#11 初戦・勝利・敗退
試合当日。朝からバタバタとしている。雫も友則もベッドから抜け出し早くから荷物を整理し、着替えをしていた。あたしも急いで支度した。取り敢えず女なので、バスルームで着替える。そして荷物を纏めた。
ロビーには八神監督は勿論、皆集まっていた。
「遅いぞ!やる気ないのかと思ったぜ!」
英治が苦笑いしていた。
「さて、皆揃ったし、競技場までこれから向かう。レンタカーを借りているので、それを利用しよう」
八神を先頭に、あたし達はホテルを出て車に乗った。運転手はアメリカ人だった。どういう繋がりなんだろう?外交官関係のお偉いさんの運転手?あたし達は、車内では何も話さず無口だった。ヒューマノイドがペラペラ話をするのもおかしい。だから、雫、友則も何も話さなかった。きっとそう言うのを考慮しているのだろう。
ホテルから二時間掛けた所に、競技場があった。近代的なデザインがシンプルで立派な建物だった。周りは緑が多く、ロサンゼルスの名物パームツリーが道沿いに綺麗に植えられている。
あたしは此処を知らない。こんな所、何時出来たんだろう?新しく作られたのかな?何て思って、車外に出た。そして、続いて走ってきた車と合流し、皆揃った。これから此処で決戦がある。人間か?ヒューマノイドか?あたし達の討ち入りの開始だ!
控え室へと二チームはそれぞれ移動した。別に一緒でも良いのだが、別の方が空間は取れる。入って、各自ロッカーを決めると、用意していたユニフォームに腕を通す。赤地に黒文字の『南風』という文字がクッキリ入っていた。そしてあたしは四番。雫が五番。健二が六番。真が七番。友則が八番。背中と胸にしっかり番号が入っている。皆引き締まった顔をしていた。あたしは、
「準備体操を各自行いなさい!」
命令口調で促した。
皆一斉に独自のウォーミングアップを始めた。ああ、これから始めるんだ。ドキドキする。
試合進行は、同時にスタート。だからお互いの試合は観戦出来ない。
春樹達のチーム名は『和漢』というらしい。対戦相手は、あたしの両親が率いるチーム『ニュー・ウェーブ』であった。そして、あたし達はもう一つのチーム『ライト・カミングス』と初戦に当たる。
程よく体が温まった所で、あたし達は控え室を後にした。丁度その時、隣の控え室のドアが開いた。春樹達もアップし終わったらしい。一汗掻いていた。
「お互い決勝戦でな!」
「勿論。楽しみにしてる。負けるんじゃないわよ!」
『和漢』のキャプテン春樹と、あたしはお互い握手を交わした。ちなみに、副キャプテンは英治。お互い、ポイントガードがキャプテンをやっている。元ポイントガードが副キャプテン。判りやすいチーム構造かもしれない。
あたし達は、ぞろぞろと試合をするコートへと向かった。
天井から照らされるライトが眩しい。日本の物は省エネを重視しているからここまで光を使うことが出来ない。昼間は絶対点けることが無い。今まで暗い中練習してきた。この明るい会場の光を浴びると、一年前を思い出してしまった。
あの時は、生きるか死ぬか?の瀬戸際だった。神にさえどうすれば良いのか?を訊いてみたくて願った。それが、今はこうやって生き延びて再び舞い戻り、バスケットの選手として生きている。それも、ヒューマノイドとして。全く同じ状況なのに、あの時感じた不安は無い。それは、皆が居るから。そして、八神監督という指導者が居るから。もし、失敗してもあたしには、仲間が居る。それが心強かった。
相手は白いユニフォームを身に纏っている。相手はヒューマノイド。かなり、調整してきているみたいだった。動きが滑らか。やはり中学生が造るヒューマノイドの比ではない。比べるだけ野暮なことだ。
観客席は、非公開だろうから少ないだろうと思っていたが、結構な人数が入っている。満席?かと思えるほどだ。それに、テレビ中継でもするつもりなんだろうか?カメラが数台入っている。八神監督?これはどう言う事ですか?あたしは疑問を感じ始めていた。何か企みでも有るんだろうか?でも今は……
暫くして、人間の審判が集合の合図をした。人間?疑問がまた一つ。でも、あたし達は何も言わず急いで整列した。
