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ループ  作者: 星河 翼
2/14

#2 邂逅

「御気分はいかがかな?」

 白い服を着た一人の医者らしき者が囁いた。

「ここは……」

 自らが何処に居るのか把握できなかった。

 真っ白い天井。それに綺麗な升目が入っている。身を起こそうとしたが、身体が痺れてしまっているかのようで動かない。

「麻酔が効いています。まだ動くことは出来ませんよ。え〜では質問します。君の名前は?」

「……アイーシャ。アイーシャ・ヘイズ」

「歳は?」

「十四歳……何です?この質問は!」

「成功です!ミスター八神」

 医者の後ろに控えていたのか、その八神と言う、黒髪を綺麗に短く切りそろえた少年が腰を上げて、自らの横に近寄って来た。

「ドクター。サンキュー」

 軽く会釈したのと同時に、八神の横を医者は歩いてこの部屋を何事も無かったように出て行った。

「ここは、何処なの!あたしに何をしたの!貴方は何者なの!それに……さっきの医者は人間じゃないか!」

 アイーシャは、訳が判らないこの状況を打開したかった。あの時の事はよく覚えている。薬を嗅がされた。でもその先の事は全く判らない。

 死刑は済んで、あたしは、死んでしまったの?

 でも、身体に痺れがあると言う事は、生きている証だ。

「アイーシャ。君は、これから、僕、八神の下で働いてもらうようになる。 僕が造り上げたヒューマノイドとしてね」

 意味が判らなかった。何故あたしがヒューマノイドとしてこの少年に従わないといけないのか?

「君を、僕が買い取ったからさ。死刑囚になるよりはましだろ?言っておくけど、君の脳にはチップを埋め込ませて貰った。僕に逆らおうとすれば、その時点でジ・エンド。だよ」

 何だ?つまり、あたしの頭に、爆弾(チップ)が埋め込まれていると言うのか?一体何故そんな事をされなくてはならないのであろうか?

「君の体力が戻ったら、日本に飛ぶ事になる。僕の祖国さ。僕の忠実な者達と共に、そこで、君にバスケットをしてもらいたい」

 このあたしに、バスケットを?日本で……

「ちょっと待って!あんた、日本人なの?あの国は、既に海に沈んだんじゃ……?」

 そう聞かされていた。小学校でも習った。先進国の中で、一番最初に沈んだ国。日本。

「いや、僕は生粋の日本人。よって、日本は海の底ではない。ちゃんと存在するよ」

 八神と言った少年は、初めて言葉を発したあたしに気がつき、クスリとだけ笑った。

「あと、僕はこう見えても、君より遥かに年、取ってるから」

 年を取ってる?って一体何歳なんだ?どう見ても、あたしより年下か同じくらいに見える。

 それより待て?何でこいつには、あたしの考えていることが分かるんだ?埋め込まれたチップとやらが、思考パターンを読み取れるような仕組みにでもなっているのか?疑問が沸いた。しかし、八神はその事については何も語らなかった。

「まあ、命拾いはしたんだ。好きなだけバスケットが出来るんだったら、あたしは文句無いよ?」

 その時は本当にそう思っていた。そしてこれが、アイーシャ・ヘイズの伝説の始まりであった。


 次の日、体調が良かったので退院したあたしは、この得体の知れない八神と一緒に日本へとロサンゼルス空港から飛行機で()つ事になった。この時代、パスポートなんて物は存在しない。身分証明書さえあれば、何処にでも行き来することが可能である。便利と言えば便利だ。面倒な手続きがない分だけ、時間が掛からない。それに、あたしの存在を隠しておくには全く持って良いシステムであった。

「アイーシャ?君の身分証明書。無いと困るから僕が用意したよ。偽造ではないから心配しなくて良い」

 八神があたしにそう言って渡してくれた物は確かに本物だった。カリフォルニア州の判子が有る。が、何故かカードの色が違う。

「新しく発行してくれたからね。色が違うのさ。何も気にしなくて良い」

 八神は言い添えた。

 そんな事が有りながら、あたしは安心して日本に着くまで、ずっと寝ていた。まだ少し体がだるいのも手伝ってか、機内食を食べることなく熟睡していた。だから、日本に着いた時の衝撃は何とも言えないものだった。飛行機から降りる前、あたし達以外誰一人として席には着いていなかったからだった。


