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27日目-2

 三番目、四番目、五番目、筆頭代理の数名、そして若大将。そんな面々に連れられて、若人やオニ達が小屋を取り囲んでいた。

 忘れ去られた小屋であろうと、大蛇様ならば見抜くことができるだろう。そう思うクチナにとっても、それは想像より早い襲撃だった。


「密偵か、こちらの偵察が捕まったか……はたまた一番目様に何かあったのでは……」


 ジャノメの不吉な呟きに、ミズチは首を降った。


「理由はあとだ。……行くぞ」


 戦えるものは真っ先に小屋を飛び出した。その動きに従って、クチナはネネを連れて走る。

 外で待ち構えている敵の姿など確認せずに、一目散に船着き場の方角を目指した。


「下女下男は姫や彦らを守れ! 若人、見習い子は我らに続け!」


 七番目の命令が響くなか、怒声は響き渡る。彼とジャノメらオニたちに続いた集団が、敵対する鬼灯たちに切りかかっていき、下男下女たちが年端の行かぬ幼子たちを連れて逃げていくのが見えた。

 七番目たちは、クチナたちとは別になり、敵たちを惹きつけようと戦っていた。


 その一方、ミズチやジャバラは常にクチナ達の傍を離れず、襲いかかる者を斬り捨てていった。

 目的は飽く迄も船着き場に向かう事。敵のせん滅ではない。それでも、斬られたものがその後どうなるか、そこまで気にしている余裕などはなかった。

 元は仲間である。斬り合っている中にはかつて共に談笑したような者だっているだろう。


(こんな争いを、あなたは望んでいるの?)


 何処かで先代の声が聞こえた気がした。

 しかし、クチナは振り払い、ネネの手を引っ張り逃げた。


「ミズチ、クチナ様達をお願い」


 やがて、共にいたジャバラがそう言って七番目たちに加勢していった。早くも傷を負って呻いている鬼灯も現れている。戦えるものが減ったのだろう。


「行くぞ、クチナ」


 斬られた鬼灯の女性の悲鳴に気を取られそうになった所で姉に呼ばれ、クチナは我に返った。ネネを奪おうと敵が迫ってきていた。ミズチの攻撃を掻い潜った男を蛇斬で追い払うと、そのままの勢いでネネを引っ張りながら前へと逃れた。ミズチも援護しながら後を追う。


 傷に呻いているのは数名。敵味方のどちらかが把握できてはいないが、クチナたちの行く手を阻む鬼灯の数は減っていないような気がしていた。トグロやリンなど年端もいかぬ鬼灯たちも懸命に戦ってはいるが、きりがない。


 ――敵が増えている気がする。


 誰がいつの間に呼んだのか少しずつ駆けつけている様子だった。

 いつの間にか先程まではいなかった筆頭代理などがクチナ達を捕えようと襲いかかるようになり、ミズチの援護も余裕を失くし始めていった。交わす言葉は殆どなかった。

 そしてついに行く手は阻まれた。


「この先へは行かせません」


 オニの数名と共に二人の筆頭代理。

 ミズチが斬りかかるも、皆それを避け、距離を取る。クチナも後に続くが、相手はみすみす蛇斬に囚われるほど浅はかではなかった。


「ミズチ姉様、とても残念に思います」


 筆頭代理の一人が言った。


「あなたまでこんな事をなさっているなんて、大蛇様はさぞがっかりなさっている事でしょう。あなたには鬼灯の女の幸せが約束されていたはず。今からでも遅くはありません。かつてのように我らの頭となって、そこにいる御子を大蛇様にお返しください」

「あなたは身勝手な人だ。このような事は誰の為にもならない。それでも、大蛇様は御許しになるでしょう。我々とて、長く導いてくださったあなたの悲惨な末路など見たくない。どうぞ、黒霧を御捨て下さい」


 妹分たちの訴えを前に、ミズチは苦く笑った。


「御許しになる?」


 黒霧を存分に振って、更に彼女たちを遠ざけてからミズチは続けた。


「蟲に逆らえぬ私を拘束し、クチナを誘き出すためだけに潰そうとまでしたあの御方が、此処に居る同胞たち全てを御許しになると、お前たちは本気で言っているのか?」


 筆頭代理達は押し黙った。だが、一歩も引く気は見せない。


「あなたさえ心を入れ替えるのならば、庇う者もおりましょう。我らとてあなたが憎いわけじゃない。大蛇様もそうです。あなたの末路はそこにいるクチナ様の決断次第でもあるのですよ」

「クチナ様がご自身の立場をお分かりになればいい。ミズチ様、あなただってそれはお分かりのはず。こんなことは身勝手すぎる。クチナ様のわがままで、どれだけの鬼灯と人間が困るのか分かっていない」


