小さなエルフと魔導陣師への誘い 7
白く窓の無い空間に書架がギッシリと、使いやすさを微塵も感じさせないほど敷き詰められている。
棚には、ファイルにまとめられた書類が所蔵されている。
しかし、ファイリングされてない剥き出しの書類も多く、杜撰な管理体制を感じさせる。
「う〜ん。そうね.....」
サラは不服そうに適当に手に取った書類に目を通した後無造作に棚に戻した。
「どうだったの? 何かすごい発見はあった?」
どう見ても不満そうな顔をしていたが、話の導入として無難な言葉を選ぶ。
「確かに、未発表な文献なんだけど....どうでもいい様なものしかないのよね。『ネジと意思疎通する兎の生態予想論』、『腐敗した乳房とスライムの類似性について』、『機蜥蜴族の尻尾の再生機能を利用した無限食料生産体制理論』...」
サラは冷めた目でツラツラと題目を並べていく。そもそもサラが何を求めていたかはわからないが、目的のものは見つからないようだ。
比呂彦は、自暴自棄になってサラが唱えている題目に多少の面白みを感じ、何か面白いものはないかと近くの書類を手に取ってみた。
「あは! これ見てよ『ガマ蛙をウィッチの顔面にぶつけた時のウィッチの行動原理』だってさ!」
「クククまるでゴミ溜めね。何でこんなもの保管してるのかしら。これも趣の一つなのかしらね」
更に何かないかと無造作に手に取った論文の題目を見て、僕の興味が高まった。
「『人間種の魔法利用の可能性』! 何これ! 僕でも魔法が使えるの!?」
サラも興味を持ったらしく比呂彦の手から強引に論文を奪い取った。
「ふ〜ん。確かに...。でも...現実的ではないわね」
サラは論文に一通り目を通し自己完結した様子で僕の胸に論文を突き返した。
「え!? どうことなの? 説明してよ! こんな小難しい文章読めないよ」
サラの耳がピクリと反応した後ニヤァと薄気味悪い笑みを浮かべ、瞬間的に僕は悪い予感が頭をよぎった。
「や、やっぱいいよ! 人間種が魔法なんて使えるわけないもんね。あはははは」
突如サラの顔から感情が一切消え、透き通った群青色の瞳から伝わる自信が威圧感に変わった。
◯
「そうね。種族として認められていない下等な人間種ごときが私達と同じように魔法を扱えるはずがないわ。叶わない希望を与えるくらいならそのゴミのような書き損じを抹消してあげるから早く貸しなさい。」
いきなりの変貌に戸惑いながらも、聞き捨てならないサラ差別混じりの言葉に少し言葉を荒立てる。
「なに!? そんな言い方しなくてもいいだろ!」
「あら。私はただ事実を述べているだけよ。何度でも言うわ。下等な人間種ごときに魔法を扱う権利はないとね」
自身や家族、友達や町の皆を侮辱された事で頭に血が上り、気が付いたらサラに殴りかかっていた。
「ふざけるなぁ!!」
しかし、サラは無駄なく動きを見切り、受け流された比呂彦は容赦なく床に叩きつけられた。
比呂彦は受け身を取ることも出来ず体を全面的に強打する。
悔しさで今日2度目の涙を流していた。
痛みを我慢してうつ伏せのまま言葉を振り絞る。
「お前達と僕達の違いなんて魔法が使えるかどうかだけじゃないか! 種族に上とか下とかお前達が勝手に決めるな!」
サラは表情筋一つ動かす事なく僕を見下しさらに冷たく言い放った。
「ンフフ本当にそんな事思っているの? 人間だって古来は階級を作って格付けしていたのよ? 自分達が被害を被った時だけ否定するなんて...冗談はこの書き損じだけにして欲しいわ」
比呂彦はゆっくりと立ち上がる。
サラを執念深い目つきで睨んだ。
「でも、その差別を無くそうとする人間も同じようにいるんだ! お前達は人間を大量に殺して強制的に決めつけているだけだろ! いきなり現れたくせに! 魔法が使えないかったら絶対人間が勝てないくせに!」
