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ループ  作者: 星河 翼
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#1 アイーシャの罪

 人は、生と死の狭間で生きている。

 もし、罪を犯してもやりたいと思う事があるとしよう。そんな時あなたならどうしますか?

 それが、罰として死を宣告される物であったならば、あなたはどうしますか?

 諦めるか、引き継ぐか?

 それは、あなたの心一つ。


 神は何も応えてくれません。

 さあ、どうしますか?


 勿論、悩むでしょう。

 それが、人の心です。

 心無くして人は生きていけません。

 感情は、動物の本能。

 そして、計り知れない物。

 目に見える物すべてが真実じゃ無い。

 見えない物に心が隠されている。

 だから、それを見つけ出してください……


原子暦。それは、核を用いた戦いの果てに創られた時代。それ迄人は、色んな戦いを些細な日常に生み出し、そしてそれを実行して来た。

 メディア間の論争、批判。それを煽る民衆。

 その結果、争いは各国を揺るがし、その勢いは最終手段として、核スイッチを押させてしまった。そして世界は闇に閉ざされた。

それから、二千年の時を経て人類は、苦難を乗り越え核排除に乗り出し、全ての戦いと言う物を切り離した。ただ平和を願う為に。

 原子暦ではヒューマノイド(心の無い電子頭脳を持ったロボット)が全てを担っている。人が生み出したモノとして、日常に欠かせない者として存在しているのである。勿論、性能の良いヒューマノイド程貴重とされた。それを造り出した者にはそれに応じた報酬が得られる。人に近い高性能のヒューマノイド。それを造り上げる事が人類の生活の全てである。その事を、人類は当然だと信じていた。それこそが平和の糸口であるのだと。ヒューマノイドに一縷の望みを託してきた。


一、 核を持たない。

二、 人類は争う事をしてはいけない。誘発する事も許されない。

三、 ヒューマノイド以外仕事に従事してはいけない。人はヒューマノイドを造るだけであり、それ以上ではない。


 この三箇条を守れない者は、即刻死刑。


 各国の掲げた法はたったこれだけであった。


 争い……それは、ヒューマノイドだけが許された特権でもあった。故に、スポーツも、ヒューマノイドしか出来ない物であった。男女を問わない平等な世界。人は、ただ、観戦するのみ。自ら造り出したヒューマノイドに全ての思いを託し、見守る。その為、優秀なヒューマノイドを造る勉強は人類の憧れであり、誇りでもある。人間の出来る事は、限られた制限の中、なされる。そう、ヒューマノイドが全てであった。これはそんな時代の物語。


「アイーシャ!そろそろ始まるぜ?試合!お前観るって言ってただろ?時間だぞ!」

 ここロサンゼルスは、核戦争で、他程被害がなかった温暖な土地であり、放射能汚染も無い豊かな都市であった。大昔は、ハリウッドからも近い有名都市で、観光客で賑わっていた。らしいが、今はその影は無い。ヒューマノイド制が出来上がり、ただの居住区と化していた。

 東半島は、海に沈没。有名なニューヨークや、首都ワシントンは沈んでしまった。アメリカ合衆国は、ミシシッピー川を中心に地図中央で断ち切られ、西海岸側が残されるだけとなった。

 世界は、ここロサンゼルスを中心に回り、公用語も英語を使われるのが当たり前の世の中となっている。

「ジョン!ワッリー行こうって思ってんだけど、この子の調整が上手く行かなくてね〜試合は次だろ?何とかしなくちゃ……しかし、何だって決勝からガードの身長が五・四フィート(一六五センチ位)でも良くなったんだろうね?」

 アイーシャは文句を垂れたくなっていた。中学生の身長を考えると、頷ける(アイーシャ自身同じ身長)のではあるが、造る方に言わせれば、高い方が良いに決まっている。このスポーツは、身長を必要とする種目だ。それを考えると、時間があれば少しでも性能を重視したい。だから最終調整の出来るロッカールームでこの手を休める事など出来やしないのである。

「知らねーよ!上が考えている事なんざ。只の気紛れだろうよ……とにかく、俺は先に行ってるぜ。調整がついたらお前も来いよな!」

「判ってるって!このあたしを誰だと思ってるの?ガード兼、ポイントゲッターのこのアイーシャ専属のエンジニアよ!今回だってこの子に頑張って貰わなきゃ!優勝で得られる賞金はこの子で決まるんだもの!」

