第八話
王宮に到着したウィザードは少しだけホッとした。まだ被害が少ないこともあった。火球もほとんどがここには落ちておらず、消火作業も進んでおり、まだその原形は留めていた。それもこの宮を囲むように護る兵たちのお陰でもあった。
入口近くまで護衛兵とともに出てきていた国王がウィザードを迎えてくれた。なぜ、こんなところに、とウィザードは尋ねたが、なぜか国王には有耶無耶に答えを返された。
彼が不審に思う間も無く、地面が強く揺れた。おおよそどこぞの城壁に火球が衝突したのだろう。割と遠くで兵士たちの悲鳴混じりの声がここまで聞こえてきた。遠くといっても火が回ったらこの王宮もただの紙くずの様に燃え尽きるだろう。
「とりあえず王も全ての兵を連れてここから非難してください。あれは、あいつはここの兵たちだけでは敵うような奴ではありません」
ウィザードは兜の奥から顔を見せなかった。それでもひしひしと周りの者には強い感情が伝わった。
「いかん。一人では奴には殺せん」
「殺すのではないのです。この都を護るんです。人々を護るんです。王宮唯一の大砲は撃てない、あの距離では弓も届かない。私共にやらせて下さい」
「しかし……」
ウィザードは兜を取り顔を見せた。その表情に恐れもなければ、迷いもない。
「もしも私が死んでも、この都が落ちようとも、人々が生きていればそれは再建できます。……王、どうか私共に命令を」
国王は下を向いて黙り込んでしまった。
また、地面が揺れた。先程よりもさらに強さは増していた。どんどん炎も近づいてきているかもしれない。ここもすぐに危険になるだろう。
国王もウィザードも微動だにしない。しかしすぐに王は顔を上げた。その眼にはもはや迷いも無いように見えた。
「ウィザード、奴を止めろ。この都、そして人々を護るのだ」
ウィザードは清清しい表情を浮かべ、顔を兜で覆い隠した。
その刹那、めりめりっと天上からする嫌な音が彼らの耳に微かに届いた。その零コンマ一秒間だろうか、その間に音がした方向の壁が崩れ、竜が姿を現していた。それはその物体が空から猛スピードで降ってきたような感覚ともいえた。
ウィザードは瞬時に、鍛え抜かれた反射神経を頼りに背中から大剣を取り出し、蒼竜に向けた。それと同時に急降下した竜の上下の牙の辺りとその剣は衝突した。味わったこともない重圧と、体中の神経がはち切れそうな感覚に襲われた。
それでも彼は周りを見回す。
「早く逃げてください!」
眼前で確認するその竜の巨大さと、威圧感に戦慄しながらも、王は一つ頷き、護衛兵に囲まれ宮の入り口から外に出て行った。
それを確認したウィザードは力を入れ直し、目の前の竜を押し出した。そして一瞬の隙をつき、――今はどの部分でもよかった――竜めがけて大剣を薙ぎ払った。ここ数日の疲労もあってか、それはとても重く鉛のように感じた。何とか振り抜いたが、竜は意図も簡単にそれを見切り後方へ飛翔してかわした。
振りぬいた剣は地面に落ちた。何とか柄は握っているものの、それだけでも精一杯だった。やはり背中に背負っている時と今とでは雲泥の差があった。疲労はもう既に限界に達していたのだ。
後退した竜はバインドポイスを発した。女性の悲鳴の何十倍もあるだろう、その鋭いガラスを引っ掻いたような声音はウィザードの耳を、鼓膜を劈いた。途端、意識が遠のいた。――物凄く重い痛みはその後やって来た。