表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

流行りもので一度書いてみたくてうずうずしてて書いてみたんですが不慣れが過ぎてなんかよくわからないものになりました。期待はずれだったら申し訳ありません。

 さて。どこから話せば良いのか。

 そもそもここが現か夢か。それは誰にもわからない。判断が出来ない。

 この茶番劇に巻き込まれた被害者は、一体何名に及ぶのか。主たるキャスト陣だけなのかもしれないし、名もないエキストラの皆々様が何百、何千といらっしゃるのかもしれない。私たちだけがまともではない可能性もある。しかし、何度考えてもそうではないと否定する自分がいた。呪いといえば呪いだろうし、それにしては生温いともいえる。いや――温くもないか。

 そろそろ気が狂いそうだ。


 生まれた時から、どうもおかしいなと思っていた。いや、正確に言えば生まれた時というよりも、三歳程度になった頃から、赤ん坊の記憶というものが随分とはっきり自身の中に残っているな、と感じていた。奇妙な違和感、世間一般との齟齬は、歳を追うごとに年々酷くなっていく。

 達観している、という言葉がある。

 たとえば、某かの強烈な体験により、世間を人より幾分か早く悟ってしまう。その体験というのは、ケースバイケースではあるが、私もそれに当たるのだろう。しかし、問題はそれが酷く歪だという事だ。まさしく強制的に達観させられた、とでもいおうか。大体が外的要因でそうなっていくのだろうと思うのだが、いわば自分との対話によってそれが果たされてしまった私は、親にしてみれば実に気味が悪い子どもだろう。

 どうしてこうも、自分を人生の主役に出来ないのだろうか。何かの駒のように、パズルのピース、その一欠けらのように、決まった枠組の中に自分はおさめられていて、こう配置されているから、こう動かなくてはいけないのだろう、という。これではまるで何かの舞台だ。強制的に引っ張り上げられ、台本を渡され、幕が上がればそれを演じなければいけない。そういう、妙な確信めいた何かが私の中にはあった。それはあらゆる感情を凌駕しては、私を理性的に、無感動に見せる。

 結果、随分と大人びてしまった――強制的に達観させられてしまった私という個人なのか何かの一員なのかよくわからない人間が出来上がってしまったのだ。

 そもそもが、どうも世界観というものがよくわからない。いや、『世界観』という概念自体を現実に抱く方がどうかしているのだが。そもそもが、私には記憶があるのだから、仕方がない。

 俗に前世という言葉があるが、私は所謂、前世の記憶、というのがあるのだろう。しかし私の場合、それは前世という感覚ではない。今もなお、寿命が続いており、人生がそのまま地続きで流れているという感覚の方が近い。

 ああ、そうだ――引越しをした、というのがいちばん近い意味合いだろうか。うん、しっくりくる。

 私の場合、所謂前世の記憶というのは、日本で暮らしていたというものしかない。それ以上も以下もない。日本人というのはこういう気質で、こういう習慣があって、こういう生活をしていた。友人どころか、家族も、私自身の事さえ記憶はない。ただ、日本に住み暮らしていたという記憶だけはある。だからこそ、私はこちらの世界に引越しをしたという感覚なのだ。私は今の私だという記憶しかないのだから、こういう奇妙な感覚に落ち着くのはある意味、自然ともいえるかもしれなかった。

 さて。

 堅苦しい事実確認はそろそろいいだろうか。日々、こういう感覚で生きていると、どうも思考に耽ってしまうからよくない。思慮深いとかそういう段階はとうに過ぎたから、両親も困り顔になるのだ。内にこもりすぎるのも良い傾向ではないだろう。両親含め家に迷惑をかけてしまわない程度に、社交も大切であるし、本音と建前というものを身に付けるのは必須だ。

「あーだるい……」

 口に出した言葉はぼとりと床に落ちた。誰かに掃除してもらわないと、そこから腐って真っ黒になるかもしれない。なんてな。

 いやしかし。しかしだ。日々、そういう舞台で強制演劇をやらされている気分なものだから、しかもまだ楽屋なんじゃないかという予感まであるから、私はこの蛇足感さえある我が人生が、いかに早く過ぎるかばかり考えてしまう。楽しんだらいいのかもしれないけれど、何かと煩わしくて、解放の日はあるのか、カーテンコールはあるのかと希望を抱いていいのか絶望したらいいのかわからなくてとにかく疲れるのだ。

