胃薬をください
どうしてあんなことをしてしまったんだ。後悔とともにため息を吐き出す。自分はよほど疲れていたのだろうか。いや、だとしてもあんな間違いはひどすぎる。はっきり言ってマヌケだ。もうロバ以下だ。おかげでご主人様には冷たい目を向けられるし、ほかのトナカイたちにはこれでもかとイヤミを言われる。きっと数日はこの小屋に繋がれてさらし者だろう。そして夕食抜きにされたりご飯の量も減らされるのだろう。
ああ、胃が痛い。悪い虫がうごめいているかのようにじくじくと痛む。穴でも空いていそうなほどだ。そういえば、ストレスが溜まるとイカイヨーになるんだっけ。イヤミを言われ笑いものにされているのだから、ストレスになっていてもおかしくはない。しかし、だ。事の発端は自分の間違いからなのだ。そのため何に発散させるべきかわからず、ただ自責の念に苛まれる。またも深いため息を吐いた。
あれは昨日の夕方。ちょうど自分が夕食の当番になっていた。仕事帰りでお疲れのご主人様のために、何か精のつくものをと張り切って準備していた。ご主人様は辛いものが好きだ。さらに、辛いものは健康にいいとも聞いた。だから、野菜と肉を甘辛く煮て、元気になってもらおうと思っていたのだ。
が、そこで重大な失敗をしてしまった。どういうわけか、豆板醤と間違えてメープルシロップを入れてしまったのだ。辛味噌である豆板醤に対し、甘い樹液のメープルシロップ。いくらなんでも違いすぎる。当然夕食の味は散々なものになり、ご主人様に大目玉を食らった。この小さな小屋に繋がれ、その日のまずい夕食を全部食べる羽目になった。あの甘ったるさは二度と口にしたくないと思う。そしてそれを他のトナカイから散々ネタにされてしまったのだ。
なんてことをしてしまったのだろう。いくら何でもマヌケなミスだ。間違えるならせめてラー油とかにすればよかったのに。よりによって甘いものがそんなに好きでないご主人様に、甘ったるいメープルシロップを入れた料理を出してしまうなんて。ああ、悔やんでも悔やみきれない。いや、後悔したところで何も変わりはしない。胃がじくじくと痛む。このまま穴が空いて食べたものが漏れ出てしまいそうだ。もっとも、昨日からあまり食べさせてもらってないのだが。
不意に土を踏みしめる足音が聞こえた。驚いて顔を上げると、むすっとした顔のご主人様がいた。
「反省したか?」
腕を組んでそう尋ねてくる。僕は項垂れながら肯定した。
「はい。昨日はすみませんでした」
僕が言うと、ご主人様はギロリとこちらを睨む。
「もう同じ失敗はしないな?」
「はい、もうしません」
念を押すような言葉に、僕はしっかりと頷いた。もう同じ失敗なんてしてやるもんかと思いながら。ぎゅっと目をつぶっていると、呆れたようなため息が聞こえてきた。
「よし、もういいぞ。っと、その前に病院に行った方がいいかもしれんなあ」
快活に笑う声を聞いて、僕は弾かれたように顔を上げてしまった。ご主人様の顔は、もう気にするなと言っているようだった。ああ、こんなしょうもない僕を許してくれるんだ。胸に熱いものがこみ上げてきて、思わず泣きそうになる。ご主人様は、そんな僕の頭を優しく撫でてくれた。
その後、僕は病院に連れてかれた。やっぱりイカイヨーになっていたらしい。薬をもらい、しばらく安静にしているように言われた。これが治ったら休んでしまった分を取り返そう。そう思って、僕は寝床についた。
フィーカスさん(@JK_fircas)からのリクエストで「豆板醤と間違えてメープルシロップを入れて胃潰瘍になったトナカイの話」でした。フィーカスさん、ご希望には添えましたでしょうか?
トナカイが料理を作れるのかとか細かい突っ込みは無しの方向でお願いします。