鈴木さんは今日を繰り返したい。
昼過ぎの校舎の廊下に響き渡る声。声を荒げ、息を切らした男子生徒が階段手前で力尽きて肩で息をしていた。顔も見ていない彼はモヤシっ子なのかな?疑問は尽きないが、だからといって止まってあげるつもりもなかった。トラップとして放った焼きそばパンを踏んで男子生徒がすっ転ぶ。
「待て!!」
『待たないよ♪』
だって、終わらない夏休みを最大限楽しんでいる最中なんだもん。
相手は私の顔を見たかも知れないが、こちらは相手の顔を確認出来なかったので、明日から学校はサボろうかな。休み明けなので半ドンで昼からは自由であり、部活動がある面々は夕方まで学校にいて、この変わらない9月1日を繰り返している。
今の《彼》が現れるまで例外は私自身だけだったので、慣れ切った日常の妨害者の出現に僅かな変化を感じた。24時が来ても時計の針は360度2回回転して0時に戻る。時間にして既に4ヶ月を突破し、同じ日を136パターン選択した。
暴露すると私、鈴木 那智は、もう結構色んな経験をしている。
競馬場で当たり馬券を換金しようとして一般レベルを抜けきらない範囲で警察署に補導されたり、小学からの付き合いの双子(♀)二人と昼からカラオケでフィーバーしたり、毎日夕御飯がカレーはツラいのでプチ反抗期と称して部活終わりの友達を捕まえて外食して家に帰ったり……である。うむ。実に青春だ。
宝くじや○ト7は銀行振込で宝くじはそもそも当たり券が分からないからダメだった。だがそれ以前に0時に戻ると何もかもが定位置に返る。明日に持ち越せないお金は稼ぐのは余り意味がないような気がして止めた。私には夏休みの間にバイトして貯めたお金と、家族がいるカレーが出てくる家と、愉快な友人達と、お気に入りの物資がある自分の部屋があった。だから頭がおかしくなりそうなんだ、と訴える男子生徒には共感出来なかった。どうせ、いつかは終わるのがらそれはまでこの超常現象を最大限楽しめばいいのに。ほら、考えようによっては受験勉強とか好きなだけ出来るよ?
宗教の勧誘ようにしつこく追ってくる男子生徒へ問い掛けた。
『どうして楽しめないの?』
「どうして楽しめるんだ!」
『ちっちゃい男』
「小さいって言うな!」
言葉の応酬を返してながらイレギュラーの手を振り切って校舎から校庭へ飛び出る。グラウンドの砂利は滑りやすくて転びそうになった。でも止まらず後ろを振り替える。
「ぜってー捕まえるからなあ!!!」
去り際に確認した少しつり目がちな目、神経質そうな表情に学ランの上からでも分かる全体的に細っこい身体つき。身長は175センチは無い。大人の男性に程遠い高校男児だ。
追いかけて来るだろうか?来るだろうな。あの悔しそうな目は。
この生活は人間関係の発展を望まなければ、自分のやりたいことに存分に時間を割けるフィーバータイムを有効活用出来ないなんて可哀想な人だ。
翌日。9月1日。放課後。
夕暮れ時の自転車置き場に鞄を担いで現れた体格の良い短髪。見るからに柔道部員な相手は私のご近所さんであり、友人である斉藤 裕人である。今までの人生でこのダジャレで笑った人はいないよ!残念!
