#13 決勝戦・後半・勝負は此処から・・・
控え室には、見学していた残りのメンバーがいた。
「おっしゃ〜!これで、望みはまだあるな?」
英治があたしに向かって背中を叩いてきた。
「痛いよ、英治……」
疲れで痺れている体。ロッカーに寄り添って、あたしはしゃがみこんだ。タオルがもうビショビショである。
「でも、四番にファール二個お見舞いするなんて、やるな〜アイーシャ!」
春樹は自分事の様に喜んでいた。よほど悔しかったのであろう。そんな会話をしていた時、八神監督が初めて顔を出した。
「良くやっているな。後二十分だ。気合を入れて行け!」
「はい!」
あたし達は、その言葉を受け取った。
「あと、後半は、声を出して行け。僕が許す。これが最期だと思っても良い。声を出して、お前達らしく、積極的に行け!」
これが最期?疑問だった。もうバスケットをすることが出来なくなるから。という意味なんだろうか?
「ただしアイーシャ。くれぐれも日本語でな?」
あたしにそう言い残すと、再びドアを開けて去って行った。
「後を託す。って事だろうな。八神監督も心を決めたんだ。さてと、少し休もう。声を出して行けるんなら、希望が少しは持てるぜ?後半戦!」
雫?それってどう言う事?あたしが問おうとしたら、
「そうだな。最期のプレーは華やかに決めよう!」
健二も……それってどう言う事なの?何か皆感づいているみたいなのに、あたしだけ知らない。
「やっと解放か?いやいや楽しかったよ。本当に」
真?
「でも、もっと楽しみたいのにな〜!」
友則?皆口々に訳の判らない事を口走っている。
「アイーシャ?これが最期の試合だ。思う存分やろうな?」
雫が、あたしに言った。ちょっと待って!
あたし達は、まだまだ試合やれるんだよ?その為の革命なんでしょ?そう言いたいけど、どう言う訳か、声が出てこない。
春樹?英治?亮?陸?薫?あたし何か変なんだよ、声が出ない!皆を見渡した。消えていくかのように、皆が透けて見えた。
ちょっと、待って!これは幻なの?目に見えてはいけないものだったの?触れてはならない物だったの?あたしは、何処にいるの?ああ、混乱してくる……あたしは、その後ふっと意識が遠退いていた。
「アイーシャ、時間だよ!ほら起きて!」
真があたしの身体を揺さぶった。あ、あたし寝ていた?じゃ、全て夢だったのかな?
しかし、あたしは控え室にいた。夢などではなかった。じゃあ、あたしは何?
「真?あたし、寝てたの?」
「疲れてるんだろ?全くアイーシャらしいな……堂々とイビキ掻いて寝てるから、起こす気にもならなかったぜ。あはははは〜」
イビキは余計です!雫のあんぽんたん!
「さて行きますか!」
あたしは、皆を束ねて部屋を出て行った。
あたし達は、後半戦へとコートに向かった。
会場はたくさんの人で埋まっている。その中に、八神監督の姿が目に入った。来賓格の席を陣取っている。その横には、あたしの両親の姿が有った。何も変わっていない様子だった。あたしだって気が付かないのかな?自分の子供の姿を見忘れる親っているんだ?何て思うと少し複雑だった。
さて、あたし達の結束を観てもらいましょうか?示し合わせた様にコートで円陣を組む。そして、
「『南風』〜行くぞ〜!」
「おう!」
人間らしく、あたし達が日本でやってきたらしく、声を出した。これには、観客席からの声が上った。半信半疑で観ているのが手に取るように分かった。これで良い。これからが本当のあたし達の姿を見せる機会なのだから!
健二対八番。ジャンパー同士の対決。これに対応する方法はもう計算済み。
「四番!」
あたしは、マークする相手を呼んだ。あちらこちらで声が上ったのを確認する。マークすべきヒューマノイドの背番号を声を上げて知らせる。
審判のボールが宙に上った。健二はスルーで、ボールは八番の手で弾かれた。それを追い掛ける。手に取ったのは友則だった。
「アイーシャ、走れ〜!速攻!」
一気に皆が相手コートへと駆け出す。
ロングボールは、綺麗に縦に渡った。あたしはドリブルをしてレイアップシュートを決めた。これで七点差!
「おっしゃ〜」
あたしは、直ぐ横に追い付いて来ている雫に手を出した。雫も手を出してきたお互いの手が当たり「バチン!」と音がコート内に広がった。
観客席から、ブーイングが聞こえてくる。ああ、人間だってバレちゃったね?でも、審判団は、何事も無く試合を続行させた。良いの?それで?
