#8 八神の正体
帰り着いた途端、あたしは、ゴロンと横になった。
「アイーシャ?飯、残ってるから食えよな!」
春樹が何事も無く話しかけて来た。
「……」
あたしは、喋る気さえなくなっていた。
「おい!飯食えって!」
亮が変に黙り込んでいるあたしに向かって言っている。
「あなた達と話したくない!」
カーッと熱いものが頭に上って来た。駄目だ押さえきれない!
「核戦争を起こしたのは!日本じゃない!何故そんなに平気で居られるの!変よ!」
取り乱していた。何をどうすればこの気持ちの高ぶりを抑えられるんだろう?
「アイーシャ?歴史の本借りて来たのかい?ちょっと見せてごらん?」
真がゆったりとあたしの横に来てゆっくり話しかけてきた。そのうち皆もあたしの周りに集まってきた。足音が聞こえる。
あたしは寝転がったまま、鞄から厚い本を出して無造作に手渡した。
「もう目は通してるのかい?」
目を通してるから、これだけの怒りがこみ上げてきているに決まってるだろう!あたしは真のゆったりした物腰にまた腹が立った。それを当り散らしたかったが、過ぎ去った過去を変えることなんて出来やしない。
「この本に書かれている事。半分は真実だよ。八神監督が言っていた。遥か遠い昔の真実。何故これだけがこの日本に残っているのか?それは八神監督が残した、たった一冊の著書だからだよ」
八神の残した?ちょっと待って!一気に疑問が膨れ上がった。
「八神は一体何者なの?その中に出てくる、八神宗次って八神の祖先なの?そうじゃないと、成り立たないじゃ無い!」
あたしは、腰から起き上がり、皆があたしの周りを囲んでいるのを見渡した。皆、顔が真剣だった。
「君が起こした罪は、僕たち日本人に比べれば、ほんの一粒の涙みたいな物だ」
健二は言った。そうだ。小さな事だ。何も、誰も、傷付けたわけじゃ無いのだから。
「僕達は、その大罪を認め、そして、革命を起こそうとしている反逆者なんだよ。そして、八神監督は、八神宗次の子孫じゃ無い。その当人。あの人は、この日本の総理大臣なんだから」
ちょっと待て?何を言っているんだ?当人?八神宗次自身だと言うのか?
「まだ知るべき時期じゃ無いってあの時言ったのは……こういう意味だったの?雫!」
雫は、苦笑いであたしを見ていた。あたしはまだ混乱している。何千年も前のお話。それが、何故今の今まで隠されていたのか?八神が生きている。そのオカルトみたいな話も理解らない。
「八神は……本当に人間なの?何でそんなに生きていられるの?」
話が、言っている事が自分でも分からない。纏まった言葉が出てこなかった。
「人間の域を超えてしまった人間。死を受け入れることが出来なかった人間……元々この日本は、核保持を許されなかった国だったらしい。だが、ある時、秘密のルートで核を持ってしまった。皆それを知らずに過ごした。平和だった。緑が溢れそして、その時は四季が有った……」
春樹がボソリと言った。
「でも、革命が起こった。核を保持していると言う情報が漏れたんだ。世界は批判した。勿論、国民も批判した。その革命の最中どさくさに紛れてスイッチが押された。押した人物は今となっては分からない。だけど、それは外国人だと言う噂が流れた」
亮が続きを話した。
「外国人?その根拠はどこに有ったのよ!」
噂なんか真実じゃ無いじゃない!
「核は、日本の東京(首都)に落ちたからさ。その事が世界を揺り動かした。次は何処に落とされるのか?近代設備が整った国々は、自らの国を危険にさらされたくなくて、日本を集中攻撃した。その火花は次第に各国に広がった。世界の一つのバランスが崩れた。次々と各国の主要都市を狙い始めた。そして、終局を迎えた。それが、原子暦の幕開けだった……」
薫が見てきたかのようにスラリと言ってのけた。
「全ては、日本が核を保持してしまったと言う事が原点だ。それは動かすことが出来ない真実……」
陸が言葉を切った。
「……あなた達は……この世界に本当に存在しているの?八神もだけど……まるで、その時を知っているかのように話すのね?信じられる物が今のあたしには無いわ……」
そう、夢物語みたいな話だ。人間の寿命は百年有れば良い。もし、本当に八神宗次が八神ならお化けか妖怪か、または神。あの写真で見た限りでは六十歳くらいに見えた。なのに、今は少年の姿……
確かに、あたしを助けるだけの力は持っているかも知れない。国一つ纏められる総理大臣だと言うならば、頷ける話だ。だけど、オカルトだ。
「放射能汚染の産物が、時間を狂わせてしまったんだよ。僕達は、今を生きているが、過去の遺産でもある。君との距離はかなり有るかも知れないね」
真があたしの疑問を解き明かした。今度はSF?混乱する頭は纏まらない。
「信じられるわけ無いじゃない?こんな話!まともな物が何もない!過去の遺産?でもここにちゃんと居るじゃ無い!」
あたしは、真の腕を取った。温かい。ちゃんと生きている。存在しているじゃ無い!雫にしたってそうだ。身長が伸びてるじゃ無い!