 恨めしそうな筆頭代理とオニ達の顔がクチナの心に突き刺さる。

 覚悟は出来ていたはずだが、こんなにも間近で鬼灯に睨まれるということは、クチナにとってとても苦しいことだった。


「クチナ、聞くんじゃない」


 だが、ミズチはクチナを庇った。


「お前の翻した反旗はお前だけのものじゃない」


 そして、鋭い眼差しを筆頭代理以下に向けた。


「妹達、本当にお前たちはこのままでいいのか? 大蛇様は契約に縛られ過ぎている。鬼灯を酷使してまで人間に尽くすあの御姿が、お前たちには哀れに思えないだろうか」


 黒霧を構えながら問うミズチの姿に、筆頭代理の一人が首を振った。


「なんと恐れ多い事を。そのような傲慢で浅はかなことをあなたが言うなんて残念です。大蛇様は確かに苦しそうです。けれど、それもあと一年足らずのこと。神事によって全ては解決するのです」

「クチナ様もネネ様もその為の尊い存在。その尊さを穢すあなた方はやはり我々の敵だ!」


 もはや話し合いなど無意味だった。

 ミズチは溜め息を吐いて、黒霧を震わせた。

 ほんの少し力を溜めただけで、目にもとまらぬ速さが生まれる。クチナの赤い目でも見切れない速さであった。だが、筆頭代理達は怯えることなくそれを受け止めた。


「クチナ、先に行け!」


 ミズチが叫んだ。


「お前はネネ様のことだけを考えて走れ!」


 怒鳴るようなその言葉に、クチナは戸惑いを捨て、ネネと共に走り出した。

 筆頭代理の二人を相手にミズチは暴れる。二人に従って駆けつけたオニ達は迷いつつもクチナの方へと向かった。だが、蛇斬を恐れているのかその攻撃は何処か甘さが見られるものだった。


「斬られたらどうなるか分かっているでしょう!」


 クチナはついてくるオニ達に向かって吠えた。

 だが、その挑発のせいか、オニ達は却って恐怖を抑え込んで立ち向かってきた。


「斬られるくらいどうってことない!」


 比較的年若いオニが名刀を手に叫んだ。


「鬼灯の未来がかかっているのよ。私が斬られるくらい、どうってことない!」


 責任感と自己犠牲の精神が強いオニからクチナに歯向かっていく。

 彼女らは彼女らで正義としてクチナを阻んでいる。蛇穴と鬼灯の未来の為にも、クチナとネネの犠牲は仕方のないことだと考えているのだろう。その上で、生意気にも生き続けたいとかいう生贄の叫びを我がままで片付けようとしている。


「じゃあ、遠慮なく斬らせて貰うよ!」


 クチナはそう断ってから、蛇斬を彼女たちに向けた。

 オニ達一人ひとりが強敵だ。八番目を破る事が出来たのは奇跡だ。二番目や六番目だって同じ。奇跡と好条件が重なって、勝つことが出来たに過ぎない。

 本来のクチナにとっては、八人衆は勿論、オニ一人が相手でも辛い。若人であっても同じだ。そんな彼らが次々に現れてはクチナの行く手を阻もうと剣を向けてくる。蛇斬を振って行く手を斬り裂きながら、クチナは怯えを必死に隠した。


「無駄ですよ、クチナ様」


 オニ達は力任せのクチナの攻撃を容易く避けながら言った。


「此方の方が数は多いのです。あなたの行く手を阻む者たちは次々に増えます。私達を殺したとしても誰かがあなたを捕えるでしょう」


 名刀と蛇斬では比べ物にもならないはず。しかし、鍔迫り合いにすら持って行けない以上、刀同士の強弱など意味を成さない。切れないのならば無視して進みたいところだが、攻撃をやめれば透かさず誰かが襲ってくる。ネネを連れている以上、クチナも気を抜くことが出来ずにいた。

 そんな状況下で、更に敵は増えて行く。


「怯むな、立ち向かえ!」


 響き渡る怒声はクチナ達の味方のものではない。若手に立場を譲ったもののまだまだ戦えるナバリ等がいつの間にか到着していた。

 増援を取りまとめているのは複数の男。どれも元八人衆やら若大将やらといった豪勇だ。つい今しがた叫んだ男についても、クチナはよく知っていた。


「ウワバミ様だ」


 オニの声が上がる。


「援軍がこちらに来た。さあ、クチナ様」


 クチナを睨み付けながら、彼女は言う。


「此処にいる者たち、此処にいない者たち、すべての未来があなたにかかっているのですよ。降参なさい」


 ネネが震えているのを感じながら、クチナはその手を握りしめた。

 一番目はまだ帰ってこない。母を連れていたという彼が、ここに戻ってくることはあるのか。それだけではない。どれだけの仲間がクチナの為に動いているのはしっかりと把握できてはいないのだ。偵察を数名使っていたこともクチナは覚えている。年端もいかぬ子供らだ。その全員が、敵の手に落ちていないのか、クチナには確かめるすべは何処にもない。