「ここが日本?」

 空虚な世界が辺り一面に広がっていた。スモッグが掛かったかの様に視界は白く、パラパラ舞う埃で目が霞み乾燥しそうだった。そして建物という物は、見当たらない。そう、有っても鉄骨の残骸だった。

「日本は、こう言う所さ。四季など無い、荒れ果てた世界の果てのような所。誰も来たがらないような、寂しい国なんだよ」

 八神は何か思いつめたかのような、眉間に皺を寄せた表情でそう言うと、荷物を運び始めた。

「この荷物は、殆ど君の物だから。自由に使いなさい。発つ前に一揃えしてはおいた。何か足らない物が有ったら言いなさい。これからの生活は、この僕の判断で決まるからね」

 一言そう言って、八神は空港のスロープを降りて行った。

 その後、空港前にあるロータリーに止まっている、一台のおんぼろ車に声を掛けてあたし達は乗り込んだ。タクシーって訳ではなさそうだった。

「八神?その子か?お前が捜してきた最期のパーツは?」

 運転手が何か話しているが、何処の言葉なのか?あたしには聞き取れなかった。

「ああ、最期の(パーツ)だ。これで、試合も出来る。良い駒が揃ったよ」

 八神も、自分には分からない言葉で何やら話している。どう言う事なんだ?今では英語が共通語のはずではないのか?日本と言う国は、一体どういう国なんだ?気になり、あたしは、八神に尋ねた。

「日本は、隔離されているような場所なんだよ。だから、皆日本語しか話さない。いや、公用語を話せる奴もいるが、話そうとはしないだろうな?コミュニケーションを取ることは難しいかも知れないね?特に君は」

 特に君は。ってどう言う意味さ?あたしはこれでも少しは融通が利く方だって思っている。何だかカチンときた。がしかし、目的地に到着してから、その理由が分かった。


「ここは、静岡県と言ってね、富士山を一望出来る所だ。そして日本で一番栄えている。と言うか、一応首都なんだけどね?」

 一つだけ突き抜けて高い山が見える。あれが富士山?頂上から裾野(すその)にかけて、白い雪らしい物が掛かっていた。

「寒いですね……」

 あたしは、飛行機を降りる時渡された、コートを深々と被り直した。こんなところで生活など本当に出来るのか?それが頭を過ぎらない訳は無かった。

「それは仕方ないね。日本は冬しかないんだから……ロサンゼルスとは大違いさ」

 そう言うと、八神は車のトランクから荷物を運び出した。それを手伝うように、ブルゾン姿の運転手も手を貸した。

 あたし達は、空虚な土や砂しかないだだっ広い世界にポツンと建っている、プレハブの様な小屋へと足を運んだ。


「八神監督!お帰りなさい!」

 狭いプレハブの中は人でギュウギュウ詰めになっていた。むさくるしいとは思ったが、その分暖かい。しかし、何処を見回しても男ばかりだった。それに、ヒューマノイドじゃ無い。皆れっきとした人間だった。まあ、こんな辺境の地に、ヒューマノイドなど居る筈も無いか……

「みんな元気にやってたか?これで僕の旅も終わりだ。最期の一人を紹介する。アイーシャ・ヘイズだ」

 あたしは、ドンと背中を押されてその輪の中に入っていた。

「ふ〜ん。外人かよ。しかも、女?けっ!」

 何か今、差別的な言葉を発せられたような気がする……と思うのも、侮蔑に似た視線を周りから感じたからだった。

「彼女は、ロサンゼルスから来た。ヒューマノイドのエンジニアとして参加していたのを、自らが試合に出たつわものだ。まあ、仲良くやってくれ!ポジションはポイントガードだ」

 何を話しているのか分からなかった。けど、ロサンゼルス、ヒューマノイド、エンジニア、ポジション、ポイントガード。だけは聞き取れた。つまりは、あたしについての自己紹介なのだろう。

