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持たざる万能魔導陣師  作者: 水戸 松平
28/32

拳道部合宿 八陣家の断罪者 1

 澄んだ朝の空気で満たされた森。

 ジージーとセミの鳴き声が鳴り響く中、比呂彦は汗だくになりながら氷水を汲んだバケツを両手に山を登っていた。


「ぐ....あぁ.....があぁ!」


 限界を迎え、バケツを荒々しく地面に下ろす。

 腕の筋肉が悲鳴をあげ、無意識に声が上がる。

 背中に黒地に白字で”磨穿鉄硯(ませんてっけん)”と書かれたTシャツが、汗で濡れて身体の動きを邪魔をする。

 頂上まではまだ終わりが見えない。

 

「流石に.....もう無理.....だよ」


「がんばろう。比呂彦くん。あともうひと頑張りだよ」


 筋肉が程よくついた黒髪の少年が比呂彦に優しく声をかける。しかし、その声にも多少の疲れが見えた。

 

「うう...地獄だよ...」


 と言いながらも、バケツに手をかけて握りやすい位置を模索する。


「あはは。まだまだこんなもんじゃないよ。今日だけでもこの5倍は運ばないといけないからね。」


 ”堅忍不抜(けんにんふばつ)”と書かれた背中を見せながら、階段に足をかける。


「さあ、早く行こう。じゃないと皆に追いつかれるよ」


 優しさを見せながらも容赦なく先を急かしてくる。 

 比呂彦は、魔法陣を展開しようかと思案したが、もう長い事リンク状態が切れている事に気づき断念した。

 これが終わってもサラの罰ゲーム決定じゃん

 落ち込んだ気分に無理やり喝を入れ、階段を一歩一歩踏み進めた。


  ◯


 比呂彦は現在、合宿に来ていた。

 姉の美里が所属している部活動[拳道部]の合宿である。

 

 経緯としては、先の騒動において美里のおかげで無駄な犠牲者を出さずに済んだ事に対しての感謝の言葉を述べた後、ついうっかり「何でも、言う事聞くよ」と言ってしまったのが発端である。


「何でも........何でもか.......」


 美里が深く考えて込んでいる姿を見て、己の軽率さを恨んでいた。

 

「い、いやぁ何でもって言っても限度はあるからね!女装させて僕の知らない所で放置するのはダメだよ!あの後、声だしたら男だってバレるから声の出せない少女っていう設定で適当な手話で大変だったんだよ」


 危険を予知して先手を打った。


「ああ、そうな事もあったな。だが、比呂が隠れてやってた印を結ぶ練習が役に立って良かったじゃないか」


「え!そ、そんな事してないよう!」


 姉に秘密に忍者ごっこしていた事がばれていた。

 美里がその禍々とした目を比呂彦に向ける。


「そうなのか?だがもう皆知っているぞ。あと、比呂が隠れて書いてる漫画も...」


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!分かった!分かったから!早く決めてよもう!って痛い!」


 美里の口を抑えようとしたが、軽く払われる。

 比呂彦の手を捻り上げながらもう一度考える。そして


「そうだな、丁度いい。比呂、拳道部のマネージャーになれ。最近人手不足なんだ。お前なら気兼ねなく命令できるからな。そうと決まればすぐに用意しろ。今すぐ行くぞ」


 美里は比呂彦の手を離して催促する。


「うぅ...。いや、今直ぐは謹慎中だし。呪いもあるから無理だよ」


 美里は即座に舌打ちし、「使えないな」とボソリと呟く。


「なら、来週から合宿が始まるからそれに来い。その時は、呪いだろうがなんだろうが無理やり連れて行くからな」


「わ....わかったよ」


 こうして、比呂彦の合宿行きが決まった。


  ◯

 

