#10 渡米
「皆、集合!」
八神はあたし達を招集した。勿論明日の打ち合わせだ。あたし達はしっかり頭に入れた。
渡米。あたしの祖国アメリカ。カリフォルニア州ロサンゼルス。今、あそこはどうなっているんだろう?思いを馳せてしまっていた。
「アイーシャ?向こうに行ったら英語は使わないように!お前は、日本国籍で登録しているのだから。思わず……等無いように!」
日本国籍?この髪の毛は、地毛なんですけど……金髪がライトの光の下煌めいたら誰だって信じないだろう。にしても伸びたな……カットなんてしてない。面倒だし、友則の様にゴムで一つにくくり上げている。皆は時々切りあいっこしている。こう言う事は春樹が上手い。ボール捌きもそうだが、手先が器用なんだな?とつくづく思う。
「では、明日は七時に出発!以上解散!」
八神はそう言ってあたし達を解き放った。
そして運命の日がやってきた。
あたし達は荷物を纏めていた。
そんな中、あたしは大事な日記を自分の棚に置いた。帰って来てから、また書こうと思ったからだ。暫く日記は止めとこう。向こうに行って書けるかどうかも判らないし。
天候は別にいつもと変わらない。八神監督が、あたし達を迎えに来た。車は三台。その一台に乗り込み、空港まで走った。あ、今思い直せば、この車を運転してくれる方々は誰なんだろう?八神の監督の側近か何か?特別な応対をしてくれる。まあ、八神監督が総理大臣であるならば、それに従う者がいてもおかしくない。忠実な人達だなと思った。
あたしは、空港に入る前に渡されたチケットと自ら持参していた身分証明書を見せて、ゲートを潜る。これから、行くんだロサンゼルスへと……行く?戻るじゃなくて?ちょっと言葉が間違っているような気がしたが、ふと可笑しく感じられた。あ、この日本にまた帰ってくるつもりなんだなと思っている、自分がいることに気がついたからだった。
あたしは、飛行機に乗ると、周りにあたし達以外居ない事に気が付いた。本当に寂しい旅の始まり。しかしまだ寝足りなかったのか、ぐっすり寝てしまった。あの時と同じだ。只違うのは、仲間が、皆が周りで話している声が聞こえてくる事。だけど次第に遠退いて行った。意識がすーっと深い所へと沈んでいく感じだった。
いつの間にか、飛行機は空港に止まっていた。
「いい加減起きろよ!」
雫の声が、耳元近くで聞こえた。
いつの間に乗ってきたのだろう?他の客がざわめいている。何だか懐かしい響きだ。
空港を出ると、日本で見ることが出来なかった、覆い被さる様な大きな青い空が頭上に広がっていた。太陽の光で周りが輝いている。暖かくて、温暖な砂漠気候特有のロサンゼルス!行き交う人々は薄着であたし達は浮いて見えた。
「暑いね?ここがロサンゼルス?」
真は参ったと言う感じで上着を取っ払っていた。勿論、皆感じていたんだろう。次々と上に着ている物を脱いでいった。
「皆、こっちに来い!」
八神監督が引率して、ホテルへと直行した。
ホテルはきちんと綺麗に整備されていた。
あのプレハブのお風呂じゃなくてちゃんとした物。あたし達は、トリプルの部屋を用意されていたので、友則と雫の三人でそこに居座った。
「すげー綺麗だな!」
まるで御のぼりさん状態。窓から見える街並みを眺めて二人ともご満悦の様子だった。
「良いよな?ロサンゼルスは!ここに住んでたら、日本に帰る気しないよな?」
「そうそう、何たって暖かい!それに、行き交う人々が美しい〜」
こいつら、自らの国を放棄する気か?なんて、あたしが怒ってどうする。自分で自分を突っ込みたくなった。が、やはり、ここと、日本を比べてどちらに住みたいか?考えれば普通ロサンゼルスを選ぶだろう。何と言ったって環境が良いのだから。
「にしても、俺達の今後の予定ってどうなっているんだろうな?」
「試合の事とか聞かされてないし?」
「そうだよね〜八神監督が全部指揮してくれるから、それを待てば良いんじゃ無い?」
なんちゅう、曖昧な会話。でも、誰一人として八神監督からの指示に背かないんだから、偉いものだ。もし、今から試合!何て言い出しても、ちゃんとその通り文句も言わずやるだろう。でも、結局は改まった形で伝えてくれたのである。
夜、ロビーにあたし達を集めて八神監督が言った。
「明後日、試合がある。相手は手元にある用紙の通りだ。目を通しておくこと。練習は、しない。今まで通りのことをやれば良い事だ」
そう言い残して、八神監督は立ち去った。
「練習しないって、ヒューマノイドとしての立場を考慮しろ!って事なのかしら?」
あたしはボソッと呟いてしまった。だって、ウォーミングアップをしないと、怪我をする原因になるし。
「ウォーミングアップは控え室ででもすれば良いだろう!」
でも、この人数で、狭い部屋で出来る?