「英語しか喋れない、温室育ちの根性なしにここでの生活が耐えられるのかねぇ〜?」

 一人の、やたら体のでかい男が腕を組んであたしを見下ろしていた。何を言っているのか?でも、完全に莫迦にされている気がする。

「そう言ってくれるな。彼女の根性は、筋金入りだぞ?死刑だと分かってて、試合に出たのだからな?」

 何なんだ?この日本語の嵐は!言葉が通じないと言うのがこれ程イライラするなんて、思ってもいなかった。

「皆、何て言ってるんですか!」

短気なあたしは、ついに切れて、八神に問いかけた。すると八神は、日本語に慣れなさい。とだけしか言わなかった。

「慣れろ?だって!ふざけないでよ!」

 あたしは、英語でまくし立てようとしたが、

「おい、女のヒステリックって嫌だよな?おおコワ〜イ」

 あたしよりほんの少し身長の高い位の(たぬき)顔の男が英語でそう言った。

「あなた、英語喋れるんじゃない!なら、英語で喋りなさいよ!」

 しかし、次の瞬間、

「俺は、英語、喋れま、せ〜ん?」

 と、さっきの流暢な英語を忘れたかのような口調でそう言ってきた。ムカツク。何でこんな扱い受けなきゃならないんだ?そして、この思いを何処(どこ)にぶつければ良いんだ?(はらわた)が煮えくり返りそうな気分だった。

「おいおい、お前ら。冗談を言うのはその位にしとけよ?仮にも女の子だ。それに、これからは仲間なんだぞ?チームとしての力は何処から生まれる?信頼関係だ!」

 八神は、彼らに何か言ったらしい。それが、注意だと分かったのは、彼らの目が真剣な物に摩り替わったからだった。

「アイーシャ?郷に入らずんば、郷に従えだ。だから、今はとにかく早く慣れろ。今日は、こっちに着いたばかりだから、練習風景でも見ておけ。明日からは、お前も練習に参加だ。以上」

 八神は、それを言うと、

「お前達、練習しに行くぞ!用意しろ!」

 また、日本語だ。

 気が狂いそうだ。ロサンゼルスが懐かしい。しかし、郷に入らずんば……ってのは理に適う事だと思う。今まで、世界がどうなっているかなど全く興味が無かったあたしだったが、少しだけ理解できたような気がした。この日本という国の有様を見て。


 あたしは、他の皆の後に従って、建物の残骸の間を潜り抜けるように自転車を走らせた。八神は車で移動してしまった。そして一時間かけて辿り着いた先には、大きな古びた古代の遺物かとも思えるような建物があった。

 屋根が一部、破損しているかのように概観からは見えたが、中に入ってみると、何て事は無い。しっかりとしている。まあ、それでもあちらこちら(いた)んではいたが。それにしても暗いなぁ〜電気が無いのか?

 辿り着いたらまず、着替えを始めた。あたしの場合、今日は見学だから皆が出てくるのを倉庫の外で待っていた。

「さて、()ずは掃除からだ!」

 何やら話しているが、いきなり、モップを奥の倉庫から持ち出して、床を掃除し始めた。こういう風景は、見たことがある。しかし、人間がすることではない。異様な光景だった。

 何人いるんだろう?一人、二人……指を折りながら、視線を向けた。全部で九人。あたしを入れたら、十人?あ、成る程。これで試合が出来る人数になったのかとあたしは理解した。

 しかし、皆あたしよりやたらでかい。女だから仕方が無いけど、一人くらい小さい奴が居ても良いだろうに……八神は何故あたしを選んだんだろう?たまたま日本からロサンゼルスまで来て、そして、こんな奴をチームメイトに引き込んで?その辺りは全く解らない。彼が考えている事など何一つ。