「すごーい!」

「スゲーな。お城じゃねえか!」

「やる気出てきた!」

「おい!あっちに海が見えるぞ!」

「マジで!どこだよ!?」


 まだ日が出て僅かの朝に、比呂彦含める拳道部の部員が山を少し登ったとこにある合宿の拠点となる宿舎に到着し、その豪勢さに盛大に喜んでいた。

 合宿は、ザヴァノールゥの北部の内海に浮かぶ孤島で行われている年間行事である。宿舎は時折あるエルフ族の気まぐれによって建てられたもので、ザヴァノールゥ内で古代語によって建てられた数少ない建築物の一つである。

 

 森の中にある直径500m程ある湖を囲むようにしてそびえ立つ岩肌の宿舎は、古城のような雰囲気を醸し出し、今にも中から執事がお迎えに階段を降りて現れて来そうだ。宿舎は3つの塔が合わさった形をしており全て石材で建てられている。それぞれに異なる宝石が散りばめられており、それが重苦しさを無くしている。

 

 塔は一つ一つ形が変わっている。向かって右の塔は湖を囲むように少し広がった形をしており、3つの中では一番低く、右端に左巻きで螺旋を描きながら天を貫くように空を向くように塔がそびえ立っている。宝石はアクアマリンが使われている。左の塔は右側と同じだが、塔が少し高く右回りの螺旋になっている。宝石はエメラルドが使われている。真ん中の塔は宙に浮いた状態でピロティになっている。最も高く、左右の塔が混じり合ったような円筒状になっていおり、てっぺんは平らになっている。その底から導くように2重螺旋階段と同時に内壁面の宝石に乱反射した光が地面に降りてきている。宝石は外壁にはダイヤが使われ、内壁には左右の塔の宝石が入り混じって使われている。

 

「本当にでけーな!どうやって作ったんだよ!」


 初めて合宿に参加したのであろう男の子が感嘆の言葉をあげる。


「この島の大地を利用して古代語を使って歌いながら建造したと聞いている。その時出来た穴がこの湖になったそうだ」


「そ.....そうなんですか。ありがとうございます!!」


 思いがけない美里からの返答に緊張し戸惑いながら大きな声で礼を述べた。

 美里は拳道部の副部長で、部員の皆に慕われていた。家との態度とは違い、しっかりと部員たちを宿舎まで導いていた。

 