「僕達には、生まれた時の過去が無い。場所も分からない。両親を知らない。いつから生きているのか?このスモッグに覆いつくされる凍りつく世界で八神監督に拾われて、そして、やっと存在していると分かった」
真は昔を懐かしむように言った。
「俺達は、拾われる前の過去が無い。この日本が本当に存在しているのかさえ疑問だった。買い物に行くだろう?あそこに居る人々。疑問に思わなかったかい?何処から集まって来るのか?」
それは思った。何処に人が住んでいるのだろうかと。でも、あたし達だって、こうやってここに住んでるじゃない。だから、きっと町の人々も何処かに住んでいるんだと思っていた。だって、ちゃんと活気があった。生きてるから存在感だってある。不思議に思うけど、目に見える物を信じない人なんて居ないじゃないか!
「目に入る物が本当に存在すると思うのは、当たり前の事だと思う。でも、この世にはそれで解決しないことも有るものなんだぜ?」
友則が頭をコキコキ鳴らしながら言った。これはあたしの疑問に対する答え?そんな簡単に答えを見つける事が可能なわけ無いだろう?真実は、自らの中に有るとでも言うのか?
「……じゃあ、話を変えるわ。言ったわよね?あなた達のその大罪を認め、そして、革命を起こそうとしている反逆者としての納得行く説明が欲しい」
あたしは、もうここに居る皆を受け入れてしまっている。ここがあたしの居場所で、帰るべき場所。だから、これからのことに話を変えた。だって、過去に捕らわれている場合では無いからだ。だってあたしはちゃんと生きているんだもの!
「今のこの世界を動かす事!日本をバスケと言う物を借りて表に出す。それが、八神監督の意思であり、俺達の意志。ヒューマノイド制を打ち立てている人間らしさを欠いた者を、打ち砕く。心がない物を肯定している世界を、俺達が本来の姿に戻す!」
雫が熱く語った。この世界を、元に戻すんだと。皆も頷いていた。
「ちょっと待って!それならバスケじゃなくても良いじゃ無い?普通に話し合いをすれば良い事だと思うけど?」
そうよ。バスケと言うスポーツを用いて改革しようなんて馬鹿げてる。言葉で事足りることじゃ無いだろうか?八神は何を考えて皆を集めたのよ?
「八神監督だってそのくらい承知している。実行して来ただろう。だけどそれが適わないと知って、考えを変えた。スポーツは、実際争いごとの一つ。そして、バスケはアメリカで今一番注目を浴びている。勿論、他にも注目されている種目だって有る。が、人数的にこれが一番適当だった。判るかい?人の心を動かすのは、感動させることだと言う事を!」
あ、そうか。争いごとは今の法律下、人間にはご法度。そして、人の心を揺り動かすのは、感動を与えることにある。感情と言う物を持っている人間。あらゆる動物の中で、唯一複雑な心を持ち合わせている。それを利用しようとしているのか……
「皆の考えている事は判ったよ。そして、あたしはその一員。まだ頭は混乱してるけど、バスケが好きだと言う事は変わらない事実だもの。この話、受け入れたわ。後は、半年後の討ち入りだけだね?」
あたしは、しっかり皆の顔を見据えて言った。もし、皆がこの時代に生きていないとしても、存在してないとしても、あたしが認めた仲間だ。絶対に手を離すことなど出来ない、素晴らしい家族だ。それを手に入れる事が出来たのはあたしの些細な罪から生まれた。でも、今更その罪を悔いる事は出来ない。もう、前に進むしかないのだから。
「春樹?夕飯。食べるよ」
あたしは、急に空腹感を感じて、春樹にそのことを伝えた。春樹は笑って夕飯をよそってくれた。夕飯は、あたしが初めてここに来た時の献立。カレーだった。凄く美味しく感じられた。ああ、生きているんだなって実感。それだけでも、今のあたしには必要だった。
あたしはこの時を境に、洗濯物をする場合、下着をお風呂場に干すことを止めた。だって家族なんだもの?そんなの可笑しいよね?だから、皆と同じ場所に干すことにした。
冷たい風が吹く中、あたしの下着が皆の物と同じ所で靡いているのを見てクスリと笑った。ああ、ここに来れて良かったと心からそう思った。そして、この日からあたしは、八神の事を皆が言うように、「八神監督」と呼ぶようになった。