 背中の装甲板を開きコードを引きずり出しながら、まだまだかかりそうな調整に熱中する。

 この子はあたし。あたしの夢なの。

 ヒューマノイドの造りは、アイーシャ自らを模した体つき、顔つきをしている。(いや、胸だけほんの気持ちだけ少し大きめに造っているが……)皆、それぞれ好きな顔や体つきを造り上げるのが普通なのである。しかしアイーシャは、そう言うのを嫌った。ヒューマノイドには、必要な知識、言動、行動パターンは埋め込まれているが、心は無い。必要に応じた反応は見せるが、まだまだ子供の造るヒューマノイドに人間らしい表情は見せられない。アイーシャは、そんなヒューマノイドをどれだけ人間に近づけられるか?それに没頭する事に力を注いでいた。

 だけど間に合うかなぁ〜

 あと、一時間余り。その間に、底上げの為の装置と、それに合わせたモーションを造り上げなければならない。調整とかそんなレベルの話では無かったのである。

 ま、出来るところまでやろっか。

 気軽に考えていた事が、後々大変な事になるとは……今この時点では考えも及ばない事態が起ころうとは知る由も無かったのである。


 試合会場は、中学生対抗の準決勝との事で盛り上がっていた。それぞれのベンチには、エンジニアと、ヒューマノイドが控えている。その他の控え選手はいない。故障や退場が出たらその時点で負け。完全なる五対五の戦いである。

 スコアボードには、『ライトウェイティング』と、『ミスティングウォーズ』の名前が表示されている。透明ボードはライトで光り、それに設置されているリングと底なしネットは静かにそこに取り付けられていた。

「ジョン!アイーシャは?」

「最終調整だって。全く、この地区で一流のエンジニアと謳われてるってのに、身長の通知を忘れるなんてボケかますんだからなぁ〜ま、そのうち来るだろうよ……俺らは決勝に行く前にこの試合を観戦って事で良いじゃん」

「そうシケ込んでるか〜アイーシャなら何とかするだろうよ?さて、時間だ!」

 抑揚の無いヒューマノイドがコートに入って来る。審判のヒューマノイドが一礼を促す。そして、中央の円に入る二人のヒューマノイド。笛が鳴り審判はトスを高々と宙に放り投げる。お互いのヒューマノイドはジャンプをし、試合は始まった。この種目とはこの時代でも有名なバスケットボールであった。


 凄い歓声……観れないのが残念だ。

 ロッカーの片隅に胡坐をかいてツナギをタオル代わりに汗を拭いつつ工具を扱っているアイーシャは、集中力に欠け始めていた。人間集中力を欠く事もある。どんなに熱中していても気になる事が頭を過ぎらないなんて事は無い。時間に追われている身であろうと気になる事は頭に有るものだ。

 ライトウェイティングが勝つのは目に見えている事だけど……ミスティングウォーズは今調子を上げ始めたチームだわ。どんなヒューマノイドを調整して来ているんだろう?負けられない!

 底上げ部品は取り付けた。後は、それに見合うプログラム装置だけ。厄介だなとは思うが、これをしないと、コートでの働きは上手く行かない。

 ヒューマノイドの頭の装甲板を開くとアイーシャは細かい修正プログラムを植えつけようと、要のブレインを取り出す。そして、持ち運んでいたノートパソコンのデーターを変換し、直結回路に繋げた。ここ迄は順調だった。後は、データーを新しくインストールするだけ。

 しかし、ミスを犯したはずは無いのだが、突然ヒューマノイドは暴走を始めた。メモリーにバグが有ったのか?それとも、拒絶なのか?ヒューマノイドは、奇妙にギシギシ音をたて立ち上がり、ロッカーに激しく頭をぶつけ始めたのである。

「何なのさ!これは!」

 突然の暴走に、手を施すことなど出来ない。アイーシャは、この不可解な暴走を止めようと慌てて直結したコードを思いっきり引き抜く。すると、暴走を止める事は出来た。止める事は出来たは良いが、ヒューマノイドの体の至る所から煙が立ちのぼったのである。

 ショート?そんな莫迦な!