「良いぞ〜アイーシャ!」
観客席にいる、春樹達が応援している声が聞こえてきた。もう、隠す必要など無いんだから。あたし達の事は!
「四番オッケー!」
オールコートのディフェンス。こいつに付いて、あたしはどれだけ動いて来ただろう?
「退場させてやる!」そんな風に思う試合も珍しい。敵対心むき出しの自分を、不思議と怖いと思わなかった。
「来い!負けないから!」
言語は通じないはず。あたしは日本語を喋っているんだから。四番は一歩引くように、身体を動かしていた。ステップバック?と思わせておいて、しっかりダックインして来た。
あたしは、それを見破ることが出来ず、前に出てしまった。ぶつかる!
「赤、四番、ディフェンスチャージング!」
やられた。こいつに一つファールを取られてしまった。あたしは手を上げた。ちくしょう〜
「焦るな!まだ、時間はたくさんある。これからが正念場なんだ。体力使い切るなよ!」
雫が、肩に手を置いて、助言だけして持ち場についた。
「アイーシャ!抜かれても気にするな〜」
友則が、あたし達のコート側から叫んだ。
「悪り〜!次から、気を付けるよ!」
会話出来る事が、力の源になる。ああ、人間は凄いよ!
再びスローインから始まる。今度は慌てずに、四番の動きに合わせて動く。隙が無い。手を出すことは難しい。そのまま、ハーフコートまで持ち込まれてしまった。あたしは、ラインを見てクソッと思ったが、まだまだ、こいつはパスを出してない。守りきれている。
ここまで来たら、マンツーマンよりゾーンを敷いた方が良いかも?と言うところで、
「ゾーンディフェンスに、切り替え!」
指示を出した。あたしは、ボックスワンの勢いで、まだこいつに付いている。三十秒こいつが攻め込めない様に守らないと!でも、やはり、上からの攻撃には弱い。あたしがジャンプした時には、八番にボールが渡った。
「友則!付いて!」
振り返って、あたしはゾーンへと走った。
友則は、上からの攻撃に気を付けて、ハンズアップ。ゾーン内には誰も入れないように皆がカバーしている。これでは、外からのシュートしか出来ないだろう。予想通り、シュートは外から打って来た。
「リバウンド!健二!真!」
二人は上手くスクリーンアウトして、そして、健二がボールを握った。
「走れ〜!」
健二は、あたしと、雫に向かって叫んだ。言われなくても走ってるわよ!
ロングパスは、雫の手に渡った。そして、そこからあたしに。ドリブルをしてあたしは敵陣に突っ込んで行った。しかし、一人後ろから走りこんで来た。足音が聞こえる。四番だ。
あたしは、雫を見た。雫は逆サイドを走っている。ラインは二つ。あたしは、雫にパスを出した。雫は待ってました。と、ボールを受け取り、シュートを決めてくれた。これで、九点差!
「着実に行こうぜ!このまま!このまま!」
「当たり前じゃん!このまま勝ちに行くわよ!さて、みんな〜守り(ディフェンス)一本!」
あたしは、今まで声を出しそびれた分だけ叫んでいた。
それに相反して観客席は、見入っているかのように、静まり返っていた。そこにブーイングは無かった。変な感じだ。まあ、良いけどね?
エンドラインからのスローイン。
「四番!」
あたしの足腰は、もう感覚という物が無くなっていた。でも反射的に動く。人間の体って不思議だ。全ては気の持ちようなのだろうか?
