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21日目‐1

 大蛇様の部屋で寝泊まりするようになって三日。


 雌鶏様が里へと帰ってしまうと、ネネは時折、御社の中を歩くことを許された。気ままな散歩を装って、さり気なく構造を頭に入れる。しかし、そんなネネの思惑など見抜かれているのか、ネネが歩く傍では常に鬼灯の誰かが見張っていた。

 きっと怪しげにうろついたり、クチナを探すような素振りを見せたりすればすぐにでも大蛇様の部屋に戻されるのだろう。ネネはそう考え、御社の中を見るだけに留めてきた。だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。


 ――今日こそはクチナを探したい……。


 そんな思いと共に、ネネは今日も御社の中を散歩していたのだった。

 見張りは厳しい。オニが見張っていたり、そうでない下男や下女が見張っていたり、もしくはナバリと呼ばれる鬼灯の男や女がネネを見つめ、時には後をつけるので、その視線につい負けて大人しく部屋へと戻ってしまう。


 今日も同じ。

 年若い鬼灯の青年二人がじっと見つめている。


 帯刀しているので下男ではないのだろう。ネネは鬼灯の者たちの身分も少しずつ覚えていた。オニは高位にあり、筆頭はその上だが、更にその上に八人衆と呼ばれる男たちや長老と呼ばれる老いた鬼灯が複数いるらしい。後はオニまたは筆頭と同等とされるナバリという者たちと、残るはオニよりも格下の存在。下男下女といった大人達。そして更にその下に、オニになるまえの見習い子と、若人わこうどと呼ばれる少年や青年たちがいて、オニの見習いと同じく頻繁に稽古を積んでいる。


 ――彼らもきっと若人ね。


 ネネが気付かないとでも思っているのだろうか。オニやナバリに比べれば、やや大雑把で繊細さに欠ける。それでも、ネネを取り押さえるとなれば、オニ達よりも厄介な力を発揮するのだろう。そう思うと下手に動けなくもなってしまう。


 ――いっそオニだったらいいのに。


 この三日。ネネは既に数名の鬼灯と会話を試みていた。鬼灯の中にはネネを恐れてそそくさと離れていってしまう者もいたが、そうではなくきちんと話をしてくれる者もいた。オニたちや、見習い子といった女や少女たちは特に話しかけやすく、大蛇様には直接聞けないような事も教えてくれたりもした。

 それでも、勿論、クチナの居所は誰も教えてくれない。彼女たちが教えてくれるのはせいぜい、クチナがどうしているのか、起きているのか、寝ているのかという噂だけだった。


 ――クチナ。


 その名を心の中で呟き、ネネは溜め息を吐いた。

 彼女の手の感触を味わわぬまま、どれだけの時間が流れてしまっただろう。傷はもう癒えたのかどうかまでは分からない。ただ、オニや見習い子たちの噂に寄れば、もう目が覚めているのだとか。念のため、大蛇様に確認してみれば、渋りつつもそうだと教えてくれた。ならば会わせて欲しいというネネの訴えは、退けられた。曰く、クチナはまだ穢れを祓っていない状態なのだとか。


 ――まだ間に合う。


 ネネはそう思っていた。

 大蛇様の言う穢れとは、大蛇様に従わぬクチナの意志の事だろう。或いは、筆頭によってもたらされた毒への苦しみか。どちらにせよ、ネネにとって会ってはいけないような理由はない。あるとすればそれは、大蛇様が困るからという理由の範疇に留まっているようなこと。


 ――どうにかして会わなければ。


 けれど、それには見張りにつく若人をどうにかしなくてはならない。

 振り返れば、青年二人は追いかけていた事を誤魔化すように余所を見る。二人ともまだ若く、少年と言ってもいいほどだ。稽古を積んで目指す先は、ナバリかはたまた筆頭より偉い八人衆とかいう男の地位なのだろうか。

 なんにせよ、ネネにとって邪魔なのは確かだった。


「あの……」


 ついにネネは彼らに話しかけたのだった。


「あまりついて来て欲しくないのだけれど」


 強気の態度でそう言えば、青年二人は顔を見合わせてから、不満そうに腕を組んだ。


「あなたがどう願おうと、大蛇様の言いつけですので」

「大怪我でもされたら大変だ。クチナ様があなたを召し上がるまで、大事に御守りしなくてはならぬのです」

「別に危ない事はしません。それに、逃げたりもしない。だから、ちょっとの間でいいの。わたしを一人にしてくれませんか?」


 強気でいながらもやや下手に青年達を窺って見るも、二人の反応は優れない。


「我らは若人。今はまだ下男下女よりも格下の存在。上からの命令を背くようなことは残念ながら出来ません」

「ネネ様の御気に障ることはいたしません。どうぞご自由に散歩なさってください」


 硬い表情で彼らはそう言った。

 ネネは内心困り果てながらも、淡々と返答をして背を向けた。


 ――困ったわ。彼らが見ていてはクチナを探せない……。


 もどかしさを覚えつつも、言われた通り自由に御社をふらついた。そしてふらつきながら、背後よりひしひしと伝わる若人とやらの視線を感じている内に、ふとネネは思ったのだ。むしろ、彼らの反応でクチナを探す事は出来ないかと。