「俺達はチームごとに違う部屋を与えられるんだろうな、きっと」
渡された用紙を見ていた。四チームのトーナメント戦になっていた。あたし達は違うライン上に並んでいる。
「ん?これって、社会人のチームじゃん?」
あたしは、驚いてもう一度見直した。『ニュー・ウェーブ』と、『ライト・カミングス』の名前が堂々と載っていた。そのうちの一つ、『ニュー・ウェーブ』は、あたしの両親のチームだ。
「ふーん。そうなんだ?」
雫は至って冷静。皆も別に気にしていない。
「ふーんっ。て、何も感じないの?」
「だって、社会人と言ってもヒューマノイドだろ?大したことないじゃん!」
当たり前って感じで友則は言い返してきた。
まあ、そうなんだけど。八神監督も、言っていた。テレビの中の彼らは過去の遺産だと。実際の試合は放映されず、お偉いさん方の目の保養だとしても、中学生の造るヒューマノイドも結構な代物だったと思う。だから、あたしにとったら雲の上の世界の者。エンジニアの誉れだ。あれ?あたし、どっちの味方なんだ?
「……」
何も言えなくなった。否定と肯定が入り混じって、自分の主張が出来ない。つまり、この時点であたしは自分に負けてると自覚してしまった。
「さてと、明日は一日ゆっくり旅行気分を味わいますか?」
ぞろぞろと、皆はこの場を立ち去り各部屋に足を運ぼうとしていた。
「アイーシャ!何やってるんだよ?早く戻ろうぜ?明日は観光案内してくれよ〜」
雫が遠くで呼んでいる。あたしはまだ呆然としていた。気持ちが整理できない。過去と今とが一つの天秤にぶら下がっている。そして、どちらにも傾かない。釈然としない気分。
それを晴らしたくて、あたしは夜道のロサンゼルスの街へと繰り出した。
「アイーシャ!」
後ろから追っ掛けて来た雫が、呼んでいる。
あたしはその事に気が付かずに、ヒューマノイドと人間が入り混じるこの街を眺めていた。平和だった。ネオンが街を彩り、そして、闊歩していく足取りがイキイキしている。
この道を真っ直ぐ行った先には、あたしの家がある。お父さん、お母さん。そして、兄妹。ジョン達が住んでいる。懐かしい顔ぶれが頭に浮かんできた。まるでその人達が目の前に居るかのように。でも、幻だった。
「アイーシャってば!」
走って来たらしい。雫があたしの肩を勢い良く掴んだ。あたしはハッと今に戻ってきた。
「勝手に動き回るな!お前にとって此処は庭みたいな物かも知れないが……俺達から離れて勝手に行くなよ!」
雫があたしの肩を掴んで揺すぶっている。ああ、雫の背。伸びたんだな〜何て事を思った。同じ背丈ぐらいだったのに、今では遥か頭上に顔がある。たった一年で変わる人間の身長。そして、あたし自身。それはお金では買えないものだ。時間という大切な物。
「ごめん。どうかしてたよ。帰ろうか?」
あたしは、雫と横に並んで歩いた。忘れちゃいけない、あたしはもう日本人だ。チーム『南風』のキャプテンだと言う事を……そして、それを支える仲間が居ると言う事も。
次の日は観光旅行。それぞれが行きたいと思っている所をくまなく歩いた。
観光案内はあたし、アイーシャの担当。今日の朝、皆に英語が解かるか訊いたら、案の定解かっているらしい。ああ、遊ばれていたんだあたし……今思い返せば、日本語を覚える事に苦労したなんて事忘れていた。ま、今更だけどね。
最後に西海岸の海に行った。寄せては返す波の音が気持ち良い。そんな中、男共は一気にパンツ姿で泳ぎ始めやがった。情緒を知らんのか!こいつらは!……なんて思ったけど、これってある意味日本では体験できない事なんだよね?
「アイーシャ!お前も来いよ〜」
呼んでいる。気持ち良さ気にはしゃいでる姿はまだ少年の様だ。あたしはスカートだったから、靴下だけ脱いで波間に足だけ浸かった。気持ちが良かった。
そして、明日の事に思いを馳せた。どうする?アイーシャ?明日が本番。一年の間に培った物を発揮出来るのか?西に沈んでいく太陽の光を浴びながら、あたしは今日というのんびりとした時間を心いくまで堪能した。皆の笑顔が心にしっかり焼きついた日だった。