、魔女はそういいました。
「あれじゃ、あの女を殺せないじゃないか」
実を言うと――老婆は、もう老婆ではありません。
魔女はもう、昔のあの老婆の様な魔女ではありません。
しゃん、と腰を伸ばせば女王様の様な美しい立ち姿で、頭を覆い隠すベールを取れば、秋の“かえで”のような朱色の髪が太陽の光に照らされました。小窓をにらみつけてから帰っていった魔女の後姿を大男のアリフがじっと見ていたことは、魔女自身も、女王様たちを含む国の人々も知りません。
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