男女間抗争と魔導の目覚め 9
「サラァ!!」
比呂彦は眼前で起こった出来事に対して叫ぶ事しかできなかった。比呂彦の顔に飛沫のように鮮血が降りかかる。足を負傷している比呂彦は立ち上がる事さえ困難だ。音速の壁を越えた時のような"バチン"とい音に襲われたサラは、吹き飛ぶ事すら出来ずにその大きな機械の拳を包み込むようにグッタリとしている。
機偶蹄牛の売人は、拳に乗っているサラをゴミを払うかの様に腕を振り払い、捨てた。
機偶蹄牛は、身に溢れる様な怒りを比呂彦に向け、その機械化された右腕を振りかぶり雄叫びを上げながら比呂彦目がけて振り下ろされた。
「放出!」
比呂彦は最後の切り札を放出した。突き出した右手の平から身体中のエネルギーが放出されていく感覚がある。轟音を発しながらも反動も制御も考えずにいられるのはサラの気遣いのおかげだろう。
放出が終わり機偶蹄牛の姿が見える。姿が見えるという事は未だに立ち構えているという事だ。そして、それは一時的に相手の動きを止める事が出来たというだけで、ほとんど無傷だった。
「グググウェァアアアア!!!」
機偶蹄牛は静止した状態からもう一度腕を振りかぶる事なく機腕を振り下ろしてきた。
比呂彦は、ただただ構える事も出来ず、見る事しかできなかった。
拳が振り下ろされる。
一陣の風が比呂彦を襲う
拳の衝撃による破砕音は無い。
比呂彦は見えていた。
機偶蹄牛の拳が無くなっている事を
ゆえに、拳が無くなった機腕の手首の部分が、ギリギリ比呂彦の手前で止まっている。
そして、その岩の様に大きな拳がダンクを決める様に、機偶蹄牛の脳天に炸裂した。
そう、サラによって。
◯
何の金属で出来ているのかもわからない機械の拳が、機偶蹄牛の頭にバキバキと音を立てながらめり込む。サラは追い打ちをかける様に地に足をつけた後、体全体に回転をかけ、その成熟したスラリと伸びた足に力を集約し、回し上段蹴りで機械の拳ごと破砕した。
機偶蹄牛は吹き飛ぶとまではいかなかったが、唸り声を上げながら地面に叩きつけられた。
サラは勢いをそのままに比呂彦の側まで飛び、担いですぐさま機偶蹄牛から逃げる。
「サラ!大丈夫なの!?」
「あなたが少し時間を稼いでくれたおかげで回復が間に合ったのよ。まだ全快ではないけど」
「一気に逃げるわよ。あいつ全くダメージ受けて無いわ。化け物よ」
サラは早口にそう言うとその後しゃべる事はなくなった。それほどに必死な状況なのである。
サラの言う通り後ろから雄叫びを上げながら機偶蹄牛が4足歩行で追ってくる。右の拳が無いのにもかかわらずすごい速さだ。比呂彦が後ろを見てみると、角が二つとも折れた顔が見える。
サラはものすごい速さで走っている。エルフの身体能力の高さを本で得た知識として知っていた比呂彦だが、実際に体感してみると圧巻だ。"タッタッタ"と最小限の音を鳴らしながら直径1mほどの木々が次から次へと流れていく。その速度もまだまだ加速してきており、比呂彦はしがみ付くだけで精一杯だった。
後ろから重機が稼働しているときの様な騒音が徐々に近づいてくる。機偶蹄牛が通った後の石畳は全て割れ、足跡が残るほどだ。
距離的にはギリギリ間に合いそうだ。比呂彦が見覚えのある樹を目にしてそう思った瞬間、後ろから物凄い駆動音が鳴り響き大地が響いた。
サラが比呂彦では聞き取れない言葉をつぶやきだした。
スピードはもう限界までいっているのか上がっている様子も無い。しかし、後ろでガラスが砕けるような音が聞こえてくる。それは、障壁が砕ける音だった。何度も何度も障壁が砕ける音が鳴り響き、何度も何度もサラは障壁を作り出す。後ろを振り向くことは出来ない。前を向くしかなかった。
もう少しで目的の転送魔法陣に辿り着こうとした時、目の前から道を塞ぐかのように樹がものすごい速さで成長していた。うなるような異常な成長は確実に魔法によるものだ。しかし、比呂彦にはどちらが魔法を使ったのかわからない。そして、突如サラの体が小さくなり速度も著しく減速していった。
比呂彦は、終わりだと思った。サラの魔力が切れて元の姿に戻り、機偶蹄牛の魔法によって道を塞がれてしまったのだと。比呂彦は思い切って後ろを振り返ってみた。サラの制止の声が聞こえたが抑えきれなかったのだ。そこにはすでに、もう手を伸ばせば届くような距離に機偶蹄牛が迫っていた。恐怖と驚きが一遍に比呂彦を襲い、腕を後ろに回して反射的に叫んでいた。
「放出!!」
手の平から力が放出されるような先ほどの感覚とは違い、体の力が抜けるような、逆に生命力が吸い取られていくような感覚に襲われる。止め方もわからない。比呂彦は体の中が全て抜き出されたような無気力感を感じた後、事切れた。
◯
比呂彦は目を覚ました。しかし、瞼を開く気力も出ない。指だけを動かそうとしても腕の感覚がない。それどころか体全体の感覚がなく、首から下が切り離されたかのようだ。
上の方から少しの喜びをまとった言葉が降りかかる。それがサラだという事に気がつくのに少しの時を要した。
「気が付いた?....よかった」
「何も出来ないようね....まったく。お説教をしなければいけないのだけれど...まあ、今は安静にしておきなさい」
「私は食料を獲ってくるわ。安心しなさい。障壁を張ってあるから」
そう言うと比呂彦は頭が下がるのを感じた。サラは膝枕してくれていたらしい。
体の感覚はなくても外気温を感じる事はできた。肌寒く、瞼越しにメラメラと光が揺らめいているのが感じ取れる。障壁では大気を防ぐ事は出来ないようで、冷たい風が肌をチクチクと撫でていく。
どうやら危機は脱したようだ。安心した比呂彦はもう一度眠りについた。




