小さなエルフと魔導陣師への誘い 6
「クソガキ! もう逃がさんぞ!」
比呂彦は例の扉を背にして、ブチ切れて片斧を装備したドワーフを目前にしていた。
後は避けるだけ。後は避けるだけ!
って斧持っとるやないかーい! 死ぬやないかーい!
周りを見渡すがサラの姿は見当たらない、が、まだ図書員が駆けつけていない所を見るとうまくやっているのだろう。だが、図書員がいないという状況は、最悪の結果を想起させるには十分だった。
死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! 絶対殺される!
ドワーフが比呂彦の挙動を少しも見逃すまいと、ジリジリと距離を縮めながらものすごい眼力で睨み付けてくる。比呂彦はこのような状況に陥れたサラを恨みつつ、サラが現れる事に望みをかけるという異なる二つの感情がいり混じった心境にあった。
「警告します。あなたの行為は図書法第6章20条に該当します。直ちに武装解除しなさい。警告します。ーーーーー」
やっとの事で図書員が警告を繰り返しながら駆けつけてきたが、それがドワーフを後押しする要因となった。
もう後戻りできないと思ったドワーフは自暴自棄になり、とうとう斧を振り上げ
そして
感情のままに振り下ろした。
ズシャャァァアアア
扉は砕け散り、少年の叫び声と共に再び警報音が館内中に鳴り響いた。
◯
「ヌグウゥゥゥ!!」
ドワーフは複数の図書員によって取り押さえられていた。ドワーフの男は専用の拘束具で拘束されており、うめき声をあげるだけで精一杯だ。扉は斧に破壊されたとは到底思えないほどに木っ端微塵にされていた。多少時間が経っているにもかかわらず、床にはその残骸が散らばり空中には微かに粉塵が舞っている。周りの野次馬も少しずつ少なくなり平穏を取り戻しつつある。
◯
「早く起きなさい!」
左頬に強い衝撃を受けた比呂彦は、ドワーフの男に襲われていた事を思い出し咄嗟に起き上がった。
「キャッ! ちょっと! いきなり起きないでよ」
「へ? え? ......生きてる。」
顔を両手でペシペシ叩いて肉体が存在する事を確かめる。
「当たり前でしょ。弟子を死なせる師匠なんていないわ」
「でもどうして....」
「今はそんな事話している場合じゃないわ。あなたがいい働きをしてくれたおかげで私もド派手に行動する事が出来た、それだけよ。ンフフ早く着いてきなさい。こんな好機もう一生無いわよ」
何が起こったのか全く理解できないが、どうやらサラが助けてくれたらしく体のどこにも傷は見当たらない。しかし、胃の部分に少し気持ち悪さと頭にクラクラとした感覚が残る。
比呂彦は、その嫌な感覚を気合いで払拭しサラの後を追いかけた。
◯
扉の奥は非常事態だからなのかはわからないがとても薄暗く、文様が描かれた絨毯が敷かれた通路が前にまっすぐ延びており、両隣に大量の本がガラスの向こうに管理されている。高さは今いる通路と同じだが、底は全く見えないほどで恐怖すら感じる。一定間隔にライブラリ機器が配置されており、そこから必要な本を選び、選ばれた本は魔法陣を通して転送されるシステムだ。
「すごい! これだけの本が隠されてたの! これみんな未公開の秘術?」
比呂彦はガラスに顔ごと張り付き非公開であろう書物の多さに興奮していた。
「そんなわけないでしょ。扉一枚でそんな重要な物を管理してるわけないじゃない。これは単に表には物理的に置けない本よ。あの程度の規模で全ての本を置けるわけがないわ。一定期間で本を入れ替えてるのよ」
サラはこの結果が不服らしく更に歩みを早め、さらなる情報を求めた。
「おかしいわ。通路がここで行きど..ま....ん? ンフフ見つけたわ!」
「見つけたわよ! 生体用転送魔法陣。ここから秘密の部屋へと繋がるのね」
サラは下を見つめて勝ち誇っている。
「何か見つけたのサラ? 行き止まりだけど」
「下を見てみなさい。絨毯の文様に混じって魔法陣が描かれているわ。んふふ♪微かに魔力の因子が残っていなければ私も見つけられなかったわ」
魔力の因子とは魔法を使用したときに魔法になりきれず飽和した魔力のことである。基本、時間の経過とともに霧散して無くなる。基本的に目に見えないが、濃度が高い場合は見える事もある。また、濃度が高く無くても見えたり、匂いで感じる事かできる種族もいる。リサは前者に当てはまる。また、魔導人形や専用の魔導機器で魔力の因子を計測する事もできる。
「僕、これが魔法陣だって言われてもまだピンとこないよ」
「それもそうね。魔法陣というと円を基本とした幾何学がポピュラーだけど、初期の頃はこの様な無秩序とも言える絶妙な配置で色々試行錯誤してたみたいよ。さすが歴史ある図書館ね、趣があるわ」
サラは勝負に勝った相手に賞賛を送る様な言い方で図書館を褒める。
サラはおもむろに魔法陣が描かれている所に手を当て、魔力を注入していくと魔法陣の文様が光り浮かび上がった。
「ほら行くわよ。こっからが本番なんだから。ンフフ」
サラはそう言うと左手を差し伸べ、いつもの様に不敵な笑みを浮かべる。
その冷んやりとした手は、比呂彦を波乱の運命へと誘った。