 そんな事を考えていると、掃除が終わったらしい。あたしは、コートの端で、モップを片付けている皆に気がついた。

「さて、始めますか?」

 どうやら、指図している者は一定している。一番体格が良い、プレハブで、あたしの事を腕を組んで見下ろした奴だった。

「キャプテン、真島(ましま)健二(けんじ)。お前より二つ上だ。ポジションはセンター」

 八神が、パイプ椅子に脚を組んだまま座って、日本語であたしに言った。 

「キャプテン?まじま、けんじ?センターポスト?」

 つまり、チームの自己紹介をしていると言う訳だ。日本語をマスターさせるために、わざわざ日本語を使う。ここでやって行くには早く慣れないといけないのだから。という配慮なのだろう。

 あたしは頭の中で、真島健二というキャラクターをインプットした。

「あ、言っとくが、ファーストネームが健二だからな。日本では」

「ファーストネーム……けんじ」

 成る程、日本との違いはそんな所にも有るのか……

「まずは、ストレッチ!」

 柔軟(スト)体操(レッチ)を、始める。こんなに寒いと体中が硬くなるだろうに。でも、自転車をこいだから少しは違うのか?今、自分は日本に着た時の寒さを感じなくなっていた。

「アイーシャ?神崎(かんざき)(しずく)柔軟(ストレッチ)を手伝ってやれ!」

 指を差した先を見た。九人しか居ないから一人あぶれてしまうのだろう。

「かんざきしずく……ストレッチ……」

 そこには、あの英語を喋れた狸顔の少年が居た。先程の事を思い出すとムッとしたが、行かない訳にはいかなさそうだ。

「イエス!」

「はい。だ!」

「はい……」

 あたしは仕方なく、そいつの背後に行って背中を押してやった。

 前屈(ぜんくつ)姿勢をしていた雫は、

「痛てーっ」

 と言いながら、跳ね起きるようにして体を起こした。

「加減しろよ、バカやろう!」

 何か怒っているみたいだが、さっきの借りは返した気分になった。多分痛かったのだろう。思わず笑ってしまった。

「てめー!可愛い顔してやること考えること結構エグいんだな……ったくよー!」

 何て言ったのかさっぱり解らなかったが、何を言われてももう良い。笑っとこう。

「解らんくせに、笑うなバカやろう!」

 言いながら、押せと言っているらしく、体を前に伸ばしていた。だからあたしは、思いっきり押してやった。

 そんなこんなしながら、柔軟体操が終わり、コートの周りをランニング。基礎的な事ばかり。いつになったらボールに触るんだろう?そんな事を思いながら、あたしはコート脇の八神が座っているギシギシ音を立てているパイプ椅子の横に膝を抱えて座っていた。

「これが大切な事なんだよ。人間にとっては。ヒューマノイドには必要無い事かも知れないがな?」

 八神は、ボソリと呟いた。あたしには、ヒューマノイドの単語しか聞き取れなかった。

 お次は、フットワークの基礎。ハーフコートでダッシュしては、戻って来てまたダッシュ。腿上げダッシュに、スライドステップ。サイドキックにワンステップジャンプ。特に守備に欠かせないフットワークの数々をこなしているのが分かった。

「さて、軽く汗を()いたところで、次始めますか?」

 キャプテンの健二が、皆を呼び集める。すると、一人、雫がコートの奥からバスケットボールが入った籠を押してきた。ギコギコと音がする古びた籠だなと、あたしは苦笑いしてしまった。

「まずは、パス練習!」

 コート両脇に立って二人一組で、チェストパスを始めた。皆均等にボールが余り弧を描かないようなパスを送り出していた。力強く、手首できちんとスナップが効いたパス。ボールに回転が少し掛かるそんな美しいパス。それを見て練習し慣れているのが手に取って分かった。あたしのパスなど、こんな風にはいかない。ちょっと、悔しい気分に陥っていた時、