 ――そうだ。探られたら困るような場所を見つけられないかしら。


 若人を引き連れて、ネネは御社のあちらこちらを探索した。此処へ来て三日ほどしか経たないネネにとっては何処彼処も初めて見るような場所でしかない。それでも、さまよっている内に、見覚えのある場所は増えて行き、まだ行っていない場所は減っていくばかりだった。

 そうしてネネが虱潰しにまだ見ぬ場所を求めて進んでいくうちに、ふと奇妙な趣の扉を見つけたのだった。御社の東側。北へと続いた廊下の突き当たり。その右端にさり気なく存在している扉を見るなり、ネネはふと感じたのだ。


 ――この香りは……。


 金木犀の香り。クチナからいつも漂っていたそれは、クチナ自身の香りではなく、常に身に付けていた妖刀蛇斬の香りだった。


 ――じゃあ、ここに蛇斬が……?


 微かな風が香りを運んでくる。きっと中はそれなりに広く、何処かへと繋がっているのだろう。そう思って、開けてみようと手をかけるも、扉は固く閉ざされていた。

 ネネはふと振り返り、ついてきていた若人にそっと訊ねた。


「此処の中はどうなっているのですか?」


 控え目に訊ねてみれば、若人二人はまたしても顔を見合わせてから答えた。


「それは上の者に聞かねば分かりません」

「開ける権限を持つのは我らより上位の者達。どうぞに他の者に御聞きください」

「……そうですか。分かりました」


 ――東側の廊下の突き当たり。右端。


 大人しく引き下がりつつ、ネネはこの場所をしっかりと頭に入れた。

 開けられる瞬間があるかもしれない。そうなれば、この香りの原因を辿れるかもしれない。その先にはもしかしたら。

 期待に胸を膨らませていたちょうどその時、ふと別の方向から聞こえてきた話し声にネネは緊張した。目を向けてみれば、御社の西側へと続く廊下の途中で、鬼灯の青年二人がなにやら話をしていた。


 ネネに気付いてはいない。その只ならぬ様子が気になって、じっと見守っていると、ネネを見張っていた若人の青年二人が、眉をひそめて共に見つめだした。


「マムシか? あいつ、八番目様に向かって何をしているんだ……」

「まさか、果し状? よりによって、あの御方に?」


 ぎらぎらとした鋭いまなざしの鬼灯の青年が、もう一人の青年に向かって、真っ赤な布を渡していた。渡した男がマムシだとすれば、受け取った青年こそ八番目様であろう。困惑気味に赤い布を持ち、立ち去るマムシを見送っているその顔が、何処となくクチナに似ている気がして、ネネは彼のことがとても気になった。


「こんな時に決闘とは……しかも、あの御方相手にとは、奴は何を考えているのだ」

「むしろ、こんな時だからこそ、あの御方なのでは。大蛇様もするなとは言っていないことであるし……」

「けれど……」


 若人二人は非常に困惑した様子でその光景を見つめていた。

 ネネはそっと彼らを見上げた。


「決闘って?」


 訊ねてみるも、若人二人は答えにくそうに表情を歪め、やがてはネネに視線を合わせて言ったのだった。


「ネネ様が不安に感じるものではありませんよ」

「これは鬼灯の――それも男だけの話。ネネ様のお耳に入れるほどのことではありません」


 その態度が何となくあしらわれているような気がして、ネネは少し不満を覚えた。それでも、何を言ったとしても教えてくれるわけではないのだろうと表情だけでも伝わったので、仕方なくそれ以上は問わずに、ネネは八番目様と呼ばれた青年を再び見つめた。

 ネネ達の存在に気付いているのかいないのか、彼はただじっと手に持たされた赤い布ばかりを見つめ、憂いを帯びた表情を浮かべていた。


 ――赤は約束の色。


 何故だか、その言葉が頭に浮かんだ。


 ――そして、血の色でもある。


 神聖な色であるはずの赤なのに、不気味で不吉な光景だった。

 ネネはその不吉が怖かった。当事者である八番目様と呼ばれる青年が何処となくクチナに似ていることが恐ろしくて堪らなかった。

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