 あと――世界観の設定粗いし。大事なことだから二回言ったけど。


「お父様、お母様、こうも盛大なパーティーを開かねばならぬものでしょうか」

(れい)()。こういう社交が苦手なのはわかるが、これは」

(そら)家の人間に生まれた者の宿命なんですよね、わかっております。自分の為だけにあらゆる金と権力がめまぐるしく蠢くのが何ともいえないだけですので」

「まあ、狐と狸の化かし合いみたいな所はあるけれどねえ……」

 物憂げな表情で呟くお母様の言葉はとどめといわんばかりのもの。父が少し咎めるような瞳を向けるものの、母はあまり気にしていないようだ。

 空って。苗字が空って。雑だよなあ……。

 あとこの、よくわかんない階級制度何なんだろう。ただこういう設定にしないとやりたい事が出来ないからやりました、みたいなやっつけ感。

 はあ、と何度目かわからないため息を無表情で吐きながら、私は屋敷に集う人々を二階の私室から眺めていた。

 この、引っ越した場は、まるでハリボテのような雑な世界だった。国名は何だか知らないが和製英語みたいなよくわからないカタカナで、地名もカタカナなのに、扱う言語は日本語と寸分違わない。見た目も全員が日本人のような容姿なのだが、髪の色や瞳の色だけが奇抜だ。私は紺色という妙な色合いだった。服装とかはまあ、日本とそんなに変わらないけれど、あそこまで多様化していなくもう少しシンプルなものが多いのかな。そして何やら階級制度があるらしく、それは苗字に自然の名前があると偉い人になって、しかも空に近いほど偉いらしい。何だその馬鹿と何とかは高い所が好きだからみたいな法則。どこからつっこめというのだ。

 公爵とか侯爵とかそういうの無理だったの? 作った人は面倒だからってやめちゃったの? 何なの?

 先ほどから失礼。もう、丁寧な言葉で説明出来ないほどにはこの世界観に呆れているのだ。

 そもそもが、国のトップって王様か何かがいるのかと思ったらこれまたそういう事でもないらしくて、ただ階級制度っていうのが存在して、その階級制度っていうのも何ていうかすごく大昔の貴族と平民みたいな、問答無用! は、ははーっ! みたいな絶対的なものじゃなくて、純粋に血筋とか家柄みたいなくくりらしくて、だからちょっとえばれるけど絶対じゃないよーみたいな温さで、それなら単なる金持ちって設定でいいんじゃないのかと思うんだけど、わけがわからないと混乱する。

 そして、私の苗字が『空』って。要はそういう階級ではトップというのを言いたいのだろうけれど、もう粗いっていうか小学生がノートに初めて描いた漫画じゃないんだからもうちょっとどうにかならないのかと言いたくなる。

 最後に生活基盤はほぼ、日本と変わらない。文明的には若干の遅れはあるけれど、それも本当に一昔前くらい。何か、魔法みたいなものがあって、それが科学のかわりになっているから、そこで遅れが生じている部分があるみたいだ。

 そうそう――魔法、です。引越しをした感覚だったけれど、さすがにここで戸惑った。生活基盤はほぼ前と変わらない。だというのに、パソコン機器みたいなものがない世界で、魔法が存在するというのはそれだけでものすごく違和感がある。そして、魔法っていうのは貴族に主に特性があるというこれまた粗い設定。もうやだよ、ジャンクフードだってもっと頑張ってるよ。何か、階級よりもそこら辺の差別のがこの国では深刻なようだ。電話もないから、遠くの人と話すのは魔法使える人の特権で、そうじゃない人は高いお金を払ってそういうシステムの魔法が発動するアイテムを買わないといけないらしい。ほらこの辺もふわっとしてる。雑。設定の粗さがもうとんでもない事になってる。やっていられない。

 はあ、とまたもため息を吐く。

 だってこんな世界観の舞台で、真面目にやれっていうのがもう苦行だ。家に迷惑かけたいわけではないけれど、真面目にやった所であんまり意味はないんじゃないだろうか。だってこんなに粗いんだから、こっちだって粗く過ごしても許されるんじゃないか、と。