「アイーシャ?一人足らないんだよな。行って来てやれ」

 また、八神は雫の方を指差し、三人で三角形を描くように離れてパス練習をしているのを指摘した。

「練習に加われと?あたしは今日、見学なんでしょう?」

 しかし、八神は、

「基礎練習だ。走れとか、試合しろとかそんな事は言っていない」

 八神の表情から、有無を言わせない否定的な事を言ってのけているのが分かった。

「はい……」

 あたしは、渋々(しぶしぶ)雫が居る所まで行き、そして、

「練習に参加しろって事だよ。相手するから、雫、向こうに行って!」

 英語でそう言った。雫は何を言っているのか直ぐに理解したようで、他の二人に、

「俺はこいつとパス練習するから、もう良いよ」

 と日本語で言った。きっと、了解の意なんだろう。パスと言う言葉だけあたしは汲み取った。


「お前〜力ないな〜やっぱ温室育ちのお嬢ちゃんだな。もっと、鋭く、力強くパスしてくれよな!ククク……」

 笑われてしまった。あたしのパスが、他の誰よりもフヨフヨと宙に浮かんでいる。確かにここにいる中では一番あたしは下手だ。誰の目から見ても歴然(れきぜん)だろう。でも……これでも、ロサンゼルスの州の試合では活躍してるんだぞ!と、つい過去の事が頭を過ぎった。

しかし未完成なヒューマノイドとの試合だったんだけどね。など決して言えないのが悔しい。人間としての能力下で、何処までの力が発揮出来るかなど、この時点で判ったり出来やしないのだから。そんな事を考えながら、なるべく宙に浮かないような、せめて、取りやすいパスを投げる事を心がけた。

 それから先は、パスの基本を一通りやった。

 バウンドパスに、オーバーヘッドパス。フックパスに、ワンハンドパス。

 それらが終わると、今度こそ、あたしの出番は無くなった。

「連続タップ!始めるぞ〜!」

 人数的には半分に分かれ、皆が一列に並び、バッグボードに向かってジャンプしてからボールを置いてくる。その繰り返し。

 ジャンプのタイミングがこれって難しいだろうなと思った。一人でしか練習したこと無いから、これはやったことが無い。明日からこれをやれと?自分でも全く未知のお話だ。大体、あたしは、基礎が出来てないのだ。体力(スタミナ)だって無い。皆より出遅れている。それなのについて行けるのであろうか?だんだん不安が押し寄せてきた。

「不安か?」

 八神が、ここに来て初めて英語を話してくれた。

「不安……じゃないなんて決して言えないですね。バスケットは好きだけど、皆みたいに上手くは無い。それに……体力が無い」

 思わず膝をギュッと引き寄せた。

「そう思うなら、今から脇で練習を見ながらランニングでもしろ。少なくとも、お前の心意気は買っているんだから」

「心意気?何ですかそれは?……それにあなたは一体何を考えてるんです?こんな僻地で人間がバスケットをして?一体何になると言うんです?ただのお遊びじゃ無いですか!」

 あ、()らない一言が出てしまった。この言葉は失言だ。自分で言って、そして虚しくなった。

「すみません……」

 あたしは、自分で言った事を自分で訂正することが出来ず、行動で示そうと思い立ち、皆が練習するのを見詰めながら、ゆっくりランニングを始めた。これはとても辛かった。これ程体力が無いとは……とにかくそれでも休みながらでも足を動かすことにした。今の自分が出来る事。あたしはそれをただやるしか無かったのである。