「お前なぁ、新学期早々学校休むとか」
『えへっ』
「……。心配はしてねぇけど、テスト一ヶ月後だぞ」
『うん♪対策ばっちり』
だろうな。と納得した無愛想な隣人がこくりと頷いた。ガチムチなのに動作が無駄に可愛い。その無駄分けろ。
「意味わかんねぇこと言うなし。…。ま、帰るか」
『どっか寄って晩御飯食べて帰ろうよ』
「俺はいいが、いいのか?家で食わなくて」
『いいのいいの』
君 は 護 衛 だ も の
那智の含みあるゲス顔に裕人は眉をひそめた。
午前中は学校ザボって漫喫でジュースをチューチューしながら自堕落してたけど家に帰るとなると危険度増す。昨日の様子から住所はバレてないだろうけど油断大敵。
裕人はシングルマザーで母の苦労に気付いているからか年の割に紳士だ。自転車の後ろに私服姿の私を乗せて、帰路である駅前の大衆食堂に入る。バーガーという案は却下されたのさ若いのにジャンクフード食べないとか固いなぁ。
だし巻き玉子定食の玉子焼きを箸で掴んで口に運び、不意に窓の外を見れば、何処かで見た姿。
突如として噎せた私に裕人が食事の手を止めた。「どうした?」「いや、何でも」そんか言葉を二三交わしてテレビの報道番組の週末の天気に話題を変えた。急いでお茶を飲む。あからさまだった為か無言になった裕人だったが、再び食事を再開して、焼き鯖を箸で割っている。
そもそもこの異様な日々が始まった切っ掛けは、深夜、翌朝から始まる授業授業の日常に飽々して小言を呟いたのが多分始まりで…………それが異能だとはっきり確証が持てた訳じゃなかった。店先でこちらを覗き見る青年にその事実を伝わればいいが、不審者なので近寄りたくないわ。
「那智。お前、今日やっぱり少し変だ」
自宅前で身長差からこちらを見下ろした顔。武骨な顔に気遣うような空気を感じて、しかし話す訳にもいかず苦笑いしか出てこなかった。何たるコミュ障。
自転車を押し始めた隣人が何かあったら呼べよと一言告げて一軒隣りの門扉を開く。きちんとこちらが家に入ったのを確認する辺りに彼の生真面目さが感じられる。
翌日、9月1日、朝。
体育館で始まる全校集会に合わせて教室から移動を始めて廊下に出たら、神経質そうに眉間に皺を寄せるあの男子生徒がいて、私を見るなり食って掛かりそうな勢いで口を開きかけたがサッと顔を青くして脱兎の如く逃げた。動作が大袈裟で男子生徒は注目を集めた。後ろには裕人。
「行かねぇのか?」
見間違えでなければあの男子生徒は腫れてもいない顎を押さえ顔を蒼白にしていたが虫歯とは思いづらい。
扉んとこで立ち止まるなよと促すデカイ柔道部員が十中八九原因にしろ過去は消え去った。「何かしたの?」と問い掛けるも「意味が分からない」と首を傾げている隣人の記憶はリセットされ、何があったか私が知る由もなく、駆け去る姿に扉横から「A組の秋吉じゃん」とクラスのムードメーカーが言っていた。あの男子生徒は秋吉という名字らしい。今まで縁が無いな。
「鈴木に告白だったりしてな?変わり者だし」
『それどういう意味かなー?』
「恋のライバル登場とか青春だいててて!ギブ!ギブ!!」
アイアンクローをクラスメイトに掛けた隣人が無表情で「何だって?」と怒りを滲ませていた。どうやら過去の地雷を踏まれて失恋の記憶を掘り起こしてしまった。彼は昔クラスのアイドル麻里ちゃんに告白した挙げ句盛大に振られたが、その口実が「裕人君にはもう鈴木さんがいるから…」とこじつけられたらしく本人もそう悟ったのか、トラウマとなっている。カワイソス。
全校集会が終わり、明日から頑張ろうとの教師のお言葉でホームルームは閉められた。鞄に筆記用具を積めていれば、双子の女子生徒が絡んで来た。瑠璃子と梨華子であり、双子は二人でもかしましかった。
「カラオケ行こ~!!カラオケ!」と瑠璃子が右腕を掴み、引っ張る。
「駅前の劇場で噂の映画もう上映中だよ?!面白いって評判だから!!」と梨華子が左腕を引き、肩が抜けそうになる。
これも通例であり、既にどちらの案も経験済み。
『うん♪間を取ってデザートバイキングかな!』
双子が声を揃えて「全然間じゃない!」と騒いだが「行こう行こう」と鞄を手に急かした。
案の定、A組の秋吉君は其処にいた。女性ばかりの店内でかなり肩身の狭い思いをしているらしく周囲からクスクスと笑い声が聞こえる。彼の記憶は引き継がれるようだから多分そこそこのトラウマになる可能性は否定しないが今はスイーツよ。
『ヨーグルトムースのベリータルトがすっごい美味しい!!』
「一口!」「私のフォンダンショコラも最高よ!」双子と一緒に楽しく騒ぐ。デザートバイキングの後はカラオケで騒いで映画見て、今日も一日ホント楽しかった♪
A組の秋吉君はバイキングで転けて顔面でケーキ食べたり、一人カラオケで店員に同情されたり、映画館で痴漢に間違われたりして社会勉強を重ねていたが、腹筋への直接攻撃が得意らしい。
ベッドの上で腹を抱えて爆笑しながら、明日の9月1日も愉快になりますようにと願いを込めて祈った。
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