#6 存在意義
「ねえ。雫?八神って一体何者なの?」
あたしは、モップを掛けながら、常に思っていた疑問を雫に投げかけた。
「監督。それがどうしたの?」
雫は何も不思議に思っていないみたいだった。監督って……あんな少年が?あ、でも、確か病院であたしより遥かに年取ってるって言ってたっけ?でも外見だけ見たら、あたしと本当に年が違わないように見える。だから疑問が残ってしまうんだ。
「何で、雫はこのチームに入ったのよ?」
違う方面から問いかけることにしてみた。
「八神監督に拾われたから。バスケットをやらないか?ってね。アイーシャもそうなんじゃ無いの?」
変な事を訊くな〜と言う風にあたしをモップを掛けながら横目で見ていた。同じだけど何かが違う。あたしの場合、強制的な所もあるからだ。
「雫の頭にも……爆弾が有るの?」
雫は何を言っているのか判らないと言った風に、
「何それ?チップ?」
と、問い返してきた。チップはあたしだけ?
皆は何故ここに集まったの?日本は一体どういう国なの?疑問符が頭の中をぐるぐる回った。
バスケをするのは楽しいけど、でも、あたし達はヒューマノイドとして参加するわけでしょ?そう言うの判ってるんだろうか?
「じゃあさ訊くけど、ヒューマノイドとして働いてるって意識はある?」
雫はいきなり止まって、
「俺達は人間なんだ!ヒューマノイドである筈がないだろう!」
怒ったのかな……と、一瞬ビクっとしたが、
「何でそんなこと訊くのか?後でちゃんと聞いてやるから今は掃除!」
あたしは、それ以上何も言えなかった。だけど、この後、自由時間が出来たら、早速訊いてみようと言う好奇心が無い筈はなかったのである。
着替えも終わり、自転車で帰宅したあたし達の家。簡素なプレハブ小屋。今日は健二と真が夕飯の買い物をしに出かけた。
あたしは、荷物を片付けて、そして洗濯物を終わらせると一段落が付いた。夕飯までの時間。あたしは雫に聞きたい事を訊くために時間を貰った。
「ちょっと良い?」
皆は色々やりたい事をしていた。あたしは寒いスモッグの掛かった空の下に雫を呼んだ。何だか皆に聞かせることが出来なかったからだった。
「さっきの話……か?」
雫はどおれ?と言った風に自転車に跨ってあたしを見下ろしていた。あたしは地面に膝を抱えて座り込んでいた。風が冷たい。空気がパサパサして喉がザラつく。
「あたしの罪と、八神との出会いを聞いて欲しい」
あたしは、自らの事を洗いざらい話してしまった。それは後味の良い物ではなかったが、判断してくれる人が欲しかった。と言うのが有ったのであろう。それが、雫にとって重荷かウザイ物かなんて考えもしなかったが、話せるのは雫以外いないと思ったからだった。
全部訊き終わった雫は、
「……じゃあ、言わせて貰う。ロサンゼルスは、住むにも、生きるにも豊かな都市だと言う事は八神監督から聞かされている。で、ヒューマノイド制を本気で実現していると言う事も。ただ、あそこに住む人達は、外を知らない。本当にヒューマノイド制をやっていない他の国々の事を。勿論その中に日本は当てはまる」
真面目に応えた。
「ちょっと待って!他の国々はヒューマノイド制を……三か条を知らないの?」
当たり前の世の中。って思っていたのはあたし達アメリカ人だけなの?どうなっているの世界は?
「知るはずもないだろう?何処に情報手段がある?テレビもラジオもないこの国に。世界を又に掛けている存在は、八神監督だけだ。だから俺達は彼に付いていく。そう一致団結してる」
情報手段は確かにない。ロサンゼルスと全く違う。それはこの目にしている。じゃあ、それが出来る八神は何者?