 しかしそこはそれだ。苦々しい記憶が蘇って、私は眉を顰める。

 今日が十歳の誕生日なのだが、八歳の頃に馬鹿馬鹿しくなって木から飛び降りてみたら骨折してリハビリとか完治まで色々と大変だったのだ。そこは普通なのかよ! 現実かよ! と叫んだものの、やっぱりこの世界は現実であり、ただ粗いだけなのだと理解するしか、無理やりにでも承服するしかなかった。

 主役であるからして、うっすらと化粧をして、髪もセットして、水色のドレスを着て、私は両親と共に広大な屋敷の招かれた客の前へと挨拶に出る。ありとあらゆる人々に紹介され、返事をし、やっと解放されたのは一時間ほど経過してからだろうか。無表情で怒っている私を察してか、父がそろそろ同じ年頃の子と交流しておいで、と笑う。引き攣った顔で。

 私はてきとうに頷いて、失礼致しますと頭を下げてその場をさがる。ああ、やっと鬱陶しいおっさん連中から解放される。そして食事にありつける。使用人のどなたかに声をかけていっそ休憩室に解放されている部屋へ運び込んでもらおうか。ここでは好きに食べられまい。義理は果たしたから、主役がいなくとも皆気付かないはずだ。

 この世界の教育制度は、十三歳から魔法の素養がある人間はすべからく魔法学校への入学を強制されている。だから私にはいまだ学友という存在がないのである。学校の友人とか呼べたらまた違うのだろうけれども。

 またどんだけという設定だけれど、一般教養はそれまでそれぞれの各家庭に一任されていて、上流階級の人間にはあらゆる家庭教師が付く。だから、入学テストの成績順でそれぞれ授業内容が違ってくる。……そこは階級ごとにしとけよと思う。だっていらない諍いを生まないだろうか。まあいいけど。


『スタート』


 ん?なんだ今の――何か。

『誕生会に疲れ果てた空麗華は、ひとり静かな場所を求めて庭を歩く』

 何だ。まさか……。

 ついに始まったというのか――強制演劇が。

 頭に直接響く声は実に機械的で、何の感情もこもっていない。それに恐ろしさを覚えつつ、試しに違う行動を取ってみようかと身体を動かせば、また先ほどの文言が頭の中に繰り返される。

 これは…………地味にきつい。

 無理やり趣味ではない音楽を延々聴かされる感覚とでもいうのか。無視しようと思っても同じ言葉を何回も繰り返し鳴り止まないそれにさすがに疲れて、お前は目覚まし時計か何かかと脳内の音声につっこみつつ、結局は庭を目指した。

 しかしこのパーティーが終わるまで粘ったらどうなっていたのだろうかと考えたが、さすがにあれをずっと耐え抜く自信がない。もしもこれが始まりであり、いつしか終わりが訪れるというなら、もはや従う方が楽な気すらした。人生丸ごとこれだとしたら、もう絶望しかないのだが、どうしてだろうか、何となくその内終わる気がしていた。

『庭へ出た麗華は、人並みから遠ざかるように、奥へ奥へと進んで行く』

 はいはい、奥ね、奥。

 やさぐれながらも、ずんずんと庭を進んで行く。すると、向こうから人影が見えた。あれは確か――。

『麗華は偶然出会った男、(ほし)(そう)(せい)に一目惚れする』

「いやいやいやいや、偶然でも何でもねえし!」

 思わず叫ぶと、あちらから歩いて来た男――星が目を見開いていた。しかし星って。空の次は星って。雑だ。雑のオンパレードだ。もちろん彼も国内トップクラスの金持ちなわけだが。先ほど挨拶した中にいたようないないような。日本人の顔そのものなのに銀髪で青い瞳って妙な感じ。