 焦ったアイーシャは、直ぐさま、ヒューマノイドの全ての装甲板を取り外し、原因究明を試みようとした。が、原因は判らずじまい。

「もう、時間が無いってのに!この莫迦〜!」

 ヒューマノイドに罪は無い。しかし、自ら間違った操作はしてはいない。ただの不慮の事故。こうなると自信が無くなった。これからショートしたこのヒューマノイドを直し、もう一度データー書き換えをし、皮膚移植。など出来はしないのである。


 前半戦はもう終わった頃だ……落ち着け……こうなった時の対処は……?


 選手登録が済んでしまっている今、予備のヒューマノイドを使う事は出来ない。いや、予備を持ち合わせていないのが現状だった。胸の鼓動が鳴り止まない。緊張感と絶望が押し寄せてくる。

 落ち着け!この日の為に、頑張って来たんじゃない!チームに迷惑を掛けるなんて冗談じゃない!……落ち着け!

 アイーシャは、チームを大事に思っている。賞金も掛かっている。アイーシャをポイントゲッターと信用しているこのチーム。それを絶対裏切れない。

 そして考えた末……


 あたしが責任をとって、ヒューマノイドとして参加するしかない!


 これだった。

 これは、バレたら最期、死刑である。でも、残り少ない時間でこのヒューマノイドを選手として直す事などアイーシャには出来はしないと観念した。そして、アイーシャは、ヒューマノイドに着せるはずのユニフォームに着替え、逆にヒューマノイドを自らに見立て、今着ている油と汗の臭いがするツナギを着せながら、せめてこの試合だけエンジニアとしてのアイーシャの働きが出来るように改造を一か八か試みたのである。


「アイーシャ!試合終わったぜ〜ライトウェイティングが決勝に残った!観に来なかったようだけど、調整は済んだのか?」

ジョンを含めたチームメイトの四人が揃ってロッカールームのドアを開け戻って来た。

「スゲー試合だったぜ!」

「最新ヒューマノイドが居たんだ。あれはこの試合用に調整して来たんだろうよ!」

 興奮冷めやらぬ雰囲気で、ザワザワとジョン達は話をしている。

「そう。こちらも負けてはいられないわ」

 一言。アイーシャは瞬きもせず振り返った。

「それが、最終調整済みのアイーシャか?もう、ユニフォームまで着せちゃってさ〜意気込んでんな!」

 皆がロッカーにもたれ掛かっているアイーシャのヒューマノイドを眺めた。

「すっげーな〜まるで人間みたいじゃないか!」

 ジョンが駆け寄ろうとした瞬間、

「そう。でも触らないで」

 素っ気無くアイーシャはそれを言葉で止めた。

「んだよ〜触っても減るもんじゃなし……」

 触れようとしたジョンは、ぶつくさと自らのヒューマノイドに今度は手を伸ばし、赤地に黒の『エンジェルズ』と言うチーム名が入ったユニフォームを着せ始めた。それを合図に、他のエンジニア達も自らのヒューマノイドにユニフォームを着替えさせ始める。

 ホッ……取り敢えず、何とか誤魔化せたようだ。このままバレない様にしないと……

 ヒューマノイドのアイーシャに化けた、アイーシャは、ロッカーにもたれ掛かったまま冷や汗を背中に感じながら一息つく。その頃には、皆、ヒューマノイドの電源を入れ、自らのヒューマノイドの性能を確かめながら、決勝戦での作戦を練り始めていた。

 こうして改めて控え室内はこれからの決勝戦に向けて活気に満ち溢れ始めるのであった。


 試合開始。エンジニアとヒューマノイドと共にベンチに入ったアイーシャは、自らこれから行う罪深き行為。選手としてコートに立つ事に生唾を飲み込んだ。


 バレないだろうか?もしバレたら?


 最悪なことを考える。でもここ迄来て出れないなんて事は言えないし……自ら勝ちに行く事をぶち壊す事なんて出来はしない。賽は投げられているのである。否、投げてしまったのは自分だ。だから文句は言えない。

 決断した自分が、今更何を考えているんだろう?無敵のエンジニア、アイーシャらしくない!

 いつだって、自信に満ち溢れていたハズの自分。でも、生か死か?二つに一つの局面だ。

 神よ、貴方ならどうすれば良いと思いますか?

 そんな事を考えながら、今鳴った笛の音に身体を強張らせる。これ程緊張した事などない。初めてヒューマノイドを試合に出した時の緊張感とは全く違う。今コートに踏み込んだ瞬間、心臓の音がコート中に反響してしまったのではなかろうか?そんな事迄考えてしまうほどに。


 ……え〜い、成るように成れ!


