第七話
ウィザードは約半日かけて自らの王都まで到着した。もう体はへとへとで、ほとんど言う事を聞かないほど苦しかった。今すぐ兜も鎧も大剣でさえも投げ出して、外気に触れたかった。だが、眼前の光景がそうもさせてはくれなかったのは言うまでもない。
街のあちこちで炎が揚がっていて、それは王宮にまで広がっていた。これを起こした張本人は優雅に空を飛び回りながら、次々と火球の礫を下方に放っている。地上にいる兵士たちには成す術も無く、防戦一方の形勢が如かれていた。
ウィザードはどっと体から流れる汗を拭いたい気持ちと、疲れが溜まりきった体に鞭を打ち、王宮に急いだ。それとは反対方向に、人々は我を忘れ逃げ惑う。顔見知りであった人々もその中には含まれていた。
「ウィザード!どこ行ってたんだ。あれを見ろ」
顔見知りの中年男は顎で空をしゃくった。止むことなく降る烈火の炎が街を灼熱と化していた。
「俺は最初から今まで逃げずに見てたんだ。奴は物凄いスピードでこの街に突っ込んできて、そのまま何十軒もの民家を蹴散らしながら、空に上昇したと思うとそこから……まぁ、見ての通りだ。今のこの状況さ」
男の顔が夜の闇に比例するように暗くなっていく。民家から立ち昇る炎のお陰で僅かだが、その表情は窺えた。ウィザードは彼の肩に片手を軽く置き、こくりと一つ頷いてみせた。
「心配はいらない。お前も出来るだけ慌てることなくここから遠くに逃げろ。全員集まってばらばらになることなく、一緒に逃げるんだ。奴が何を狙い、何の目的でこんなことをしているのかは知らないが、必ず止めてみせる」
それを聞いて少し中年男の顔が明るくなったが、それも一瞬のうちだった。
「だけどよ、ウィザード。……言いにくいが、あれはお前に瀕死の重傷を与えた張本人なんだろう?言わずとも皆分かっていたよ。お前に傷を負う時があるとすれば、人間の力を超える化け物が現れた時か、大切な何かを護る時だってな」
ウィザードは痛い所を突かれたと、一瞬しかめっ面になったが、それを無理に抑えつけ、兜を取り軽く笑ってみせた。
「今はその両方の時かもしれないな。心配するな、誰も殺させやしない。奴は必ず止めてみせる」
もう一つ微笑むと、兜を戻し王宮に向かい再度歩き始めた。
「……生きて、必ずまた会おう」
「俺、信じてるぜ、お前のこと。絶対生きて戻って来いよ!」
一人の騎士は兜越しに微笑んだ。一人の男にはそう見えた。そして勇敢に悪夢に立ち向かおうとする漆黒の戦士に、男は敬意の眼差しを向け離すことがしばらく出来なかった。
「――必ず護ってみせる……!」
ウィザードは一人静かに呟いた。火柱を横目に、彼の汗は既に止んでいた。