「ねえ、ねえねえねえ!」

「え?」

「やっぱ君も聞こえた!? 声!」

 あ。やっぱりか。

『麗華「あなたどちらの方ですの?」』

 私が頷くと同時に、また頭の中で異変が起こった。

「何だこれ、文字が脳内に浮かんだ。カギカッコの台詞はこうなんのか!?」

 まず私が声を上げると、二行目の文字が更に浮かんでくる。

『創生「君は誰かに名を名乗って欲しい時、自分からまず名乗れと教育されなかったのか?」』

「うを! 俺も!」

 戸惑う星も声を上げて鬱陶しい! とまるで羽虫を払うかのように手を振っている。いや、そんな事しても文字は消えたりしないだろう。気持ちはわかるが。 

「アナタドチラノカタデスノ」

「ええええ棒読みにもほどがあるじゃん!」

「面倒臭いから終わらそうよ。巻いて巻いて」

 私がそれこそ大根役者のがまだ上手いわと言いたくなるロボットめいた一本調子で台詞を紡ぐと、なぜだか抗議めいた声が上がる。しかしここで熱演したって馬鹿馬鹿しいだけだ。とにかくさっさと終わらせたい。私がほらほらと手を振ると、星が眉根を寄せて数秒沈黙したが、やがてため息をひとつ吐いて口を開いた。

「君は誰かに名乗って欲しい時、自分からまず名乗れと教育されなかったのか? ぶっふう!」

「お前だって語尾笑ってんじゃねーか」

「いや、無理だって、しらふじゃ無理だって」

 おかしくて仕方ないのか、肩を震わせながらぷっふう、と空気を漏らしている。いっそ堪えないで笑う方が早くおさまるんじゃなかろうか。いや笑いたくなるのもわかるけれども。ていうか私と同じだろ年齢。しらふとか言うんじゃないよ。

『麗華「まあなんて失礼な方かしら! まあいいわ。私は空家の長女、本日の主役である空麗華よ。あなたは?」』

『創生「失礼はどちらだよ……僕は星創生。星家の長男だ。それじゃあ」』

『創生、無言で後ろを振り返りその場を去ろうとする。麗華、それを慌てて追いかける。これが、麗華が創生に執着した瞬間であった』

 馬鹿馬鹿しくて仕方がないと思いながらも、星が背中を見せた所をやる気なく追いかけると、やっと音声も文字も頭の中から消え去る。そこでやっと終わったのだと安堵した私と星は、お互いにはあーっと長い息を吐いた。

「えーと、ごめん。改めて、空麗華です。よろしく星君」

「こっちこそ。星創生です。……ここから長い付き合いになるだろうし、まじでよろしく」

 思わず地べたに座り込んだ私たちだったが、今はお互いに礼儀作法を咎める事もせず、握手をして苦笑を浮かべる。ああ、この人間ときちんと話している感覚は、酷く落ち着く。この世界でようやっと、お仲間を見つけられた。いや、もしかしたら父も母も、台本をなぞっているのかもしれないのだ。そう考えると、やはり恐ろしかった。

「下で呼んでいい? 俺らの苗字って紛らわしいんだよなあ」

「どうぞどうぞ。私もそうする。ねえ、やっぱりこうなったね」

 私の言葉に、創生は一瞬びっくりしたような顔にはなったけれど、やがて何か察していたかのように苦笑する。

「……やっぱ、麗華もあんま驚いてないんだな」

「何となくこうなるだろうって予感してたから」

「だよなあ……」

 お互いにしばらく無言になったが、やがて戻るか、と呟いた創生の言葉に頷いた。

 私たちはこれから、訪れるかわからない終わりという希望に縋って生きるしかない。もしも人生すべてに台本が用意されているならば、それも仕方がない――と思うしかないだろう。こんな雑な世界だ。終わりイコール死を意味するのかもしれない。けれどそれさえ、喜べるかもしれない。じわりじわりと侵食されていく恐怖に支配されながら、それに抗うつもりもあまりなかった。何もかも面倒だと思っていたから。

 この絶妙に現実感がない粗い世界観設定こそが、ひょっとすると台本を進める為に用意された最適な舞台なのかもしれない――他人の人生のように演じる精神を保つ為に。

「これから役者が増えていくのかな」

「そうね、そんな気がする」

「とっとと終わるといいけど」

 憂鬱そうに息を吐く創生に頷きながら、私たちの『出会い』というワンシーンが幕を閉じた。


 これから色々と進んで行くのかと思いきや、まったくちっとも何も進展しないままに、私と創生は十五歳を迎えていた。変化といえば、台本通りに進んでいく過程で私と創生が婚約した事くらいだろうか。私たちの身分だと既に決まった相手がいるというのはそう珍しくもないし、家格が釣り合っているから周囲の反応もまあ妥当といったところだ。しかし、両親の前で台本を読むのがまあ苦行だった。さすがに棒読みはまずいので、何とか感情を込めて創生が気に入った、圧力をかけて婚約者にしてくれと頼むシーンなど、もう恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかった。人よりも感受性に乏しいとは思うが、さすがにこれでまったく傷を負わないほど逞しくはなれない。創生も、私相手ではないシーンが苦痛で仕方がなかったようだ。