 天井から照らされる眩い光の渦。コートに足をまた一歩踏み入れると、周りからの歓声が地から沸き起こったかのように鮮明に耳に届いた。その感触が余りにリアルで、足が地に着いてない気分だ。

 静まれ心臓!

 バスケットのルール、及び、どうすればゲームを制することが出来るかは自らの身体で何度も研究して来たはずである。ヒューマノイドに植えつけるブレインの為、試合自体出る事は無いのだが、自宅の備え付けゴールでシュートのタイミング、角度など念入りにやって来た。ただ心配なのは、このゲームに耐えられるスタミナがあるかどうかであった。でもそんな事で弱気になってはいられない。他の誰よりも、このバスケを好きなのはアイーシャ自身である。そんな自分が、今このコートに立っていた。


 こんなアイーシャの気持ちを知らない他の、感情の無いヒューマノイド達と共に整列し、一礼。キャプテンであるアイーシャは、円の中に入り、トスが上がるのを待つ。敵のアンドロイドとの身長差は歴然。敵はセンターのヒューマノイドなのである。

 身長差が何?負けるもんか!

 いつしか、闘争心なるものが芽生えていた。映像のスローモーションかとも思える程ゆっくりボールは高々と上がった。それと共に、今、アイーシャは高々とジャンプしたのである。ボールは、ジャンプのタイミングの良かったアイーシャの手に弾かれ味方の手に渡る。

『速攻!』

 味方の手に渡るや否や、アイーシャは一直線に敵のコート内にダッシュ。そして、味方からのロングパスを受け取ると、一気にドリブルし、ゴール下に潜り込むと同時に先制点

を入れたのである。

 それから先、相手にボールが回るのを見越してスティール。既にダッシュしている味方にパス。いつしか、アイーシャはこの試合の核となっていた。


「あのエンジェルズの四番……えらく精密に造られてるんだな〜本当に人間みたいだ!」

 ライトウェイティングのエンジニアの一人が感心して見詰めていた。

「ドリブル、シュート、パスカット、判断力。どれを取っても無駄な動きが無い。それに、汗?皮下組織まで人間の物を植え付けているのか?信じられない!」

 そんな事をベンチ中で囁いていると、

「あれが、天才エンジニア、アイーシャのヒューマノイドだよ。よく観ておくんだな!」

 ベンチの上の客席から一人の東洋系の少年が叫んだ。しかし、その表情は何かを悟っているかのようでもあった。

 前半戦。それは、六十対三十のダブルスコアでのエンジェルズの圧勝だった。そしてハーフタイムに入る。ヒューマノイド達は、自らのベンチへと足を運んだ。

 

「アイーシャ!すっげーな!どうやったら、こんなヒューマノイドを造る事が出来るんだ?」

 チームのエンジニア四人は、ベンチに下がって来たアイーシャを歓迎した。

「あたしが造った。当たり前だ」

 控えているアイーシャのヒューマノイドは答える。冷ややかな、まるで心の入って無いような視線に、どうしたんだと言う視線をエンジニア達は向けていた。

「何でもない。気にしないで」

 無表情の一言一言。それは、人間味の無い言葉である。それを不審に思ったジョンは、

「お前〜何か変だぞ……どうしたって言うんだ?」

「何でもない。気にしないで」

 同じ言葉にジョンは、瞬きもしないエンジニアに扮装しているアイーシャの胸ぐらを掴んだ。それを見兼ねたアイーシャは、

「何をするんだよ!アイーシャは、気分が優れないんだ、そんな乱暴な事はしないでくれる!」

 思わず、選手で出ていると言うことも忘れ、ジョンの腕を掴みあげてしまったのである。

「!」

 アイーシャはしまった!と身体を強張らせてしまった。それと同時にジョンは、細い目をギョッとする様に見開き、そして、アイーシャの二の腕を掴んだ。

「……悪いけど、アイーシャ……こいつ借りて行くな……」

 その言葉の返答を待たずに、控えているアイーシャに断りを入れながら、アイーシャの腕を掴み、ジョンは控え室へと向かったのであった。

 それは、端から見ると不思議な光景だったかも知れない。


「どう言うつもりだ!ヒューマノイドと入れ替わって試合に出るなんて!お前、死刑になりたいのか!」

 ジョンは、控え室のドアを閉めると、怒りの頂点にでも達したかの勢いで、アイーシャを罵った。こういうことは良くある事だ。ジョンはアイーシャとは幼馴染。今迄喧嘩は日常茶飯事だった。でもこの時ばかりは事態が事態なだけにジョンの表情は強張っていた。