「全員集合!」

 かれこれ一時間は過ぎている頃だろう。キャプテンの健二が皆に召集を掛けた。あたしは、もう殆ど動かない足を引きずりながら、コートの外からその様子を眺めていた。

「アイーシャ!お前も来い!」

 何て言ってるんだ?呼ばれた気がしたが、とにかく疲れている。足がもう動かない。

 そんな時、雫があたしの所まで駆け足でやって来て、皆が集まっている方へと腕を引っ張った。

「何よ!痛いじゃ無いか!」

「集合!」

「しゅうごう?」

「そう!早く覚えろ!わかんなきゃ、後で辞書でも貸してやるから!」

 ズンズンとあたし達は、八神を取り巻いている円陣へと足を進め、そしてその中の一員として話を聞き始めた。

「だいぶ、身体も動かせているようだし、今から五対四の試合をする。今日はそんなに時間も無いし、三十分で良いだろう?お前達のここの所の成果も見せて貰いたいしな?」

 そう言うと、チーム分け用の赤いゼッケン付きのユニフォームを五人に手渡した。どうやら、チームと言うのは決まっているらしい。

「では、始める。審判は(おの)ずとやれ」

 八神はそう言って、皆をコートへと入るように促した。

「アイーシャ?お前はここで見ていろ。チームの紹介をしてやる」

 あ、英語だ。流石に日本語で語るには今のあたしの頭では無理だろうと思ったのだろう。

 皆は、センターサークルを出て仮審判と、ジャンパーはそこに立っていた。

「健二は紹介したな?もう一人の方が支倉(はせくら)(かおる)。同じくセンター。健二ほどには体が出来てないが、俊敏(しゅんびん)さは彼の方が上だと俺は見ている。年は健二と一緒だ」

 ゼッケン四番を付けている、ひょろりとした背丈の高い男を言っている。よく見れば、健二とほとんど同じ身長ではなかろうか?六フィート強(百八十五センチ位)体が出来てないから、余り印象には残らないが……とにかくチェック。支倉薫ね。

 ここでの審判は、雫がしていた。雫がトスを上げる。と、ジャンプ力の勝った健二がボールを叩いた。しかしそのボールは、敵方のゼッケン五番に渡った。

「あいつが、副キャプテンの飯塚(いいづか)(しん)。スモールフォワード。ムードメーカーで個人(こじん)(ぷれー)を得意とするプレーヤーだ。スリーポイントは狙ったらまず外す事は有り得ないね。年は、健二達と同じだ」

 飯塚真。スモールフォワードと言っても、そんなに背が高い方ではない。五フィート強(百七十五センチ位)ではなかろうか?見た目クールな二枚目に見える。って、あたしの好みを言ってどうする?さてと、チェック。チェック。

 真がドリブルし、シュートしようとするのを遮る、一人の男。それが雫だった。

「雫はさっき名前を教えたな?あいつは、ポイントガード、お前と同じポジション。年もお前と同じだ。よく見とけ?あいつの判断力は並外れている。まあ、アメリカ人とのハーフだからな。ここでは浮く存在だ」

「雫ってハーフなの?そんな風には見えないけど……」

「ん?見えなくて当然だけどな?なんたって自称だから……」

 八神はそう言ってクククと笑った。

「自称ね……」

 しかし、雫って凄い。あの身長差で確かに真に得点を許さない。しっかりディフェンスで喰らいついている。フェイクも利きはしない。そこに走り寄ってきた男、

「ゼッケン六番。橋田(はしだ)友則(とものり)。あいつはパワーフォワード。機転の利くプレーヤー。時々(あら)が目立つけどまあ、これからの選手だと俺は思っている。年はお前より一つ上」

 友則はボールを上手く身体でスライドして取りに行き、ワンバウンドしてシュート。しかし、健二が既にゴール下をキープしていたので、高さを上手く利用しリバウンドして今度はゼッケン無しがボールを手にしての速攻。

既に走っている味方にロングパスが渡った。

「今、ボールをキープしてるのが、南英(みなみえい)()。お前と同じポイントガード。チーム一、足が速くスタミナがある。粘り強いプレーヤーだ。後には引かない性格をしてるから、それがプレーにも影響しているのだろうな」

 英治は確かに足が速い。誰も後ろに追いつけない。そのまま単独でドリブルしてレイアップシュートを決めた。

 こうしてゼッケン無しが先取点を決めた。そう言えば、ゼッケン無しの方が、一人少ない。四人でこの試合をしているなんて思えない程に上手く纏まっている気がする。

「このチーム分けに、何か意図でも有るんですか?」

 あたしは思わず訊いてしまっていた。

「力配分を検討してのチーム分けだ。お前には、ゼッケン無しの方に入ってもらおうと思っている。が、ポイントガードばかりのチームになるのはおかしいから、またこれから検討し直そうかと思いながら見ているって訳だ。ここの所ゆっくりとこいつらを見てなかったからな。また考え直さなければならない。だけど、みんなまだまだ成長期だ。誰がどのポジションをやるかなんてのを考えるのは、早計かも知れないがな」