 ひょっとして、と両親の台詞も浮かび上がるのではないかと多少身構えていたのだが、それはついぞなかった。これは両親が台本を用意されていない存在だと考えていいのか、主要キャストのみ台本を渡された存在として認識出来るのか、それはわからなかった。とにかく両親が台本を読んでいるわけではないかもしれないという可能性が芽生えたのは、喜ばしい限りだ。創生もどこかほっとしている様子だった。

 舞台に上る人数には限りがある。当然だが、まあ、そういう事なのだろうか。日々悶々としながらも、私と創生は表向きは我儘なご令嬢とそれに巻き込まれた可愛そうなご令息を演じ続けた。


「あなたのような者がこの学園に通っていると思うと、恥ずかしいわ。そもそもが身分でクラスを分けるならともかく、どうして成績順なのかしら。いらない心労が増えるばかり。どうぞ私にその育ちの悪さをうつさないでくださいね」

『侮蔑を込めた表情で見下ろす麗華。それに歯を食いしばる女こそ、ヒロインの()()()(かえで)である』

「えっ!?」

「えっ!?」

 今日も今日とて、高飛車ないけ好かないお嬢様を演じていた時である。突然頭に流れた文言に、私は驚愕して目を見開き、声を上げた。それは目の前で私に虐げられていた女性――宇美野さんも同じだった。

 宇美野さんは、とても珍しい十四歳という年齢で魔法の素養が認められた人間で、高等教育を受ける節目という十五歳を待って、この学園に入学した例外中の例外である存在だ。一般家庭の出で、学校から援助を受けての入学。更に成績も良好で、特進クラスであるエリート集団に突如紛れ込んだ異分子に、風当たりは当然きつかった。ひそひそと遠巻きに囁く人間たちを押しのき躍り出た私は、彼女が席に着こうと歩いている途中で足をつっかけ転ばせて、庶民というのは落ち着きがありませんわね、とか言う馬鹿じゃないのかと百回は言いたくなるアイタタタな所業を行ってからの先の台詞であった。

 話は脱線するが、心の中で何十回も謝罪している。そして彼女だけではなくこういう事を私は繰り返しているので、ひっそりと各家に詫びの品や手紙などを送っている。それぞれの各ご家庭は私が善なのか悪なのか判断が付かずに混乱するようなのだが、親がしている事なのだろうと無理やり納得しているらしい。しかも目立つ場所ではそういう差別発言をするくせに普段はまあまあ気さくに接するから、いつしか何かのパフォーマンス染みているなんて事も言われはじめて、やっぱり役に徹するべきなのか? と悩んだけれど、そんな義理はないと開き直っている。病院に送られない事だけを祈っています。

 と。いいかげん続きを読まなければ、周囲も不審がっている。

『麗華「わかったらさっさと学園から出て行く事ね。あなたのような者を身の程知らずというのよ」』

「ワカッタラサッサトガクエンカラデテイクコトネ」

 急に棒読みになった私に私だけではなく宇美野さんも動揺しつつ、言葉を返す。正直申し訳ない。まじで動揺している。珍しく動揺している。

「『私はここを去りません。魔法の素養がある者はすべからくその術を学び育むという理念がこの学園の根幹であるはず。であるならば、私がここを去る理由はないし、たとえどんな身分であろうと、あなたが私を追い出す理由にだってならないはずです』」

 勇ましく立ち上がり私を見据える宇美野さんは、綺麗な黒髪に黒目の女性だった。意志の強い眼差しは本当に演技なのかと思いたくなるほどだ。

「『どこまで続くか見物ね。せいぜい見苦しくあがくといいわ』」

 悪役そのまんまな台詞を吐いて、私は優雅に自身の席へと向かう。ああもう。じれったい。今日は高等教育に上がってからのカリキュラムの説明だけだから、午前で授業は終わる予定だけれど。そんなもんどうだっていい。早く彼女と話がしたい!

