#7 秘密の図書館
洗濯物が外の冷たい空気の中揺れている。
あたしは流石に下着だけは皆と同じ所には干せずにいた。だって、あたしだけ女なんだもの……良いよな男は〜堂々と干せるんだから!だから下着はお風呂場に干すことにしている。あれをお風呂場と言うのは変だけれどもね?
共同生活で気を配らないといけないこと数点。家族じゃ無いから、少しは相手の事も考えないといけないし。疲れることがしばしば。楽しいけど疲れる。節度ある生活?ってやつなんだろうか?日本語も何となく判り始めていた。周りもそれを汲み取って、特別な時以外は英語は使わなくなってきた。そして、あたしも気軽く日本語で接することが出来るようになった。
あれからどのくらい経ったんだろう?半年位?毎日の練習と、生活。学校が無いだけ有難いけど、無いとまた緊張感の度合いが違う。自由時間が増えた。って言っても、ロサンゼルスでは、学校は昼迄。そして、午後からはヒューマノイド造り。それに明け暮れていた。
勿論、あたしの場合は、庭に在るバスケットゴールで試し練習をしながらだから余計に時間が掛かった。
そういう時間が有って、今の時間を過ごすとやはり自由が多いと言うんだろうか?
あたしは最近、日本語の書き取りの練習を始めた。読むだけではなく、書く。日記という物をつけ始めた。日本語の練習にもなるからだ。そして、ちょっと思い付いた事があった。それは、エッセイ小説を書くこと。いつか本を出せたら良いな?って思い始めていた。日本で本屋を見かけた事は無いが、本を作ることが可能なら、是非に!今ここに居るあたしの思っている事とか、周りの出来事とか。そう言うのを徒然に綴った物を読んで貰いたい。
時々、誰かしら本を片手にしてる所を見かける。一体何処で手に入れてるんだろう?何処かに本屋が在るんだろうか?何て思って、今本を読んでいる英治に問いかけた。
「本よく読んでるよね?一体どこで手に入れてるの?」
あたしは、ストレートに訊いた。すると、英治は珍しく無愛想に、
「悪いけど、教えられないね!」
と、だけ言って本に目を通し始めた。後、亮もよく本を読んでいるから、尋ねてみることにした。
「ねえ、亮?本って何処かで売られているの?」
あたしはごく自然に訊いた。だけど、
「悪いけど、ノー・コメント!」
何?その態度!掌をヒラヒラさせて向こうに行けと言っている。全くどいつもこいつも〜!
ぶつくさ言っていると、
「アイーシャ?ちょっと……」
真が声を掛けてきた。
「何?」
真はニコリともせず、ボソリと言った。
「あれはね、売られているんじゃないんだよ。図書館で借りて来ているのさ」
図書館?
「ずっと遠くにあるんだ。滅多に人は来ない様な所。本当は立ち入り禁止地域。だから、誰も教えてはくれないよ」
あたしは、気になった。立ち入り禁止?って本読むことがいけない事なの?
「図書館が立ち入り禁止なの?どうしてさ?」
食って掛かる勢いで訊いた。
「歴史に関係するからさ。これ以上は言えない。ごめんね?」
真はサラリと身をかわした。
歴史に関係すること?何かがそこに隠されている。その事が気になった。何となくだが、感じた。八神や、この日本の隠された真実。
それがそこに有る!調べたいけれど、あたしが調べて何になる?この日本を変えることが出来ると言うのであろうか?でも気になるんだから仕方ないじゃ無い!
頭が悶々としている所に雫が帰ってきた。
何処行ってたの?って問いかける間も無く、雫はドカッと腰を下ろした。そしてスポーツバッグから古い本を取り出していた。
「雫!ちょっと!」
あたしは、思わず雫の腕を引っ張って、外に出るように促した。
「何だよ〜疲れてるんだからここで良いだろう!」
雫が暴れてるのを良いことに、あたしは強引に連れ出した。
「図書館!何処に在るの!」
あたしの場合、こういうところは隠すことなく聞いてしまう。そういう性格だから、雫も慣れたのであろう?