四番の動きが上からの一本になっていた。あたしは、それに届かない。もう、パスは渡っている。五番が受け取り、そのまま一気に陣地に入り込んできた。切り替えが早い。四番にファールを取られるより他を使った方が良いと言う事なのだろう。ここまで綿密なプログラムを組んでいるのは正直凄いと思う。
五番に友則が付いている。ここから攻め込まれる可能性は高い。フェイクに弱い友則。やはり、引っ掛かった。五番はスッと中にワンバウンドしてジャンプシュートをした。そのボールはネットの中にスポット入った。決められた。
「ごめん!」
「次々!まだ逆転されたわけじゃ無い!」
あたしは、友則からボールを受け取った。
すると、目の前に四番が居た。気を抜いたあたしは失敗した。
「アイーシャ!気をつけ……」
真が叫んだが、事は既に遅く、ボールを叩かれ奪い取られた。ゴール下はフリー。四番にシュートを決められてしまった。頭を叩かれてしまった気分だ。いきなり、マンツーマンに切り替えるなんて!ヒューマノイドと侮っていたあたしの失態だった。また、五点差に縮まってしまった。
「ドンマイ!敵はマンツーマンで来てる。気をつけろ〜」
健二が、敵陣から声を出していた。
「仕切り直しだわ!行くわよ!」
あたしは、エンドラインからマークを解いていた雫に、ボールを放り込んだ。雫は、了解!と言ってボールを運んだ。あたしは、後を追うように敵陣へと駆け込んだ。
相手は、ここまで来るとボックスワンのゾーンの守りに変わる。何て要領が良いの!あたしは悔しくなってくる。僅差の勝負になっているのに、気持ちはあたし達だけが苦しい。
あたしは、必死で穴を探した。でも、高い壁に穴は無い。作るしかない。スペースが欲しい!切り込んでいける人物!
「雫!」
あたしは、頼みの綱である雫にパスを出した。しかし、雫のダックインは止められてしまった。何だかんだやっているが、攻め込めず、三十秒が過ぎてしまった。
「ブブー!」
時間切れ、ブザーが鳴った。あたし達のボールは敵のボールとなった。
スローインでボールは四番に渡る。あたしはそのボールをチェックしたが、もう攻撃パターンは決まったみたいに、五番に渡った。あたしは、必死で陣地内に戻る。
「真?友則のカバー宜しく!変わりに四番、七番はあたしが付くから!」
あたしには出来ないから、真に頼む。まだ真の方が背の高さ的に余裕がある。だから、指示した。が、結果は裏目に出た。二人が五番を押さえるのに、空いたスペースが広すぎた。六番が、ゴール下の間に潜り込み、パスが通ると、見事にダンクシュートを決めてしまった。これで、三点差。
ああ、やはりあたし達では歯が立たないのか?弱気になってしまう。駄目だこんな事では!気持ちが萎える前に、立て直したいのだが、追い詰められてしまうと、上手く動けなくなる。流れは、敵に移った。このまま、取られてしまうのか?点を……
「何やってる!アイーシャ!気合が足らないぞ!」
雫が檄を飛ばした。キャプテンとしての今のあたしは空回っているだけ。それを補佐するのが副キャプテンの役割。雫は承知して、あたしの背中を叩いて行った。でも、今のあたしに何が出来るんだ?作戦が思いつかない。これなら、雫が指示を出した方がいくらかマシだ!
エンドラインから、雫がボールを投げる。あたしは四番のマークを外し、ボールを受け取り、再び攻撃の作戦を練る。とにかく運ばないと!虚ろに頭の中で考えていた。ハーフコートまで遠い。そんな感じを覚えてしまう。
でも、負けられない。勝たなきゃ!という気持ちも突き上げてくる。
レッグスルーで四番を抜き去ると、あたしは何とか敵陣へと入り込んだ。此処からなんだよ〜頭がボーっとする。疲れてるからか?そんな事言ってはいられないのに。
八神監督に言われた、あたし達らしい試合って何?その答えが欲しい。今のあたしには分からない!
「アイーシャ!何呆けてんだよ!いい加減怒るぞ!」
雫がキツイ目付きであたしを見ていた。なら雫がやってよ!なんて言える訳が無い!試合放棄などしたら、あたしの生き方を、考え方を放棄してしまうからだ。それだけは避けなければ!あたしは、やっと気を入れ直した。
「あんた達!ちゃんと動きなさいよ!足が動いてない!」
声を出して、そして動かなきゃ!改めて行動に移した。
スペース。何処か……あたしは、トップでドリブルを繰り返していた。右にも左にも動いてみた。しかし、穴が見つからない。雫をスクリーンにし、敵と向き合ってもみたが、動じない。ああ、このままでは時間制限になる。あたしは、ドリブルを止めて、スリーポイントラインまで下がった。一か八かだ。リバウンドは、健二と真に任せる!