 苛立つ私の様子が宇美野さんに腹を立てているのだと誤解したらしいクラスメイトは、私を遠巻きに眺めている。一部の勘違いした坊ちゃん嬢ちゃんは私のした事に満足している様子だけれど、大体はかかわりたくないと思っているのだ。しかし今さら人間関係とかどうでもいい。それより早く授業終わってくれ。


 ずっと圧をかけていたのが関係あるかどうかはわからないが、思っていたよりも説明は早く終わった。私は騒動の際に台本によって強制的に席を外していた創生に声をかけ、さらに目線で宇美野さんを呼び、私たちはそそくさと人気のない校舎裏へと移動した。

「お願いします、私は逆ハー狙いのヒロインとかでもなんでもないんでざまあ展開は勘弁してください!!」

 唐突に土下座されて固まる私と創生だったが、やがて聞き慣れない単語に首を傾げる。ぎゃくはー? ざまあ? 一体どういう事だろう。

「あの、宇美野さん……さっきはごめんなさい。知ってるかはわからないんだけど、あれそのまま読み進めないとずっと頭の中で鳴り止んでくれないものだから。あとあの、土下座するのむしろこっちじゃないかと……」

 とりあえずと先に謝罪すると、宇美野さんはがばりと顔を上げた。

「良い人だ! 典型的な生まれ変わりやり直し令嬢だ……! 私はどうしたら!?」

 いやあれ? なんだこの人。話が通じない。

「えーと、あの。宇美野さんだっけか。君って頭の中で声が聞こえたりだとか、文字が浮かんだりだとか今まで経験した事なかった?」

「え? もしかして攻略対象である星創生までも記憶持ちなの!?」

「いやあのね、質問にね」

「どうしたらいいのおおおおお」

 叫んで泣き出してしまった宇美野さんにびっくりしながら、私と創生ふたりがかりで何とか泣き止ませようと慰める。敵ではないからとか、チョコ食べる? とか、なんか小さい子をあやしている気分になりかけている頃、ようやく宇美野さんは落ち着いてきた。


「じゃあ、私と違っておふたりとも前世の自分自身の記憶がないんですね」

 まだ少し涙目だが、ようやく把握出来たのは、どうやらヒロインである宇美野さんは、まさしく前世を前世と捉えており、私たちと違ってそう客観視も出来なければ達観も出来ていないらしい。しかも高校生で亡くなっているのだとか。なんとも不憫だ。酒の味も知らないままに、大人の世界を知らないままに亡くなるだなんて。

「うん。天寿を全うしたのかもしれないし、早くに亡くなったかもしれないし」

「だとしたら俺も麗華も老成しすぎている気がしなくもないけどなあ」

「まあ、私らはぼんやりと社会人経験とかあったんだろうと思うけどねえ」

「そうだなあ、子どもとかもいたんじゃなかろうか」

 うんうんと頷き合っていると、そうなんですか、と宇美野さんが目をごしごしとこすっている。おやめなさい、赤くなっちゃうよ。

 私がハンカチで丁寧に拭ってやると、照れ臭そうに微笑みながらおお礼を言う。可愛らしい子だ。宇美野さんはようやく普段と変わらない段階まで落ち着いたようで、しばし何かを考えると、左の手のひらに右のこぶしをぽん、と打ち付けると、じゃあ、と声を上げた。

「おふたりとも、この世界が乙女ゲーの世界だって知らなかったりします?」

 は?

「おとめげー……って何? え、乙女なのにゲイなの?」

「いや、さすがにそれはないと思うよ、色々と矛盾するって! 何かの略語じゃないか?」

 宇美野さんは先ほどまでとは打って変わって、私たちをまるで駄目人間だとでもいうように憐れみの目を向けた。

「びっくりするくらいオタク知識ないんスね、おふたりとも……」

「やー、趣味嗜好に抵触する部分になるからそういう娯楽的な知識ってないのよ。テレビは知ってるけどドラマとか俳優さんとかの名前はわかんないんだよね」

「そうそう、俺も。たぶん、自分の記憶とかぶる部分は徹底して排除されてんじゃねえかなあ」

「本当は私もオタクなんじゃないかと疑っているんだけどね。読書がやたら好きだから」

 設定が雑だと思ったのも、やはりそういう地盤があるのではなかろうかと疑っている。けれど具体的な知識は皆無。何が好きで何が嫌いかを知っていたら、私はもっと葛藤していたかもしれない。