「八神って何者なの!」
「……それは言えない。まだ言うべき時期じゃ無い。アイーシャ?それでも知りたい?」
知りたい。けど訊いてはならない事の様にも感じられる。雫の目が本気だからだ。
「時期が来ればあたしにも解かるのね?」
「勿論さ」
「そう。なら……良い」
あたしは、好奇心を押し止めた。
「アイーシャ?一つだけ言っておくよ。チップの件。それは、多分八神監督の冗談だ。あの人にそんなことが出来るはず無いから」
雫は微笑んでいた。
「冗談?え?」
「八神監督って、真面目な顔して冗談言うから判別付け辛いだろうけど、非人道的なことはしない人だから。それは保障する!」
雫は言った後、笑い転げていた。あたしは、座り込んだまま、横にすっ転んでしまった。真面目に冗談なんてやらないで欲しい!ああ、あの八神の性格だけは判らないと思った。
じゃあ、あたしは何故生きていられるんだろう?確固たるヒューマノイド制を敷いているロサンゼルスで、法を犯したはずのこのあたしが……そこが、八神という人物の秘めたるところ。そして、何を企んでいる?ロサンゼルスにこのあたし達を率いて何をやらかす気だ?
「雫?八神と出逢ったのっていつ頃?」
あたしは、話の流れを変えた。
「あ、そうだなぁ〜一年は経つのかな?俺、アイーシャの一つ先輩になるの。ここに入った順番からするとね?」
同じ年で一つ先輩。ってのは言いたい意味だけ判った。
「じゃあ、誰が一番初めに入ったの?」
そう、ここら辺に話が流れていくのだ。
「う〜んと、健二。で次が真」
成る程。それで、キャプテンと副キャプテンになってるのか。今日は、真の無責任発言が炸裂したけどね……、
「真って無責任って思ってるだろ?」
「あ、う、うん」
言いたいことが、顔に出てたかな?
「本当は無責任って訳じゃ無いんだよな〜ただ、素直になれないんだよ。優しい反面、自分に厳しい。そう言う所見せたがらないんだと思う。試合であれだけ正確にシュート決められるんだからね」
それは才能ではないのか?とも言い切れるが、真は確かに優しい面がある。それは否定出来ない。意外に照れ屋なんだろうか?
「で、次に入ったのが確か春樹。お前、ドリブルとかフェイクとか下手なんだから、あいつに習えば?シュートはまあ、見れない事は無いんだけどさ?」
痛い所を突いてくる。確かにあたしは下手ですよ。でも、教えて貰えるものだろうか?
「言えば教えて貰えるぜ?俺が教えても良いけど、俺のボール捌きはある意味脅威だから?無理だよな〜」
それって自分で褒めてるの?貶しているの?無愛想にも問いかけたくなった。
「それから、亮が。んで少し時間が経って薫と陸が入って、で、友則、英治が入ったって言う順番って聞いた気がする。俺、同じ年の仲間が居なかったから、お前が入って来てくれて嬉しかったぜ〜!」
雫が飛びついてきた。瞬時にあたしの左こぶしが思いっきり雫の右頬にクリーンヒットしてしまった。
「あ、思わず……わりぃ〜」
あ、でも今日、セクハラされたような覚えもありますな?
「お尻叩いて行った事も、含めてだから〜」
あたしは、笑いながら雫の腕を取った。
「でも、雫?ポジション本当に良かったの?」
今日の事と言えば、それも有った。
「ポイントガードの事?ああ、俺お前の方が素質が有るって感じたんだ。直感なんだけどね?一週間見なくても、良いなって思える程。それに、本当は、前からポイントガードより、センターとかフォワードとか、点稼ぐ方で居たかったんだ。目立ちたがり屋だから〜」
本当にね。あたしは心の中で思った。でも、ちょっとだけ雫は寂しそうでもあった。一年間そのポジションをやって来たんだから当たり前か?
「雫?背伸びるって!大丈夫だよ!」
社交辞令にしかならないけど、あたしはそう願いたかった。同じチームのメンバーとして。
「お〜い!雫、アイーシャ?」
遠くで健二の声がする。
「あ、お帰りなさい〜今日は何でしたっけ?」
雫はもうすっかり忘れたかの様に、今買い物から帰ってきた健二と真を迎えた。
「今日は、シチューだよ」
真が、のんびりとした口調でそう言っているのが聞こえた。何だかちょっとだけこのチームの結束力の源が分かってきた気がする。厳しい環境の中、共に生活をし、プレーをし、培って来た物が有るからだ。だから仲が良いんだと。そして、その期間を共有出来なかった寂しさって物を感じずにはいられなかったりもする、あたしが居た。