 確かに、言われてみればそれもそうだと思う。もし、あたしがゼッケン無しの方に入ったとする。しかし、三人ものポイントガードをチームにするのは変だろう。船頭が三人なんて……何処に重点を置けば良いか分からなくなる。

 そして、試合はこちらの会話とは関係なく続けられた。エンドラインからのゼッケン有りのスローイン。

「今スローインでボールを受け取ったゼッケン七番が、根元(ねもと)春樹(はるき)。ポイントガード。ムードメーカーな奴だ。器用なボール捌きは見習え。年はお前より一つ上だ。」

 春樹。オールコートでのディフェンスで、一人ビハインドザバックで雫を綺麗に抜き去る。それは見るに鮮やかだった。

 そのままハーフコートまで持ち込むと、ゼッケン無しは、ゾーンディフェンスに切り替わった。

「ふーん。プレスの仕方は上手くなったものだな。人数の事を考えて、力を温存することも身につけたか……」

 ゾーンディフェンスとは、ゴール下に描かれている台形のラインを取り囲むように、守ることである。つまりこのディフェンスは、マンツーマンディフェンスより体力を消耗しないで済む。本来は五人で守るようになるのだが、四人しか居ないため、ボックスワンと同じようにスクェア状に陣取っていることになる。

「春樹!こっちにボール回せ!」

 パワーフォワードの真が、左サイドからパスを要求しているみたいだった。それに気が付かないのか?春樹は右に右にとオフェンス陣を寄せるように指示している。おい、左が空いてるって!気が付かないのかな?と思っていたら、ノールックパスで真の手元にパスが渡る。すると、真はワンドリブルで一歩引いて、スリーポイントラインからの綺麗なフォームでジャンプシュートが決まった。

「作戦だったのか……」

 これで、三対二。あっさり逆転。こうして観ていると、それぞれに良い所が有るように思えるから不思議だ。

「人間の力ってのは未知の物だ。ヒューマノイドにはそれが無い。心が無いからだ。決められたことは出来るが、それ以上が出来ない。それを、人間同様やっていると思われているのが僕には気にくわない……」

「そんな事を思ってたんですか?でも、人類は、罪を犯した。その為にヒューマノイド制は出来上がったんでしょう?」

あたしは、歴史で学んだ事をそのまま問い掛けた。

「それはそうなんだけどね……」

 八神はそこまで言って言葉を切った。表情がかなり硬い。その上何を思っているんだろう?言葉では肯定しているのに表情とは裏腹だ。計り知れなかった。でもあたしは問いかけることが出来なかった。それは自分が、既に罪を犯した人間だったからだ。何も言う資格など無いのだから……

 そんな話をしていると、既に、ボールはゼッケン無しの雫の手に渡り、ハーフコート迄運び込まれていた。相手は、オールコートのディフェンス。四人しか居ないチームにとって、これはかなり不利としか思えなかった。

そんな時、ドリブルしている雫に付いている春樹がスティールに入ろうと手を伸ばしたが、それを見越して、ロールでかわすと一本のラインが出来た。

「雫!」

 すかさず、雫はワンハンドで、空いたスペースにボールを投げ込んだ。あたしの目にはそこには誰もいないように思われたが、走り込んで来た、一人の男が見事にキャッチして、

ワンドリブルし、高々とジャンプした。そして、思いっきりそのままリングに叩き込んだ。

 あたしは、初めてこの目でダンクをかました人間を目にし、目が点になった。

「あいつは、春日部(かすかべ)(とおる)。ポジションはセンター。このチームでのジャンプ力は一番ではなかろうか?背はそう高くはないが、ここって時に実力を発揮する奴だな。ゴール下は、亮、健二、薫の三人で殆ど占めてしまう。あ、亮は年、お前より一つ上ね」