「覚悟はしてるわよ……もし、バレたとしても、ジョン達は共犯なんかじゃ無い!あたしが全ての責任を持つ!だから、この決勝戦このまま行かせて!」

 真剣だった。今のまま出たら、この試合は勝てる。負ける事なんか考えられない。

「勝ち負けの問題じゃねーだろうが!それに、俺はこんな事してもらっても嬉しくも何とも無い!チームの皆だってそうだ!な、今からでも遅くは無い、辞退するんだ。いや、俺から辞退を申し出てくる!」

 ジョンが、扉を開こうと背を向けた時、アイーシャは、ジョンの腕を勢い良くとった。

「嫌!あたしの意思なの!お願い!このまま出させて!これが、中学最後の試合なのよ?あたしのミスで負けるなんて、辞退するなんて言わないで!悔いなんか残したくない!」

 アイーシャは真っ直ぐな瞳でジョンを見上げた。それは揺るぎの無い澄んだ瞳だった。

ジョンはこのアイーシャの迫力に押されてしまっていた。今まで、このアイーシャの頑固な姿勢は何度だって見た事が有る。が、それの何倍もの真剣な、何かに魅入られているような色が見え隠れするのは?何故?

「何がお前をそんなに掻き立てるんだ?落ち着けよ……チームから死刑囚なんか出したくないんだ……頼むから、終わりにしよう?な?」

 限界だ。大切な仲間を失いたくは無い。こんな事で!ジョンの思いは一つだった。まだ先が有る人生を、こんな事で無くすのは間違っている……思いとどまらせたい。

「楽しいんだよ……」

 思わず溢したアイーシャの言葉に、

「え?」

 禁断の言葉を聴いてしまった。

「試合に出て、どうやって攻めたら良いのか?守ったら良いのか?シュミレーションしながら、勝ちに行くのがこんなに楽しいだなんて……自分一人で想像していた頃には無かった物が今ここに有るんだよ!こんなに心が熱くなる物が有るなんて、考えもしないぐらいに!」

 アイーシャ自身では、心の中の突き動かす物の正体が何なのか判っていない。だけど、確かに存在するのである。言葉にはし難い想いが。

それがアイーシャを捕らえてならなかった。思わず自らの掌を見てしまった。ワナワナと震えが止まらない。しかし、アイーシャ自身がそれを握り潰す。

「ダ、ダメだ!」

「ならここで、あたしを殺しなさい!今、直ぐ!」

アイーシャの眼は瞬き一つせず、ジョンを睨み付めていた。

「出来る訳ないだろう!何を考えているんだ!」

「バレたら死刑なんでしょ?なら、今殺されたとしても問題は無い!」

 それだけ、あたしは真剣なのよ!という決意が固まった、覚悟した眼だった。

「何を言っても、無駄なんだな……?」

「二言は無い!あたしがキャプテンよ!」

 誰にも止められない!あたしの意志は!

 時間だった。ジョンは、この不穏分子の意志を曲げる事が出来なかった。死を正面から見詰めている人間程強い者は無いのかも知れないと、そう判断した。

「地獄に堕ちるぞ……」

「もとより承知!」

ジョンは、最後に一つだけ言い残した。

「俺達は無関係……それで良いんだな?」

「判っている!」

 その後二人は無言で控え室を後にしたのである。


 コートに戻ったとたん、後半戦が始まる。

 この試合の結果は誰の目にも明らかだった。ぎこちないヒューマノイド達の中に混じって、生身の人間が闘っているとは知らないが、俊敏なアイーシャの防御の手は蜘蛛の巣の網の目に掛かった餌のように身動きが取れない。

 逆にアイーシャの判断力。ポストプレーに徹する味方の動きを察知して投げ込むボールは確実に得点を重ねる。カットインして行くタイミング、スリーポイントシュート。どれも、頭に描いたような、美し過ぎる位の完璧さがあった。アイーシャは、満足だった。これ程の事が出来るなんて、思ってもいなかった。何故人間ではいけないの?この試合をするのが……唯一つ疑問が残る。