あたし達の前に並んだヒューマノイドは、かなりガタイが大きい。アンドロイド(男性)だ。ポイントガードだと確信を持った相手もあたしより遥かにデカイ。これは、高さでは負ける。とそう判断した。
一礼をしたあたし達は、すぐさま行動に移す。ジャンパーは、健二。でも、身長差があるので、こぼれ球狙い。雫と目を交わしながら、あたし達は動く。そして、高々と審判はボールを投げ上げたのである。
背が高い。性能も良い。だけど、あたし達の行動を予測できないヒューマノイド達は、良い所を見せられなかった。
健二のスルーしたジャンプボールは、こぼれ球としてあたしがキープした。そして、速攻。既に走っている雫の手に渡り、見事にゴールを決めてくれた。ここで喜びたい。がしかし、敢えてそっけない振りで試合に戻る。既存のヒューマノイドの様に。
会場はざわついていた。それもそうだろう?社会人のヒューマノイドが、訳の分からない日本チームに点を入れられたのだから。
それから先、何点か点を入れられたが、こっちも負けてはいられない。直ぐに点を入れ返した。やはり、背の差のハンディは大きい。ここでと言う所で、上から攻撃される。ガタイが大きいから、パワーも有る。突っ込んで来られたら、押さえようがない。ファールを取られるのが関の山だ。だから、あたしは、なるべく前で、オールコートを敷いてディフェンスするように促した。ゾーンでは歯が立たないのだ。そして、スティール狙いで当たる。これが上手く行き一回抜かれた得点を同じにした。
運動量がネックになる試合展開。一年前のあたしには耐えられなかっただろう。だけど今は違う。みっちり体力は付けた。ただし、相手は疲れを知らないヒューマノイド。だから最後までどうなるかなんて判らないのだ。
ここで、点が欲しい。あたしは必死でディフェンスした。パスを出すタイミングを見計らう。そろそろ前半戦のタイムオーバーだ。その前に点を!ヒューマノイドは顔色一つ変えない。何を考えているのか判らない。けれど、エンジニアだったあたしには判る。プログラムでの動きなら、今だ!あたしは、目の端に友則がついている四番が、左に動いているのが見えた。来る!パスを出そうとしたその瞬間を狙って、手を出した。ビンゴ!あたしはカットしそのまま敵の本拠地へとドリブルした。後ろから走ってくる敵はグングン追い掛けてきた。あたしの脚では無理!そう思っていた時、
「アイーシャ!」
雫が逆サイドで並んで走っていた。あたしは雫にパスを出した。そして、シュート。タイムアウトギリギリで、二点差をつけることが出来たのである。
休憩時間。あたし達は、ざわめくコートから控え室へと移った。皆、ヘトヘトであった。
「ああ、ここまで手強いとは思ってなかったぜ?何だよあれ!あんな精密に出来てるヒューマノイドってありか?」
まず本音を吐いたのは、友則だった。
「あ、それ言えてる。侮りすぎた。あれで心が無いなんて、どう言う事だ?間違ってるぜ或る意味!」
雫も参っているようだった。
「うーん。でも、二点差で終われて良かったよ。アイーシャ?ナイスカットだ!後半は、もう少し僕も粘って行くようにするよ」
真のあやふやさはここでは無くなっている。真剣に勝ちに拘っているのが判った。
「俺も、高さに対抗するだけの動きに注意するぜ」
皆それぞれ考えていることは同じみたいだ。高さでは対抗できない。ならそれを補う動きでカバー。
そろそろ時間だ。後半戦が始まる。
「じゃあ、行くよ〜『南風』〜ファイト!」
「おう!」
あたし達は、円陣を組んで気合を入れた。
まだ体の疲れはピークでは無いけれど、疲労感はある。声を掛け合えれば良いのだが、それが出来ないから疲れが余計に出るんだと思う。声を出し合う事は、力の源になるのかも知れない。ふとそんな事を感じた。
再びジャンパーがサークル内に立ち、試合続行。このまま逃げ切らねば、シーソーゲームが続くだけだ。
もう判っている。敵は背の高さを利用して来る。ボールもオーバーヘッドパスを出し始めるだろう。守りもゾーンディフェンス。その代わり、あたし達は下から攻める。バウンドパス主体。ドリブルも低く構えて、敵のスティールは防げる。
どれだけコートを往復しただろう?息が上って来た。それに比べて、相手は何の変化も無い。ヘトヘトになっても、最後まで続けなければならない。これが人間の試合だ!