 亮。どう見積もっても、六フィート弱(百八十センチ位)だ。しかし凄い、身長差なんて関係ないんだとこの時初めて理解した気がした。

「ヒュー!流石(さすが)、亮!見事に決めたじゃん!」

 雫が、亮の背中をバンッと叩いていた。

「痛いぞ……雫……」

 軽く手で合図している。守備に()けと言っているらしい。

「ヘイヘイ、旦那〜」

 ゴールが決まったので、またエンドラインからボールが放り込まれた。

それを見越して、雫が春樹に渡るであろうボールに飛び付き、パスカット成功。よく動く足だ。

「健二!」

 ゴール下は、スッカラカンで、健二しか居ない。綺麗にボールが渡った。が、すばやくチェンジして走りこんだ春樹が汚名返上と、健二のガードに付き足止めする頃には、ゼッケン有りの皆はゾーンディフェンスに入った。

「健二!ボールを出せ!」

 三秒ルール。ゾーン内では三秒しか仕事が出来ないからだ。

「おう!」

 健二はオーバーヘッドパスですばやくボールをゾーン外に出すと、自らも外に出た。渡ったパスは雫の元に集められる。ここからが、

ポイントガードの仕事。ゲームの組み立てはここから始まるのだから。あたしは思わず魅入ってしまっていた。

 まずこのゾーンの鉄壁防御の中で四人と言う人数で何処までやれるかだ。

 あたしならどうする?センターを利用するのが基本だと思うんだけど……

 そんな事を考えている内に、雫は何を思ったか、トップ二人のガードの中へとダックインで駆け込んだ。英治と春樹がスティールしようと手を出したが、雫の方が一枚上手(うわて)だった。上手(うま)く中に入り込んだ為、ゾーンは小さくなりゾーン外のスペースが空く。それを見越して、バウンドパスでボールを外に出した。

「今ボールを手にしている男で紹介は最後だ。一条(いちじょう)(りく)。ポジションはスモールフォワード。オールラウンドで何でもそつ無くこなすプレーヤーだ。年はお前より一つ上」

 陸。受け取ったパスを両手でキャッチすると、一つ左に揺さぶりを掛け、右サイドからドリブルで入り込む。しかし、ゾーンの中心で守っている薫が待ち受けていた。が、それをも上手く交わしてゴール下を通り越し、バックシュート。それが綺麗に決まった。

「す、凄い!」

 あたしは、感動してしまっていた。雫の無茶なプレイから、ここまでの流れがすんなりと決まるなんて……まるで、示し合わせているかのようだった。

「相変わらず強引な奴らだな……」

 八神はやれやれと言った風に息を吐いていた。だけど、あたしは心から凄いって思っていた。あたしが頭で考えてる間に既に行動に移してしまう辺りが特に。

 始まって間もないのに、六対三。地道に点を入れているゼッケン無しチームと、外からの攻めが濃厚なゼッケン有りチーム。これは確かに人数的にも実力的にも均等かも知れない。そんな事を考えていると、

「うーん。どうするべきかな?」

 などと、八神はボソリと呟いていた。

「何がですか?」

 あたしは試合の方が気になって、上っ面な事しか言えなかった。

「このメンバーをどう編成して、アイーシャ?お前を組み込もうかと言う事だよ」

 あっ。あたしもこの(チーム)でやるんだった……っけ?すっかり見入っててそんなことすっかり忘れていた。

 ちょっと待て?こんなレベルの高い連中とやりあえる(はず)が無いじゃないか!

 ……など、言えない。もし言ってしまえば、それこそあたし自身を否定することになる。少なくとも、ここから引き返すことなど出来る筈などない。ここがあたしの住むべき所。居場所になるんだから。

「……」

 八神の問い掛けには答えることが出来なかった。そして、あたしは再び戸惑いを内に秘めたまま試合に眼を向けたのである。

 

 最後まで見ていたあたしは、このチームの豊かな人選と、戦力を()の当たりにした。一体皆はどうしてここに(つど)ったんだろう?あたしと同じ理由?しかし、日本にヒューマノイドなんて造ることが出来る者など居そうに無かった。と言うより、そんな高度な技術を持った文化なんて無いだろう。あの荒れ果てた土地を見れば分かる。

 ならば、八神が連れて来た?それとも自然に集まった?そんな事を考えながら頭の中が悶々とする。あたしは本当にここでやって行けるのか?ただ、その事ばかりを考えていた。


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