 結果は、トリプルスコアで終了。エンジェルズの完全なる圧勝による優勝だった。

 全ての歓声は、アイーシャに向けられていた。誰の目にも明らかな優秀なヒューマノイドとしての働き。このリーグ戦での決勝戦、МVPは彼女以外ない。皆の気持ちは一点に絞られていた。アイーシャ、ジョン、そして、観客席にいたもう一人の者以外は……


 試合終了後、程なく表彰式が始まった。

 エンジェルズのチームの一人一人のエンジニアに手渡される、表彰状。皆感極まり無いと言った感じで受け取っている。それからキャプテンのアイーシャに賞金が……

 しかし、最悪な事にその賞金を受け取った瞬間、アイーシャはショートしてしまったのである。

 審判団、そして観客は何が起こったのか、驚きの表情を見せる。何が起こった?どう言う事?煙?しかし、事を察した者達はブーイングを浴びせ始めたのである。あの表彰台にいるのがヒューマノイドで、試合に出ていたのが生身のアイーシャ。だと気がついたからであった。

「し、死刑だ!そんな奴は、今直ぐ死刑だ!」

 そんな罵声が飛び交い始めると、咄嗟にジョンは振り返り、

「逃げろ!アイーシャ!」

 故障したヒューマノイドのアイーシャの後ろに放心状態で突っ立って事の成り行きを見詰めていたアイーシャは、ハッと気がつき、

 莫迦!そんな事言ったら共犯になるじゃない!と心で叫んでいた。

 疲れた身体でアイーシャは、表彰台の上にいるジョンの腕を取り上げると、引っ張り、このコートを出るように促した。

「バカじゃない?これはあたしの罪!他の誰も関係ない!」

 罰はあたしが受ける!

 観念したアイーシャは、審判達の取り押さえに身を委ねた。為されるがままに。

 今このコート内に誰一人味方はいない。観客席にもだ。そう、今このコートには犯罪者、アイーシャに物を投げつける物達で喧々囂々。荒れてしまっている。こうなってしまっては、誰も止めることなど出来ない。前代未聞の犯罪者なのだから。

そこに、

「犯罪者、アイーシャ・ヘイズ。逮捕する!観客席の者達!これ以上の愚挙を行う者は即刻逮捕だ!」

 特殊警備員にガチャリと手錠をはめられたアイーシャは、俯いたままコートを横切るように、その場を後にした。

「一体どうなっているんだよ!ジョン!」

 チームメイトはアイーシャに何が起こったのか?未だ理解出来ていなかった。束の間の喜び。

「……本当。莫迦だよ、あいつ……」

 ジョンは、独り罪を背負ったアイーシャに対してボソリと呟く事しか出来なかった。


 特殊警備員に導かれ、護送車に乗せられたアイーシャは、一度も口を開かなかった。両親、兄妹に何と言う汚名を残してしまったのだろうか?自らのエゴで行ってしまった事はもう取り返しはつかない。でも、満足感と言うモノが心には有った。罪深き行為の果てにこれとは……涙より、笑いが込み上げて来た。

「何を笑っている!ふざけた小娘だ!さっさと死にやがれってんだ!」

 警備員の一人がアイーシャを蹴りつけた。

 それでも、アイーシャの口元は笑っていた。どれだけ罵られても、この気持ちは揺るがないものである。と信じ切っていたからだ。

 そんな折、無線が入ったみたいであった。

「了解しました」

 運転している護送警備員は、今走って来た道をいきなりUターンした。その為、アイーシャは車の端まで転がってしまった。

 アイーシャは、何が起こったのか判らなかった。一体今の無線は何だったのか?その事に意識を馳せ様とした時、先程ケリを入れてきた警備員にもう一人の警備員が何やら囁いた。そして、アイーシャはその警備員が次の行動を起こすのを防ぎ切れなかった。自由の利かないアイーシャの口元に何かの薬品を嗅がせようとしたのである。抵抗しようにも無理だった。アイーシャはまともにその薬品を嗅いだ。その瞬間、ゆっくりと意識は遠く夢の中へと誘われたのである。

バスケットが好きな方が読んでいただければ、多分判り易い内容となってるかと思います。ルール説明、余りしていないもので。それでも、楽しんでいただければ幸いです。

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