肩で息をしているのが分かる。これ以上なく疲れている事も。でも、休むことが出来ない。負けたくないから!
最後までシーソーゲームは続いた。あたし達が点を入れれば入れ直し、逆転されたら取り返す。その繰り返し。そして、八十五対八十六点の時、転機が来た。
あたし達が一点差で追い掛け、時間は後三十秒の場面。スコア掲示板を見ながらこのままで終わらせるわけには行かなかった。点を入れられた直後、エンドラインから雫が投げ込んだボールは、あたしに渡り、このまま行こうとしようとした瞬間、敵はオールコートでプレッシャーを掛けてきた。
あたしは必死でフェイクを掛けようと敵のポイントガードを見破った。抜ける!そう思いレッグスルーした。勿論騙されてくれた。
後はこれをどうにかゴールまで運ばなければならない。時間が無い!速くも無いドリブルであたしはコートの端まで突っ込むように駆け出した。チェンジしてくるヒューマノイドを交わし、ゴールを目指して一気に走り抜けた。あ、健二が空いた?あたしは、瞬間、視界に見える穴を見つけ、健二にフックパスを出した。健二はそのスペースに走りこみ、見事にゴールを決めてくれた。そして、その後、笛の音とブザーが鳴った。
勝った?あたし達、勝ったの?思わず床にへたり込みそうになるのを、真が受け止めてくれた。
「お疲れさん。見事だったよ?でも、立ってなきゃね?」
真は耳元で囁いた。
「悪りぃ……」
あたしは何とか持ち直して、しっかり地面に足を着けた。そして、整列した。ヒューマノイドの何も感じてない表情が虚しい。悔しくないの?何も感じないなんて、哀れだよね……あたし、人間で良かったよ!
勝者の号令が掛かり、一礼した。歓声が沸きあがり、勝者を讃える拍手が起こっていた。それをバックに、あたし達は控え室に戻ろうとした。が、反対側で行われている試合がまだ終わっていない事に、雫が気づいた。
「おい、あいつらまだ終わってないぜ?観に行くか?」
それはどうだろう?観に行くなんてヒューマノイドがしないだろう?隠れて入り口から観てようとあたしは提案した。
「あいつら、負けてるぜ!しかも、十点差。これって時間的にも厳しくないか?」
友則が、ボソリと溢した。確かに、残り一分で十点を追うのは厳しい……
「春樹、上手い具合に動いてるのに、周りが高いから、封じ込められてる。これは厳しいね」
真が静かに付け加えた。
こうやって、仲間が負けているのを観るのは悔しい。観てるだけで手伝えないなんて……でも、最後まで諦めないように踏ん張っている姿は、凄く分かった。だから、目に涙が溜まる。頑張れと応援したくなる。同じく練習を重ねた者達だから味わえる気持ち。勝ったら敵になるけど、でも、ここで一緒にプレイしたい!お願い勝って!そう心の中で何度も呟いた。
だけど、時間は無常に過ぎて行った。そして、後三点差と言うところで、終了の笛が鳴った。
それでも、よく頑張ったって褒めてあげたい!悲しいはずなのに、感情が出せない。ヒューマノイドは、泣く事など出来ないのだから……観客席は歓声の渦になっていた。これ以上、あたしは春樹達を見ることが出来なくなって控え室に走った。そこで思いっきり泣いた。声が外に漏れようと関係ない。泣きたいから泣くんだ。それに気を遣ってくれたのか、誰も中に入ってこようとしなかった。あたしが泣き止むまでは……