「皆静かに!今から説明を始める!」


 拳道部の皆がピロティーに着いた所で、美里がサラと手を繋いで部員の前に立ち、鋭い声を発して場を一気に制した。


「ここが合宿の拠点となる宿舎『混光館(ミライト)』だ!ここで一週間お世話になる!全員、粗相のない責任ある行動を心がけるように!」


 美里は部員全員を見渡しながら合宿における注意事項を述べる。

 部員の皆は美里に注目し、何の疑問も抱かず一言も聞き逃さないように必死に耳を傾けている。

 一通り美里の説明が終わった所で、隣にいる長身で細身の青年が言葉をつなげる。


「じゃあ、一度各自割り当てられた部屋に荷物を置いて着替えて、30分後にもう一度ここに集合。女子が左で男子が右だ。女子から先に、では解散」


 穏やかな声で発せられた号令で、モヤっとした感じで部員全員が解散した。


「おい、お前はこっちだ。着いてこい」


 比呂彦が男性部員の中で留まっていると、美里に呼ばれ腕を掴まれる。


「え?え!先は女の子からでしょ!?」


 掴まれた腕を解こうとするが、全く解ける気がしない。


「ああ、お前の参加は急遽決まったからな。部屋が足りないんだ、男子の比率が高いからな。だから、お前は女子寮で過ごしてもらう」


「ええ!無理だよ!その....いろいろあるでしょ!」


 腕を解くのを諦める。しかし、美里の言葉に対しては抵抗を続けた。


「皆も変だと思うし、僕も嫌だし。おかしいよ!」


「大丈夫だ。私は副部長でお前はその弟だ」


 そう言うと有無を言わさずに比呂彦を強く引っ張っていく。


「ええ!だから何!?わけわかんないよ!」


「私は気にしませんよ。こういうものは楽しんだもの勝ちですから。比呂彦君も行きましょう」


 家族の前では静かなサラが、鍔が大きく広がった麦わら帽子を後ろに少しずらして、今日初めて話したと思ったら美里を援護し始めた。


「サラもそう言っている。さあ行くぞ。すぐに準備してここにもう一度集合だからな」


 比呂彦は抵抗を諦めた。

 美里は、比呂彦の腕とサラの手を握って光が注ぐピロティーに降ろされた階段を上っていった。

 天井から吊るされたハープのような階段を登ると、床が天井より突き出た環状の空間が現れた。

 屋根はあるが内側の壁はない半内部空間になっており、ここにも内壁の反射した光が散乱している。

 二重階段の合流地点にカウンターが備えられ、そこに受付と(おぼ)しき幼い黒髪の少女が立っていた。

 部員がそれぞれ部屋の鍵を少女から受け取り、左の通路に消えていく。

 そして、比呂彦たちの順番になり、少女が元気な声で鍵を渡してくる。


「はい!こちらが部屋の鍵となります!って、ええ!!男の人はこっちじゃないですよ!」


 美里に助けを求めるために視線を送る。

 美里は仕方ないなという雰囲気を発しながら少女に対して説明した。


「ああ、こいつは男装が趣味のズカガールなんだ。陰茎も生えていない。確認してみるか?」


 美里が比呂彦のズボンに手をかけ下に降ろそうとする。


「いえいえいえいえいえ!!すみません!大丈夫です!はい!これ鍵です!」


 少女は、幼い手を大きく左右に振ってすぐさま拒否した後謝った。

 美里が若干残念そうにしながらズボンから手を離す。

 強制的に鍵を胸に押し付けられ、一週間男装女子として生きていくことを運命づけられた比呂彦は放心状態で左の通路に消えていった。


 通路は右に湾曲しており、右手側に等間隔でハイサイドライトが備え付けられ、左手側に等間隔に石造の遣戸が並んでいる。

 壁も床も天井も石造で、風通しも良くとてもひんやりとしていた。

 比呂彦は鍵に刻まれた数字と遣戸に書かれている数字を照合しながら通路を進んでいた。

 時折、遣戸の奥から女の子の声が聞こえてくる。


「208...208...2階なのかな...」


 予想通り、奥まで進んでいくと部屋番号が120で途切れ、右回りの螺旋階段が現れた。

 手摺に手をかけ階段を上ろうとした時、後ろから美里の声が聞こえてきた。

 

「まだこんな所にいたのか、早く行くぞ。お前も私と同じ2階か」


 美里は比呂彦を追い抜いて行き、その(うしろ)をサラが比呂彦にウインクをして着いて行く。

 比呂彦もその後について行く。

 階段を登り2階に着く。そこには1階と同じように左側に湾曲した通路が続いている。

 タンタンと音を立てながら廊下を進み、目的の208号室を見つける。


「ねえ。石のドアとかどうやって開けられるの?」


 と疑問を言葉にしながら取っ手に手をかける。

 すると、ドアが勝手にスライドしていき、音も立てずに全て開かれた。


「おお、凄い」


 感嘆の言葉が自然と漏れる。


「おい比呂。これを着て来い。ユニホームだ」


 比呂彦が部屋に入る寸前に美里がTシャツを投げてくる。

 比呂彦は顔面でそれを受け取る。

 そのTシャツには磨穿鉄硯(ませんてっけん)と書かれていた。


「ま......が?...てっけん?」


「ませんてっけんだ。お前にはもったいない言葉だが...まあ、頑張ることだな」


 そう言うと、美里はサラと一緒に隣の207号室に入っていった。


「あれって完全に公私混同だよね」


 比呂彦は時間を確認した後、多少の余裕があるだろうと予想し、ひとまず休憩を取る事にした。

 部屋は窓が全開で、時たま入ってくる風が心地よく比呂彦を癒してくれた。


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