 オニたちの言葉は単なる脅しではないだろう。クチナが反抗を続ける限り、誰かが見せしめとなる可能性だってある。それは分かっているのだ。


 ――それでも。


 ネネの手の温もりをクチナは感じていた。負けるということは、この子を殺さなくてはならないということ。未来を共にするためには、諦めるわけにはいかない。


「降参なんて、するものか!」


 蛇斬で脅しながら、オニを蹴散らし道を作る。

 クチナの選択はひとつしかなかった。とにかくここを逃れて船着き場に。

 援軍の一人であるウワバミは一番目たちでさえも避けようとしたナバリ。直接会う前に逃れるべき相手であろう。だが――。


「ミズチ、そこにいたか!」


 響き渡るウワバミの声にクチナは気を取られた。


 ――姉さん……。


 その一瞬で、オニに攻め込まれた。

 返り討ちにしてまずは一人戦闘不能に陥らせるつも、クチナは背後の何処かにいるはずのミズチを無意識に探した。


「可愛い孫をあのように痛めつけたのはお前か?」


 ――いた。


 筆頭代理を相手に戦うミズチへウワバミが迫っていくのが見えた。その手にはミズチの持つものと同じ黒霧。筆頭代理の持つ名刀とは比べ物にならないものがミズチを斬ろうとしている。ミズチは焦りつつも、筆頭代理達から距離を置き、ウワバミも相手にしようと振り向いた。

 慌ててクチナは叫んだ。


「わたしだ!」


 ネネをしっかりと抱きよせて、クチナはウワバミを睨みつけた。


「マムシをやったのはわたしだ!」


 ミズチがはっとクチナを見た。焦りを浮かべつつ、ウワバミに向かって何かを告げている。挑発しているようだ。だが、ウワバミは眉をあげてクチナを振り返ると、よく通る声でこう言った。


「これはちょうどいい」

「待てっ! ウワバミ!」


 追おうとするミズチを筆頭代理達が阻む。ウワバミはすでに走り出していた。クチナはネネを抱え、オニたちの刃を掻い潜って先へと逃れた。相手は元三番目。それもまだまだ戦えるような男だ。


「しっかり掴まっていて、ネネ!」


 蛇斬でオニ達を蹴散らし、クチナはただひたすら船着き場を目指した。

 ミズチも七番目を始めとしたクチナの仲間達は、皆、何処彼処で目の前の相手に精一杯だった。負傷する者は増え、血の臭いがきつくなっていく。劣勢であることは認めざるを得なかった。そんな状況下に追い打ちをかけるように、ウワバミはたった一人、初老とは思えぬ速さで迫ってきていた。

 注意を引いたことは覚悟の上だ。ネネを守りながら逃げるために、そして姉が切られぬように、覚悟したうえで行った。

 それでも、殺気が間近に迫って来るのは、クチナに恐怖を植え付けるものでもあった。


「御遊びはこれまでに致しましょうか、クチナ様!」


 ウワバミの怒声が背後で聞こえる。

 黒霧の気配を瞬時に察知し、クチナはネネを抱えたまま前へと飛んだ。振り返ればすぐそこにウワバミはいる。逃げ道はあっという間にオニたちに塞がれ、取り囲まれてしまう。どこかでクチナの名を呼ぶミズチの声がした。だが、クチナもネネも周囲の者たちを見つめることで精一杯だった。

 オニたちの見つめる中、ウワバミは言った。


「俺一人でいい。貴様らはそこで見ておれ!」


 威勢よく吠えるウワバミを見て、クチナはネネをそっと地面に下ろした。


「ネネ、離れて。捕まらないように」

「クチナ……」

「わたしに任せて!」


 蛇斬に思いを託し、クチナは真っ先にウワバミへと襲いかかった。

 焦る事はない。彼の孫であるマムシは他ならぬ自分が斬ってしまったのだ。それに、姉の助太刀もあったが二番目や六番目だって倒せた。まぐれだと言われたとしても、確実に力はついているはず。今度だって勝てると信じるしかない。


「ウワバミ、覚悟!」


 飛び掛かるクチナを前に、ウワバミは目を赤く染めることもなく黒霧を構えた。

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