「誰から聞いた?図書館の事?」
余り驚いた風でもなさそうだった。
「う……誰でも良いじゃん!」
「なら教えない〜」
意地が悪いな〜雫ってこう言う所、会った時から思ってたけどムカツク。
「ま、言わなくても判ってるけどね?真だろ?俺もあいつから聞いたから」
何だ、教えてもらったんじゃん!隠さなくても良いのに〜!
「行く気か?」
「行きたい!」
真っ直ぐ雫の瞳を見ていた。あ、目線の位置が変わった?雫の背がかなり伸びている気がする。
「あ〜……判ったよ!練習終わったら地図書いてやるから、一人で行って来な。遠いぜ?後、決して日本語以外使うなよ?これだけは守れ!死にたくなければな!」
かなりの勢いで念を押された。何故そんな事を言うのか判らなかったから、頭の中は疑問符だらけ。でも、
「守るよ!練習後にでも行ってくる!」
あたしにとって、一つの楽しみが出来た。
午後からの練習。それは何も変わらなく、いつも通り。
あたしも、今では体力が付き、フットワークも軽くなった。一番苦手なフットワーク。
これが苦にならなくなっただけ、練習試合も長時間持ち堪えることが出来るようになった。
後、変わった事。それは、ポイントガード同士の交流。一定時間だけだけど、あたしの意向を呑んでくれて、三十分だけ練習に付き合って貰える様になった。春樹のボール捌きを初めは真似ていただけだが、今はそこそこ様になっている。ドリブルも上手くなったと思う。まず取られるようなドジは踏まなくなった。ああ、やはり地道な練習は大切なんだなと思う。
流石に、司令塔としての作戦などは自分で考えるようにしなければならない。健二がポストに入った時のタイミングを計る練習とか、真を使う時のスペースの取り方とか。友則の動きに合わせたパス。そして、予測不可能な雫の動きを汲み取る練習。チームとしての練習を重ねる度に思い知らされる。あたしがゲームの流れを掴む存在であるのだと。
勿論、皆だって少しずつ練習の成果が上がってきている。特に伸びたのは、雫だった。
勢いだけでなく、柔軟性が出来てきたのではないだろうか?見ていて、ここで初めてあたしが入った試合で見せたことの無いプレーをするようになった。これが、雫のやりたいプレーなんだろうなと思う。オールラウンドとしてはまだ身長が足りないのが残念だが、これで身長が健二くらい伸びたら……とんでもない選手に変化するだろう。あ、それで八神は、雫をオールラウンド選手として考えたのかも知れない。
雫だけではない。健二は、言われた通り瞬発力を。真は、リバウンドを。友則は、確実さを。それぞれ身に着けようと頑張っている。
少しずつ、変化はある。
そして、あたし達と、Bチーム春樹達は毎日練習試合をしてきたが、今の所、九十勝九十敗。三引き分け。と言う数字を出していた。どちらも引かない良い試合をして来た。
好敵手となる者が在れば、皆気合が入る。負けたくない。と言う気持ちがあるからだ。
闘争心。それは少なくとも、あたしの母国では法律的には罪。だけど、向上心。は罪になるのであろうか?強くなる為に、力を注ぐ。これって、大切な事じゃ無いのかな?
ヒューマノイドを造って来たあたし達は、より良い物を造ろうと努力した。それは向上心。でも、他の誰よりも性能が良い物を!この考えは、闘争心ではないのか?これも、向上心と言う事が出来るのであろうか?
そんな事を考え始めていた。
「ほらよ。地図!」
雫は、練習後合宿所に帰ってから落ち着いた頃、あたしに一枚の紙切れを渡した。
「え〜と……これって富士山の裾野付近?」
あたしは、気絶しそうになった。
「ここから自転車で急いで、往復四時間位掛かるかな?ま、頑張って行ってくれ!あ、日本語以外何が有っても話すんじゃないぞ!それから、忘れるところだった。身分証明書を持参!」
ここに至っても、雫は念を押した。
「判ってるって!」
あたしは早速向かう準備を始めた。
「夕飯、あたしの事気にしないで良いから、先に食べておいて!」
今日の当番は、春樹と亮。あたしは軽く声を掛けてから、急いで飛び出していた。
「夜の道は怖い。ああ、朝にすれば良かったかな?」
一人ごちてしまっていた。寒さが身に染みる。が、中頃まで走るとやっと温かく感じられるようになった。
買い物に行く道からの分岐を北に向かって走る。だんだんと大きな富士山が遠くに見えてきた。あの裾野。どうなっているんだろう?