「あーなるほど。便利なのか不便なのか……じゃあ、ゲームはわかってもゲームのタイトルは当然わからないですよねえ」

「そうだね、概念はあるけど」

「俺も」

 納得したようにうんうん頷く宇美野さんは、さっきよりもたくましく見える。しかしゲームとな。ひょっとすると『ゲイ』ではなく『ゲー』なのか。

「乙女ゲーっていうのはですね、乙女ゲームの略なんです。で、乙女ゲームっていうのが何なのかまず説明しないといけないですよねこの場合」

 うーんと唸りつつもどこから言おうか悩んでいるらしい宇美野さんは、しかしそれよりも先に何かに気付いたかのように声を上げた。

「あ、でも先に質問に答えておきますと、さっきが初めてです、声が聞こえたの。頭の中でスタートって声が聞こえて、そこから台本みたいに文字が浮かんできたりしてて混乱していました」

 だからあんなに取り乱してしまったのだと謝罪されて、私は慌ててもういいと首を振った。しかしそれよりも驚いた。てっきり幼少時から声がずっと聞こえてきていたのだと思い込んでいた。

「そうなの? だってヒロインて事は主人公なんでしょう、宇美野さんって」

「え!? そうなの!?」

 ヒロイン!? と驚いた声を上げる創生に私が頷いていると、落ち着き払った様子で宇美野さんが頷く。本当、さっきと別人みたいに頼もしい。

「それはまあ、私には恐らく、具体的な台本はこの学園に入ってからじゃないと必要にはならないからでしょうね」

「それはまたどうして? 普通は誰よりも早く主人公が登場するものではないの?」

「それは、物語の本筋はまさしくここから始まるからですよ」

 宇美野さんの爆弾発言に、私と創生がえっ、と声を上げる。スタートという言葉からもう五年は経過しているというのに、舞台はまだ始まっていなかったというのか。私たちの反応に頷きつつ、宇美野さんは冷静に話を続ける。

「お二人が先に台本を用意されていたのは、悪役令嬢とその婚約者っていう関係を築いてないといけないからです。だって台本がなければ、二人は婚約していないかもしれなかったし、空さんは高飛車なお嬢様なんてなっていないでしょう?」

「それはまあ、確かに」

「そうだなあ」

 私と創生が納得して頷いていると、でしょう? と宇美野さんが微笑む。

「何せ星さんはこのゲームにおいてメインヒーローです。婚約破棄というゲーム内においていちばんでかいイベントをまさか逃せるはずもありません。私はまあ、魔法さえ発現してしまえばいいわけですから。強制入学になりますし」

 知識があったから勉強は死ぬ気でやりましたけどね、と肩を竦める宇美野さんに、私と創生はますますわからなくなる。

「特進クラスに入ると、メリットが多いと考えたんです。私はラノベも好きでしたから、ひょっとするとざまあ展開もあるんじゃないかと考えて、ヒドインにはならないようにすべてのスペックを上げて悪役令嬢と対立する事になったとしても抜かりないようにしたかったですし、あなた方が転生者であるかどうかも気になりました。入学時のクイズで成績決まってクラスが決まるのはわかっていましたから、恐らくは勉強をしていれば特進クラスには入れるだろうと。まあ、まんまとそうなって、無事にメインヒーローのルートに入ったようですね」

「いやごめん、言ってる事の半分も理解出来ないんだけど……」

 混乱する私と創生に、ああすいません、と頬をかく宇美野さん。面倒臭いな、と呟いたところを見るに、そういうのが好きな人は一発で理解出来てしまうような内容なのだろう。

「やー、このゲーム珍しくて逆ハールートってメインヒーローのシナリオ以外だと全部にフラグがあるんですよ。私さすがに逆ハールートだけは避けたくて。別にそういう趣味ないんですよねえ。あとノーマルエンドがこのルートがいちばん色んな方にとって無難なエンディングになるので……ってすいません、わっけわかんないですよねえ」

 あはは、と苦笑する宇美野さんに、私はとりあえず声をかける。

「まず、乙女ゲーっていうのがどういうものかを説明していただけませんか?」

 やっぱそうなりますよね、と肩を落とした宇美野さんに、私と創生は申し訳ないと思いつつも頷いた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