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第四話

つい先程4日ぶりに外の空気を吸った男は王宮に向かっていた。数日前に瀕死の重傷を負った男だ。ここは彼の生まれ育った都市である。それにもかかわらず、彼はいつも漆黒の鎧を身に纏っている。そして今日も同じように。

 約5日ばかり前、失踪状態となった彼はこの街の救援部隊の兵に救助された。この街近辺にある丘であったため彼は一命を取り留めたといっても過言ではない。それからずっと危篤に陥っていたのだ。目覚めた時は街の宿屋だった。全てを思い出したときにはもう鎧、剣を装着してそこを飛び出していた。

 ちょうど宿を出る時だった。亭主が王宮直属の兵士から伝言をあずかっていると止められた。簡潔に〔宮殿へ着てくれ〕とのことだった。ありがとう、と一言、そこを飛び出した。

 王宮に向かう途中は非常に体が重く感じた。鎧のせいもあるが、それを着始めた時よりも更に重いと体中に伝わってきた。まだ少し痛む体に鞭を打って宮殿に駆けていった。

「よぉウィザード。傷はもう平気か?」

 見せの準備をしている男店主が陽気に話し掛けてきた。ウィザードは兜を上げ優しく微笑んだ。

 ウィザードと呼ばれる男はこの街では顔がとても売れている王都の騎士だ。騎士としての能力はこの国の王、国民ともに知られている。非常に腕が立ち、何度も戦を勝ち抜くために貢献してきた。それに加えて彼の人望も皆に愛される理由の一つだ。何者も寄せ付けない強さと、穏やかなそれでいて頼りになる性格がその人望の厚さを生んでいるのだ。

「みんな心配してたんだよ。ずっと目、覚まさないもんだから」

 今度は、別の店の女性が口を挟んできた。ウィザードはそちらにも素直に愛想を振りまいた。

 今日はもう宿屋を出てからここまで何組に声をかけられたかさえ、覚えていないほどだ。

「もう大丈夫ですよ。ご心配かけて申し訳ありませんでした」

 慣れた様に二人に一礼して、再度目的地に向かった。


 王宮に到着したウィザードは数人の兵士たちに声を掛けられた。彼らの上司であり騎士でもあるウィザードは態度を変えることなく、全ての人に対応した。もちろん人間としてだ。それが皆に好まれる彼の良いところでもある。

 多少なり時間は掛かったが、やっとこさ王への謁見の間へと辿り着いた。

 とても広く優雅な造りの中に、一国の王はどっしりと中央奥に構えていた。ウィザードは兜を脱ぐ。

「おお、待っておったぞ、ウィザード。目覚めて早々すまないな」

 威厳のある声が届いた。喋ると同時に、弧を描く髭がわずかに動いている。

「いえ、私共も直ぐにでもお話しなければならないことがありまして」

 国王のねずみ色の眉がぴくりと動いた。そして、青色の瞳が揺らいだことをウィザードは見逃さなかった。

「……それはウィザード、お主自身をも瀕死の重傷に陥らせた者のことだな」

 お互い目を細めあう。声が神妙になる。

「そうです。……ですが、あれは――あんなものは見たことも聞いたこともない」

 国王は言葉を発することなくウィザードを凝視している。

「竜、蒼い竜でした。それも非常に興奮していました」

 ウィザードから目を離し、しばらく黙り考え込んでいた。そしてじっとこちらを見る彼に向け喋り始めた。

「先日、隣都市が壊滅した」

 ウィザードは顔をしかめた。咄嗟に驚きの言葉を飲み込んだ。

 国王は尚も続ける。

「もしお主の言っておることが正しいならば、この事件もそれに関係している可能性が高い。無論、状況は人間の手では出来んというばかりじゃ。それに現場ではそれらしき鱗も見つかっておる」

「確かにそれは奴の仕業と見てもいいでしょうね」

 ウィザードの口調はやけにスムーズだった。先程よりも更に落ち着きがあった。

 だがもちろんのこと彼の心の中には驚きと、まだ信じきれていない思いが重なっていた。しかしそれも次の国王の口から放たれた一言でさらに倍増していくこととなった。

「……様子を見てきてはくれまいか?」

 これにはさすがのウィザードも困惑した。最低、様子を見るだけといっても何か悪い予感が彼の脳の中を走った。だが彼の正義感が奴を野放しには出来まいと心中で大声で叫んでいる。

 もし最悪、奴に出くわすと極めて危険であるのは彼自身よく分かっていた。――あの状況、一矢報いて奴を後退させるだけでも精一杯だったのだ。運が悪ければ命を落としていただろう。

 だけども結果は、それはウィザードの闘争心を逆にかりたたせた。

「わかりました。私どもにお任せください」

 その瞬間、国王の眼に輝きが増した。それとともに小さく歓喜の声が漏れた。

「その代わり、他の兵は要りません。私一人で行かせてくださいませ。街の者にもこのことは伏せておいてください。出発は早朝でよろしいですね」

 国王が困惑しながらも、しぶしぶ頷くのを確認したウィザードはその場を足早に去った。

 王宮を出てきた彼を迎えたのは、しとしとと振りだした冷たい雨だった。



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