「クククそうね、数だけは多かったものね。でも私達が殺したんじゃないのよ? 隕石によって大量に死んじゃったのよ? その隕石から私達が生まれたからって、人間の大量死を私達のせいにしないでちょうだい」
でも、
と言い返す。
「その後、エルフが人間を更に殺したじゃないか! 魔法を持ってるからって魔法を使えない人に何をしても良いって言うの! 魔法が無ければ勝てないくせに!」
「あなた、正しい歴史をちゃんと学びなさい。あれは、人間が発端で起こったのよ。それに、さっきから魔法がなかったら人間が勝っていたって?ンフフ正気かしら」
ああ、確信している
比呂彦は、サラから目を離さない。
「僕達人間はエルフのような怠惰じゃなく、ドワーフのような神経質じゃなく、小人族のような臆病じゃなく、精霊のような気まぐれでなく、機獣のような傲慢さはなく、獣人のような欲望的ではなく、ウィッチのような利己的でも無い! 人間種こそ最も優れ...た......?」
比呂彦は、感覚的にだがこれ以上言葉を発してはいけない気がした。
言葉を発すれば自分の大事な何かが失われると思ったからだ。
「ンフフ偉いわ。よく気づけたわね。そのまま言葉を続けていたら人間種は強欲のレッテルを貼られていた所よ。それとも虚栄かしら」
サラは顔を緩め、笑みを浮かべて諭すようにこう言った。
「これに懲りたら冗談でも自分の種族を蔑むような事は言わ無い事ね。私は何も悪く無いわよ。あなたの意見に同調しただけだもの。ンフフ」
そして、師匠として課題を与えるわ
サラは比呂彦が持つ論文を指で指して言い放った。
「この論文を利用して魔法を習得しなさい。以上よ」
◯
サラは部屋の隅っこにしゃがみ込んで何か作業をしていた。
「何してるの? もうそろそろ戻ら無いと帰れなくなるよ」
作業に集中していて比呂彦の声が聞こえないらしい。仕方なくサラから出された初めての課題となる論文に目を通していた。
論文は表紙に始まり全体をまとめる概要、目次そして本題へと繋がる。
「概要....『...よって人間種の魔法利用は実現可能である。』か。よくわかんないや」
「何事も努力とやる気よ。わからない事は私に聞いてちょうだい。大体の事には答えてあげられるわ」
いつものように不意に声をかけてくるサラにビクリとしながら、先ほど流された質問をもう一度サラにぶつけた。
「私には何の役にも立ちそうに無いけれど、あなたにはここの論文が役に立ちそうだったから、次回から簡単にここに入れるように生体用転送魔法陣を書いておいたの。これでいつでもここに侵入できるわよ」
何気にヤバい事をサラッと言った気がしたがもう気にしない事にした。
「さて帰りましょうか。早くこんな所おさらばしたいわ」
サラはブツクサと文句を垂れ流しながら、絨毯の模様に紛れた生体用転送魔法陣に魔力を注入し、比呂彦達は元来た通路に転送された。
◯
秘密の書庫から戻ってきた比呂彦達に待っていたのは図書員による訓告、そして比呂彦だけが長時間母に怒られる羽目になった。転送された後、サラは探索結果に納得がいかなかったようで魔導検索機器を使って色々調べている所を図書員に見つかったのだ。
「サラどこ行っちゃったんだろ。どこにも居ないや」
比呂彦が母に叱られている間、いつの間にかサラの姿は見えなくなっていた。
図書館中を探し回ったが母が本を読んでいるのが目に入り、そろそろ帰る時間が近づいてきた事を悟った。
「もう帰っちゃったのかなぁ。帰る時も突然なんだなぁ。ほんと自分勝手だよ」
疲れ果てて何もする気が起きなかったため、近くの椅子に腰をかけ、エルフの少女との小さな冒険譚を思い出しながら、いつの間にか深い眠りに落ちていた。