狙いを定めてボールを放つ。綺麗な弧を描いたボールは、リング内に収まった。
「よし!ナイスシュート!」
真があたしの肩を叩いた。雫が、
「これで、六点差!やるじゃん、ドンドン打て!だけどまだまだ気は抜くなよ〜」
人差し指を立てて一本!と言う余裕な振りしてる。一体何企んでるんだか?雫らしい。
しかし、残り十分。ここからが敵の攻撃の始まりであった。
必死にオールコートでプレッシャーを掛けるが、思った以上に疲労感が出ているあたし達に対して、遠慮など知らないヒューマノイドは俄然身長を生かしてプレーしていた。
隙があると切り込んで来て、軽々とダンクシュートをするし、外からの攻撃も凄まじい。ジャンプしても手が届かないから、簡単に点を取られてしまう。
狙い目はあたしに変わっていた。必死で動こうと努力するにつれて、脚が絡みつく。肩で息をしている自分が情けない。皆疲れているけど、そんな風に見せてないのに……やはり、たった一年の修行では所詮この程度なのかも知れない。
残り三分、この時点で得点は六十二対七十。八点差のリードで『ニュー・ウェーブ』があたし達を上回っていた。
「アイーシャ!パスをくれ!」
エンドラインからあたしはパスを入れる所で、雫は要求してきた。
相手は、変わらずオールコートのディフェンスで、プレッシャーを掛けてくる。その中の出来事だった。
「雫?」
何を目論んでいるのか?雫は敵のディフェンスを交わし、パスが出来る所にフリーになってやってきた。あたしは、その要求を呑み、雫にパスを出した。
「俺達は、負けるわけにはいかないんだ!」
言い切るや否や、チャージングを取られるかも知れないと言うのに、一気に敵陣へと駆け込んでいた。それは、気迫の篭った物で、あたしはハッと気が付いた。自分の弱さに甘えていたのだと。
雫は、元ポイントガードとしての才を発揮して、ぶつかる敵を交わして行く。空いたのは真。
「雫〜!真!」
点数を稼ぐには真を使うのが有効的だから、あたしは指定したのだが、雫はゴール下まで駆け込んで行き、最後の相手を一気にねじ伏せてしまったのである。
「だ、ダンク?」
雫が、ダンクシュートをかました時は、皆、呆気に取られていた。凄いジャンプ力!たった一人で二点をもぎ取ったんだから……
「これで六点差!次、守るぞ!」
雫は、今まで沈黙を守っていたのを、ここで挽回でもする気でいるらしい。でも、一人でなんて無理だよ!あたしは、思い込んでいた。諦めそうになった途端のこのプレー、気持ちに火がつかない訳はなかった。
「雫のバカ〜!出来るんなら始めからしなさいよ!」
「相手を欺くには、まず味方からってね?」
何気取ってんのよ!あたしは口の端をキュッと上げて笑っていた。
「ディフェンス一本!奪い取る勢いで行くわよ!」
「よ〜し、来い!」
皆の士気は上った。
「本当に嫌になっちゃうわね〜!ヒューマノイドなんて!」
四番に付き纏いつつあたしは文句を吐いていた。脚は動く。さっきの雫のプレーに影響を受けたかのように。一人で美味しい所持って行かれたら、あたし達の立場がないじゃん!四番のドリブルを抑えて、あたしはパスを出すその時を待っていた。
ピボットでやり過ごしている四番。次パスを出すのは……後方から足音が聞こえる。ここだ!あたしは必死でジャンプしていた。
手の先にボールが掠った。指先で弾かれたボールが、サイドラインへと転がっていく。
これを取らなきゃ意味が無いじゃない!あたしは、必死でダッシュした。そして、ギリギリの所でボールにジャンプし掴むと、空中に飛んでる少しの間に友則の姿が目の端に映りこんだ。
「友則〜!」
あたしは繋ぐ為に、友則にパスを出した。パスは見事に通った。あたしの身体は、コートの外に思いっきり弾かれた。ゴロゴロと大きな石が転がるかの勢いで。
「痛―――!」
立ち上がろうと、手を床に着いた時、膝から太腿に掛けて血が出ている事に気が付いた。摩擦熱で、擦りむいてしまったらしい。あたしは座り込んだまま、成り行きを見ていた。
友則に渡ったパスは、見事にゴール下の健二の手元に渡り、健二がシュートを決めてくれた。
「これで、四点差!」
守りに入ろうと立ち上がったあたしの傍を通りかかった、真が、
「行けるかい?」
と声を掛けた。
「行けなくてどうするのよ?あたしの変わりはいないわ!」
「言うと思ったよ」
真はクスリと笑って、ディフェンスに付く。あたしも、今運ばれてきたボールを持っている四番に付いた。ハーフコートのディフェンス。まだ負けた訳じゃ無い。試合が終わるその時までやってみなくちゃ分からないんだ。勝負って物は!