只眺めていただけの富士山を見詰めながらあたしは考えていた。
あ、雪がちらつき始めた。温暖なロサンゼルスでは目にした事の無いもの。それは、顔に当たるとひんやりして、そして水になり溶けてしまう。あたしはパーカーを深々と被った。目の前が真っ白になるからだ。
必死で二時間位自転車を走らせた頃、木造で出来た大きな建物が見えてきた。
「もしかして、これが図書館?」
あたしはワクワクしていた。
「かなり古い木造の建物。中は暗いな。もしかして閉館?」
自転車を置いて中に入った。木の匂い?それとも埃?何だか近代的な物は感じられなかった。どのくらい古い図書館なんだろう?そんな事を考えていると、イキナリ蝋燭に炎が灯った。
「ようこそ、図書館へ……」
一人の老人が受け付け台らしい所に腰掛けていた。
「まだ、やってますか?」
あたしは、身分証明書を見せた。すると、
「確認しました。こちらは二十四時間やっておりますよ?ご自由にどうぞ……」
奥へと足を伸ばして良いとそう受け取った。
あたしは、歴史に関係する物を洗いざらい調べて回ろうと思った。
「歴史の文献は、どこかいな〜?」
ラベルの字に目を通しながら、あたしは歩いて行った。どんどん奥へと歩む。蝋燭の火が次々と点いて行く。凄い。どういう仕掛けなんだろう?
「有った!」
あたしは一番奥にぶつかり、そして、見上げた。高い所にまで本がぎっしり詰まっている。どれを手に取ろう?悩んだが、気になる物だけをピックアップした。
蝋燭の火に目を慣らしながら流して読む。時には、パラパラ捲った。原子暦についての項目など無い、西暦と言うヨーロッパの伝統を伝える物ばかりであった。それは本当に古い文献。
面倒になったので、索引から調べることにした。何処かに、八神と言う人物が無いか探す。こんな古い文献に載っているとは思えないけども。
でも、有った。八神宗次。でも、これはかなりのおじいさんだった。あの八神とは全くの別人。他の本を探した。しかし、八神らしい文献など無かった。そりゃそうだ。有ったら逆にオカルトだ。近代的な本は無いのであろうか?一番下の列の本を漁った。そこに有る一冊に、原子暦の項目が少しだけ記されていた。
「何々?」
あたしは食い入るように目を凝らして読んだ。そして、絶望した。何てことだ!
そこには、さっき見た八神宗次の顔写真が貼り付けられていた。核戦争は、日本が発端だったんだ。兵器を持った各国に向けられて核を発射したとの事だった。
日本が一番に沈んだ国。と言う事は、被害を受けたのかと思っていたが、実、根本的に、逆だった。発射した為に潰された。その時の総理大臣が、八神宗次と言う人物であり、指導者であった。
「まさか……その子孫が、八神ってんじゃ無いでしょうね……」
あたしは、この日本を好きになりかけていたのに!居るべき場所だって思い始めていたのに!絶望と、哀しみが一気に押し寄せてきた。
「……」
言葉が出なくなった。あたしは、この本を借りようと思い、受付まで持って行った。
「お願いします……」
何故あたしは、日本語を喋ってるんだろう?ああ、雫が念を押したからか……
「返却は、二週間後ね?」
老人は、そう言って貸してくれた。
帰り道、あたしは何故ここに来てしまったのか?悔やんだ。来なければ知らずに済んだのに……
冷たい氷の様な吹雪の中、あたしは途方に暮れながらも、足をあのプレハブ小屋に向けた。帰ってどうなる?あたしは今まで通り、皆と話が出来るだろうか?出来そうに無い。お腹が減っているはずなのに、何も口にしたくない。それ程ショックだった。