第三話
男はそこから動こうともせず――むろん動けるような体ではないが――ただ呆然と竜が去っていった空を眺めていた。
意識は朦朧としていたが、多々の安堵感と気力が何とかそれを保たせていた。
空が暗くなってきた。すぐに雨も降り出した。
男は無意識に兜を取った。白銀に染まった髪に、小麦色に焼けた肌の色が非常に良くマッチしていた。
空を仰いで眼を閉じ水分を含んだ。血液と混ざり合った雨が喉を通る。ほとんど味覚もなく、味自体それ程感じなかった。少しだけ感じる鉄分の味は不思議と美味だった。
鎧のホックを外した。両肩と両腕が露になる。冷たい空気がとても新鮮で気持ちよく感じた。やはりこちらも小麦色。白いぴちっとしたスーツが腕半分を隠していた。
穏やかに吹く風は短く揃えた髪を揺らした。
もう体力は限界にきていた。着慣れている鎧さえも鉛のような気がした。
雨の音が子守唄に聞こえた。非常に気分が良かった。そして眼を閉じた。無表情な雨だった。あえてそれに身を委ねた。それっきりだった。
――
その日はまれに見る嵐の夜だった。所々の木々をしならせる強風、それに比例するように起こる豪雨がある王都を襲った。
戸内ではもはや外界に降る雨音のみが室内を支配した。
広い都ではたかが雨だという様にいつも通り人々が行き交っていた。――ただそれも事が起こる前までの話だ。
バロックに彩られた王宮から突然爆発が起こった。それとともに、そこら中から悲鳴がいっせいに聞こえ出す。簡易な鎧を身に纏う兵士たちが瞬時に現場に集まった。宮殿の一部が無様にも焼け焦がれ破損している。一部といっても直径数十メートルはあろうかという風穴がぽっかりと顔を出していた。――この時、これが一匹の獰猛な竜の仕業とは誰が思おう。
広い敷地を持つ都は数分で壊滅した。木々や建物は無惨にも全焼した。何の跡形もなかった。人々の影も形もなくなっていた。
激しい豪雨と強風だけがむじょうにも吹き荒んだ。